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16.一握りの勇気
「落ち着けだなんて、偉そうに言うじゃないか」
「偉そうに聞こえてしまったのなら申し訳ありません。ですが、ご理解ください。多くの者が見ています。立場に相応しい振る舞いをお願いいたします」
サミュエルの言葉は当然だった。今のライアンにこれだけ忠言できるのは、公爵令息であり婚約者であるサミュエルしかいないだろう。
本来ならば、諌めるのは側近の役割のはずだけれど。ライアンと共に来たマシューとリオンは、アシェルを気遣うばかりでライアンを止めようとする様子がない。事態を収束させることさえしないとは、何を考えているのか。
ノアはライアンに関わる様々なことに眉を顰めながら、気が遠くなるような思いだった。
「っ、……お前は、いつも賢しらに振る舞うものだな……! アシェル、ここから離れろ。こいつの相手をする必要はない。所詮、アシェルに平民というレッテルを貼って、馬鹿にしているような奴だ」
「でもっ――」
ライアンの言いように、ノアは瞬時に怒りが湧いた。サミュエルが平民を馬鹿にしているなんて、ライアンは勘違いしている。他者にレッテルを貼って本質を見ていないのはライアンの方だ。
「私は平民を馬鹿にしたことなどありませんが。民は貴族にとって守るべき存在。誤解を生む発言はお止めください」
「言葉ではどうとでも言えるだろうな。その辺のことは、他の者に詳しく調査させよう。覚悟しておけ。――行くぞ」
アシェルが自ら立ち去らないと判断したのか、ライアンが腰を抱いて押していく。婚約者の前での堂々とした不貞行為に唖然としてしまった。
令息令嬢が無言で道を開ける。彼らの非難の眼差しに、ライアンは気づいているだろうか。ライアンに続いていくマシューとリオンも、堂々とした歩みだけれど、何をしにここに来たのだろう。
「……一同、誤解しないよう願っているよ。あと、あまり騒がないようにね」
サミュエルの言葉に、その場に留まっていた令息令嬢が静かに頷く。結局、場を収めることになったのはサミュエルだった。本来はこれこそ側近の務めだろうに。
不意にサミュエルと視線が合う。サミュエルは気まずそうに苦笑したあと、何も言わずに歩き出した。この場で話しかけることで、ノアに注目が集まることを避けたのだろう。ノアが人の注目を苦手としているのを知っているから。
その気遣いは嬉しい。けれど、ただ見ているだけでサミュエルのために何もできなかった自分が、情けなくて恥ずかしかった。
次第にざわめきを取り戻していく廊下。ノアも目的地の図書室へ向かおうとして、ピタリと足を止めた。誰かの声が聞こえてきたのだ。
「――グレイ公爵令息が偉そうってのは事実だよなぁ」
「アシェルが無礼な奴ってのもな。所詮平民だし」
「やっぱ、殿下とヤッてんだろうな」
予想し得る陰口ではあった。それでも、ささくれ立ったように心が痛む。
グッと拳を握り、震えるのを堪えて、ノアは少し勇気を出そうとする。サミュエルが平穏に場を収めようとした努力を無駄にさせたくなかった。
「……最近の学園は騒がしいものですね。貴族である以上、常日頃から優雅な振る舞いを心がけ、民の手本になるよう、節度ある行動をするべきだと思いますが。――あなたもそう思われませんか?」
近くの者に微笑みかける。廊下がシンと静まっていて、ノアの激しく脈打つ心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思った。こんなに注目されるなんて予想外で、どうしたらいいか分からない。
「っ、そ、そうですね! サミュエル様も、民は守るべき存在と言っておりましたし、僕たちも貴族として正しく優雅であらなければ。ランドロフ侯爵令息の仰る通りです……!」
何故か紅潮した顔で答えられて戸惑う。けれど、他の者も同意したように頷き、サミュエルやアシェルを悪し様に罵る雰囲気がなくなっていた。それにホッとして、ノアは微笑みのまま頷き歩き出す。一刻も早くこの場から逃れたかった。
「良い心がけだと思います。お互いに努めて参りましょう」
幾分離れた後で、ワッと沸いた気配があったのは、ノアへの陰口ではないことを祈るばかりだ。
「偉そうに聞こえてしまったのなら申し訳ありません。ですが、ご理解ください。多くの者が見ています。立場に相応しい振る舞いをお願いいたします」
サミュエルの言葉は当然だった。今のライアンにこれだけ忠言できるのは、公爵令息であり婚約者であるサミュエルしかいないだろう。
本来ならば、諌めるのは側近の役割のはずだけれど。ライアンと共に来たマシューとリオンは、アシェルを気遣うばかりでライアンを止めようとする様子がない。事態を収束させることさえしないとは、何を考えているのか。
ノアはライアンに関わる様々なことに眉を顰めながら、気が遠くなるような思いだった。
「っ、……お前は、いつも賢しらに振る舞うものだな……! アシェル、ここから離れろ。こいつの相手をする必要はない。所詮、アシェルに平民というレッテルを貼って、馬鹿にしているような奴だ」
「でもっ――」
ライアンの言いように、ノアは瞬時に怒りが湧いた。サミュエルが平民を馬鹿にしているなんて、ライアンは勘違いしている。他者にレッテルを貼って本質を見ていないのはライアンの方だ。
「私は平民を馬鹿にしたことなどありませんが。民は貴族にとって守るべき存在。誤解を生む発言はお止めください」
「言葉ではどうとでも言えるだろうな。その辺のことは、他の者に詳しく調査させよう。覚悟しておけ。――行くぞ」
アシェルが自ら立ち去らないと判断したのか、ライアンが腰を抱いて押していく。婚約者の前での堂々とした不貞行為に唖然としてしまった。
令息令嬢が無言で道を開ける。彼らの非難の眼差しに、ライアンは気づいているだろうか。ライアンに続いていくマシューとリオンも、堂々とした歩みだけれど、何をしにここに来たのだろう。
「……一同、誤解しないよう願っているよ。あと、あまり騒がないようにね」
サミュエルの言葉に、その場に留まっていた令息令嬢が静かに頷く。結局、場を収めることになったのはサミュエルだった。本来はこれこそ側近の務めだろうに。
不意にサミュエルと視線が合う。サミュエルは気まずそうに苦笑したあと、何も言わずに歩き出した。この場で話しかけることで、ノアに注目が集まることを避けたのだろう。ノアが人の注目を苦手としているのを知っているから。
その気遣いは嬉しい。けれど、ただ見ているだけでサミュエルのために何もできなかった自分が、情けなくて恥ずかしかった。
次第にざわめきを取り戻していく廊下。ノアも目的地の図書室へ向かおうとして、ピタリと足を止めた。誰かの声が聞こえてきたのだ。
「――グレイ公爵令息が偉そうってのは事実だよなぁ」
「アシェルが無礼な奴ってのもな。所詮平民だし」
「やっぱ、殿下とヤッてんだろうな」
予想し得る陰口ではあった。それでも、ささくれ立ったように心が痛む。
グッと拳を握り、震えるのを堪えて、ノアは少し勇気を出そうとする。サミュエルが平穏に場を収めようとした努力を無駄にさせたくなかった。
「……最近の学園は騒がしいものですね。貴族である以上、常日頃から優雅な振る舞いを心がけ、民の手本になるよう、節度ある行動をするべきだと思いますが。――あなたもそう思われませんか?」
近くの者に微笑みかける。廊下がシンと静まっていて、ノアの激しく脈打つ心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思った。こんなに注目されるなんて予想外で、どうしたらいいか分からない。
「っ、そ、そうですね! サミュエル様も、民は守るべき存在と言っておりましたし、僕たちも貴族として正しく優雅であらなければ。ランドロフ侯爵令息の仰る通りです……!」
何故か紅潮した顔で答えられて戸惑う。けれど、他の者も同意したように頷き、サミュエルやアシェルを悪し様に罵る雰囲気がなくなっていた。それにホッとして、ノアは微笑みのまま頷き歩き出す。一刻も早くこの場から逃れたかった。
「良い心がけだと思います。お互いに努めて参りましょう」
幾分離れた後で、ワッと沸いた気配があったのは、ノアへの陰口ではないことを祈るばかりだ。
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