内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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124.動き出す

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 パーティーが始まれば、本格的に挨拶回りをする。といっても、一部を除いて招待客は親戚だから、然程堅苦しいものではない。この場は、ランドロフ侯爵家とグレイ公爵家の親戚同士の交流会のようなものだ。

 それぞれの事業内容や仕事を考え、繫がりがあった方が良さそうな人同士の交流を促進するために、さりげなく間に立つ。
 これはノアが今まで最も苦手としてきたことなのだけれど、今は強い味方がいた。ノアがどうこう考えるより先に、サミュエルが自然な振る舞いで人と人との交流を生み出していく。ノアは向けられるお祝いの言葉に笑みを返すだけでいいくらいだった。

「……サミュエル様、お疲れではありませんか?」
「いや……でも、少し休もうか」

 絶えず人と話しているサミュエルが心配になり、ノアは人が途切れたところを見計らって声を掛けた。でも、サミュエルは全く疲れた様子がない。否定の後の提案は、ノアを気遣ってのものだとすぐに分かった。

「――ほら、ここに座って」

 パーティーは立食形式だけれど、壁際にはテーブルや椅子が並んでいる。その一つに導かれ、グラスと軽食がのった皿を渡されて、ノアは苦笑してしまった。

 サミュエルが過保護すぎる。確かにノアが疲労感を覚えていたのは確かだけれど、このくらいは我慢すべきものだ。
 でも、せっかくの気遣いを断るのも申し訳ないし、正直ありがたいことでもあった。

 ノアはサミュエルの袖を軽く引いて、隣に座るよう促す。一人だけで座っているのは少し寂しい。

「サミュエル様、これ美味しいですよ」
「……うん、美味しいね」

 サミュエルの口元にピンチョスを差し出すと、目を丸くした後に小さく口を開く。食べさせてあげたところで、ノアは自分の振る舞いの恥ずかしさに気づいた。
 ノアたちが休憩をとることを察して離れていた人々から、微笑ましげな眼差しが向けられている。

「……はしたないことをしました……」

 顔が熱い。人前で、しかもパーティーの最中で、婚約者に手ずから食べさせてあげるなんて、色惚けしていると思われても仕方ないことである。
 実際、恋人同士であり、ノアはサミュエルに惚れ込んでいるのだから、そのように思われても否定できないけれど、それをあからさまに示してしまうのは恥ずかしかった。

「ふふ……でも、私はノアに食べさせてもらって、元気が回復したけどね? ありがとう」

 少し揶揄うように言いながら、サミュエルも一口サイズのフルーツを差し出してくる。フォークをノアに渡す素振りはない。
 ノアは目を伏せながら小さく口を開けて食べた。頭の中は、この振る舞いをどう見られているか考えるのでいっぱいいっぱいで、味わう余裕なんてない。

「美味しいかい?」
「……美味しいです」

 サミュエルは食べさせ合いっこをして満足そうだ。ノアの方から始めたことだけれど、少し恨めしげに見つめてしまう。

「――こんなところでも、ラブラブなことで」

 不意にルーカスから声を掛けられて、ノアは反射的に立ち上がる。サミュエルはノアから皿を取り上げてテーブルにのせながら、のんびりとした雰囲気だった。

「ここだからこそ、ラブラブなんですよ。婚約者なんですから、仲が良いところを見せた方が、みんな安心でしょう?」
「度が過ぎると、食傷気味になるがな」

 ルーカスが肩をすくめる。呆れた表情はすぐに改まり、周囲に視線を走らせた。
 ノアはそのルーカスの様子に首を傾げる。どこか緊張した雰囲気に見えたからだ。

「――マーティン殿下がアダム殿を追って外に出た」

 小声で告げられた言葉に、ノアは息を飲む。サミュエルは穏やかな表情を変えないまま、思案げに目を細めた。

「外というと……ベランダですか?」

 この広間は二階にある。でも、酔い覚まし用にとベランダへは出られるようになっていて、外といえるのはそこしかなかった。

「ああ。アダム殿は休憩にという雰囲気だったが、マーティン殿下はそれを見て追ったようだ。すぐにハミルトン殿が追ったが、騒ぎになるかもしれない」
「分かりました。こちらで対処します」

 サミュエルが即座に頷く。ルーカスが眼差しで『どう対処するのか?』と尋ねているようだったが、サミュエルは微笑んで躱していた。

 ここは人の多い場所だ。それに加え、パーティーの主役であるサミュエルとノアには常に注目が集まっている。ルーカスがいるのでなおさらだ。

 そんな状況で下手なことを言うわけにはいかない。それこそ騒ぎになってしまうから。

「……分かった。俺の手が必要な時は、遠慮するな。サミュエルの侍従ならば、俺に声を掛けやすいだろう?」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」

 招待客に背を向けているルーカスはともかく、サミュエルは何事も起こっていないように平然とした顔を取り繕わなければならない。
 ノアもそうするべきなのだけれど、どうしても不安が募ってしまい、きちんとした振る舞いをできているか自信がなかった。

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