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109.泰然貴族と享楽王子
ノアは暫くサミュエルとマーティンの会話を見守ることにした。話に割って入る隙が見つからなかったという方が正しいけれど。
サミュエルはノアがマーティンと話すことにならないよう、マーティンの意識を自分に集めているようだ。
サミュエルの対応は過保護だと思いはするけれど、ノアはこの状況に利点を感じた。
マーティンがサミュエルとの会話に集中しているからこそ、ノアは落ち着いてマーティンの様子を観察しやすいのだ。
「――ああ、そうだ。近々サミュエルは大きなパーティーを開くんだろう? ぜひ俺も招待してくれないだろうか?」
マーティンが思い出したように言い、ニヤリと笑った。面白がっているような雰囲気だ。
サミュエルが関係する直近の大きなパーティーといえば、ノアとの婚約披露パーティーしかない。
今のところ親族以外に開催を明らかにしていない情報を知っているということは、マーティンが興味を持って調べさせたということだろう。誰が情報を漏らしたか調査する必要がある。
貴族家での内密の話が漏れているのは大きな問題だ。相手が他国の者であるからなおさら。
「一貴族のパーティーに、王族のあなたを? それは難しいかもしれませんね……」
サミュエルは目を眇めて、マーティンを見つめた。その顔や言葉に動揺はなく、マーティンの思惑を探る素振りさえない。
全てが予想通りというような泰然とした様子は、マーティンにつけ入る隙を見せないためのものだ。
マーティンは予想していた反応と違ったのか、少しつまらなそうな顔を見せた。
「……なぜ?」
「マーティン殿下は王家主催の城でのパーティーにもほとんど参加しておられないでしょう? 私が開催するパーティーに限って参加されるようなら、あなたが王家よりも貴族を重視していると誤解を受けることになりますよ」
当然の断り方だった。
マーティンはこの国に留学してきてから、学園外での交流をほとんど拒んだ状態だ。城では定期的にパーティーが行われているものの、歓迎として開かれたパーティーにしか参加していないと聞く。
王太子であるルーカスさえも、マーティンと会話をしたことがほぼない状態なのだ。
「……この国の王家の信頼は揺らいでいる。俺が貴族を重視していると思われても、王家は咎める権利を持たないのではないか」
マーティンが小さな声で言う。その目に僅かな嫌悪が滲んだように見えて、ノアは息を飲んで驚いた。初めてマーティンがこの国に対して抱いている本心に触れた気がする。
サミュエルは落ち着いた雰囲気で肩をすくめる。少し呆れた様子さえあった。
「そんなわけがないでしょう。王家と貴族の関係は、あなたが思われているほど悪くありません。王家を軽んじる他国の王族を、貴族は誰も歓迎しませんよ。さらに言いますと、あなたがそのような軽率な行動した場合、王妃殿下の評判にも関わります。あなたはあなたの叔母君に迷惑を掛けたいのですか?」
「……そんなことは考えていないが」
サミュエルの言葉は正しいはずなのに、マーティンの心にはあまり響いていないようだ。
少し不満げに眉を顰めるマーティンを見ながら、ノアは何が彼をそこまで強情にさせているのだろうと不思議に思った。
他国の王家を軽んじるのも、交流を最低限にしようとするのも、留学してきた立場として相応しくないと、すぐに分かるはずなのに。
「――サミュエルは、なぜ当たり前に王太子の側近なんて立場におさまっているんだ。未来の王配になるはずだったのに……なぜ恨んでいない? 愚かなるかつての王子にしたように、なぜ王家を追い落として、国を得ようとしないんだ」
ポツリと呟かれた言葉には、疑問と憤懣が渦巻いているように感じられる。
ノアは少し腑に落ちた気がした。
(あぁ……マーティン殿下は、サミュエル様に対しての王家のあり方にお怒りなのか……。確かに、生まれたときから王子の婚約者に定めた存在を、王家はあっさりと裏切ったようなもの……。サミュエル様でなければ、世を儚んでもおかしくない……)
社交界において、婚約解消は不名誉な出来事と捉えられがちだ。後継ぎ以外の貴族子息だったら、新たな婚約は望めず、社交界から姿を消してもおかしくない。
サミュエルがその状態にならなかったのは、単に彼が優秀で人望もあったからである。それに、ノアとの婚約を早々に決めたことも、大きな理由だ。
これらのことに対し、王家はほとんど関わっていない。それなりの謝罪や慰謝料の類いもあっただろう。でも、そんなものはサミュエルにとってほとんど役に立たないものだ。
(改めて考えると、王家の対応は決して褒められたものじゃないんだよなぁ……)
ライアンから地位を剥奪して、地方に追いやったくらいが、王家としてのけじめと言えるだろうか。しかし、それさえもライアンの方から望んだことである。
(そういえば、マーティン殿下は何か誤解していらっしゃるような……? まるでサミュエル様がライアン大公閣下を追い落としたと言いたげな感じだったけど……)
ノアは小さく首を傾げる。同じことをサミュエルも考えたのか、呆れ混じりのため息が聞こえた。
「何か誤解があるようですが、ライアン大公が王族籍を離れたのは、ご自身の意志ですよ。私は関与しておりません」
「は……? 仕返しさえしていないのか……!?」
マーティンはやけに驚いた様子でサミュエルを凝視した。サミュエルが心外そうに眉を寄せる。
「仕返しさえって……王家に対してそんなことをするつもりはありませんよ?」
「あのサミュエルが、か!?」
驚愕を露にしたマーティンを、ノアは不思議に思った。
マーティンはやけに『あの』と強調している。サミュエルに対しても何か誤解があるような気がした。
「――サミュエルは我が国に外交でやってきた時、俺の生意気な弟を泣かせるくらいやり込めていたじゃないか……! あの誰にも臆さない精神を、どこに捨ててしまったんだ!?」
「は……?」
「サミュエル様、他国で何をやったのですか……?」
なんだか聞き捨てならない言葉がマーティンから零れ、ノアは思わず胡乱な眼差しをサミュエルに向けた。
サミュエルは記憶になさそうだけれど、他国の王子を泣かせるなんて一大事を忘れるのはさすがにダメだと思う。そもそもそんな事態を引き起こすのが許されざるべきことだけれど。
サミュエルはノアがマーティンと話すことにならないよう、マーティンの意識を自分に集めているようだ。
サミュエルの対応は過保護だと思いはするけれど、ノアはこの状況に利点を感じた。
マーティンがサミュエルとの会話に集中しているからこそ、ノアは落ち着いてマーティンの様子を観察しやすいのだ。
「――ああ、そうだ。近々サミュエルは大きなパーティーを開くんだろう? ぜひ俺も招待してくれないだろうか?」
マーティンが思い出したように言い、ニヤリと笑った。面白がっているような雰囲気だ。
サミュエルが関係する直近の大きなパーティーといえば、ノアとの婚約披露パーティーしかない。
今のところ親族以外に開催を明らかにしていない情報を知っているということは、マーティンが興味を持って調べさせたということだろう。誰が情報を漏らしたか調査する必要がある。
貴族家での内密の話が漏れているのは大きな問題だ。相手が他国の者であるからなおさら。
「一貴族のパーティーに、王族のあなたを? それは難しいかもしれませんね……」
サミュエルは目を眇めて、マーティンを見つめた。その顔や言葉に動揺はなく、マーティンの思惑を探る素振りさえない。
全てが予想通りというような泰然とした様子は、マーティンにつけ入る隙を見せないためのものだ。
マーティンは予想していた反応と違ったのか、少しつまらなそうな顔を見せた。
「……なぜ?」
「マーティン殿下は王家主催の城でのパーティーにもほとんど参加しておられないでしょう? 私が開催するパーティーに限って参加されるようなら、あなたが王家よりも貴族を重視していると誤解を受けることになりますよ」
当然の断り方だった。
マーティンはこの国に留学してきてから、学園外での交流をほとんど拒んだ状態だ。城では定期的にパーティーが行われているものの、歓迎として開かれたパーティーにしか参加していないと聞く。
王太子であるルーカスさえも、マーティンと会話をしたことがほぼない状態なのだ。
「……この国の王家の信頼は揺らいでいる。俺が貴族を重視していると思われても、王家は咎める権利を持たないのではないか」
マーティンが小さな声で言う。その目に僅かな嫌悪が滲んだように見えて、ノアは息を飲んで驚いた。初めてマーティンがこの国に対して抱いている本心に触れた気がする。
サミュエルは落ち着いた雰囲気で肩をすくめる。少し呆れた様子さえあった。
「そんなわけがないでしょう。王家と貴族の関係は、あなたが思われているほど悪くありません。王家を軽んじる他国の王族を、貴族は誰も歓迎しませんよ。さらに言いますと、あなたがそのような軽率な行動した場合、王妃殿下の評判にも関わります。あなたはあなたの叔母君に迷惑を掛けたいのですか?」
「……そんなことは考えていないが」
サミュエルの言葉は正しいはずなのに、マーティンの心にはあまり響いていないようだ。
少し不満げに眉を顰めるマーティンを見ながら、ノアは何が彼をそこまで強情にさせているのだろうと不思議に思った。
他国の王家を軽んじるのも、交流を最低限にしようとするのも、留学してきた立場として相応しくないと、すぐに分かるはずなのに。
「――サミュエルは、なぜ当たり前に王太子の側近なんて立場におさまっているんだ。未来の王配になるはずだったのに……なぜ恨んでいない? 愚かなるかつての王子にしたように、なぜ王家を追い落として、国を得ようとしないんだ」
ポツリと呟かれた言葉には、疑問と憤懣が渦巻いているように感じられる。
ノアは少し腑に落ちた気がした。
(あぁ……マーティン殿下は、サミュエル様に対しての王家のあり方にお怒りなのか……。確かに、生まれたときから王子の婚約者に定めた存在を、王家はあっさりと裏切ったようなもの……。サミュエル様でなければ、世を儚んでもおかしくない……)
社交界において、婚約解消は不名誉な出来事と捉えられがちだ。後継ぎ以外の貴族子息だったら、新たな婚約は望めず、社交界から姿を消してもおかしくない。
サミュエルがその状態にならなかったのは、単に彼が優秀で人望もあったからである。それに、ノアとの婚約を早々に決めたことも、大きな理由だ。
これらのことに対し、王家はほとんど関わっていない。それなりの謝罪や慰謝料の類いもあっただろう。でも、そんなものはサミュエルにとってほとんど役に立たないものだ。
(改めて考えると、王家の対応は決して褒められたものじゃないんだよなぁ……)
ライアンから地位を剥奪して、地方に追いやったくらいが、王家としてのけじめと言えるだろうか。しかし、それさえもライアンの方から望んだことである。
(そういえば、マーティン殿下は何か誤解していらっしゃるような……? まるでサミュエル様がライアン大公閣下を追い落としたと言いたげな感じだったけど……)
ノアは小さく首を傾げる。同じことをサミュエルも考えたのか、呆れ混じりのため息が聞こえた。
「何か誤解があるようですが、ライアン大公が王族籍を離れたのは、ご自身の意志ですよ。私は関与しておりません」
「は……? 仕返しさえしていないのか……!?」
マーティンはやけに驚いた様子でサミュエルを凝視した。サミュエルが心外そうに眉を寄せる。
「仕返しさえって……王家に対してそんなことをするつもりはありませんよ?」
「あのサミュエルが、か!?」
驚愕を露にしたマーティンを、ノアは不思議に思った。
マーティンはやけに『あの』と強調している。サミュエルに対しても何か誤解があるような気がした。
「――サミュエルは我が国に外交でやってきた時、俺の生意気な弟を泣かせるくらいやり込めていたじゃないか……! あの誰にも臆さない精神を、どこに捨ててしまったんだ!?」
「は……?」
「サミュエル様、他国で何をやったのですか……?」
なんだか聞き捨てならない言葉がマーティンから零れ、ノアは思わず胡乱な眼差しをサミュエルに向けた。
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