124 / 277
124.動き出す
しおりを挟む
パーティーが始まれば、本格的に挨拶回りをする。といっても、一部を除いて招待客は親戚だから、然程堅苦しいものではない。この場は、ランドロフ侯爵家とグレイ公爵家の親戚同士の交流会のようなものだ。
それぞれの事業内容や仕事を考え、繫がりがあった方が良さそうな人同士の交流を促進するために、さりげなく間に立つ。
これはノアが今まで最も苦手としてきたことなのだけれど、今は強い味方がいた。ノアがどうこう考えるより先に、サミュエルが自然な振る舞いで人と人との交流を生み出していく。ノアは向けられるお祝いの言葉に笑みを返すだけでいいくらいだった。
「……サミュエル様、お疲れではありませんか?」
「いや……でも、少し休もうか」
絶えず人と話しているサミュエルが心配になり、ノアは人が途切れたところを見計らって声を掛けた。でも、サミュエルは全く疲れた様子がない。否定の後の提案は、ノアを気遣ってのものだとすぐに分かった。
「――ほら、ここに座って」
パーティーは立食形式だけれど、壁際にはテーブルや椅子が並んでいる。その一つに導かれ、グラスと軽食がのった皿を渡されて、ノアは苦笑してしまった。
サミュエルが過保護すぎる。確かにノアが疲労感を覚えていたのは確かだけれど、このくらいは我慢すべきものだ。
でも、せっかくの気遣いを断るのも申し訳ないし、正直ありがたいことでもあった。
ノアはサミュエルの袖を軽く引いて、隣に座るよう促す。一人だけで座っているのは少し寂しい。
「サミュエル様、これ美味しいですよ」
「……うん、美味しいね」
サミュエルの口元にピンチョスを差し出すと、目を丸くした後に小さく口を開く。食べさせてあげたところで、ノアは自分の振る舞いの恥ずかしさに気づいた。
ノアたちが休憩をとることを察して離れていた人々から、微笑ましげな眼差しが向けられている。
「……はしたないことをしました……」
顔が熱い。人前で、しかもパーティーの最中で、婚約者に手ずから食べさせてあげるなんて、色惚けしていると思われても仕方ないことである。
実際、恋人同士であり、ノアはサミュエルに惚れ込んでいるのだから、そのように思われても否定できないけれど、それをあからさまに示してしまうのは恥ずかしかった。
「ふふ……でも、私はノアに食べさせてもらって、元気が回復したけどね? ありがとう」
少し揶揄うように言いながら、サミュエルも一口サイズのフルーツを差し出してくる。フォークをノアに渡す素振りはない。
ノアは目を伏せながら小さく口を開けて食べた。頭の中は、この振る舞いをどう見られているか考えるのでいっぱいいっぱいで、味わう余裕なんてない。
「美味しいかい?」
「……美味しいです」
サミュエルは食べさせ合いっこをして満足そうだ。ノアの方から始めたことだけれど、少し恨めしげに見つめてしまう。
「――こんなところでも、ラブラブなことで」
不意にルーカスから声を掛けられて、ノアは反射的に立ち上がる。サミュエルはノアから皿を取り上げてテーブルにのせながら、のんびりとした雰囲気だった。
「ここだからこそ、ラブラブなんですよ。婚約者なんですから、仲が良いところを見せた方が、みんな安心でしょう?」
「度が過ぎると、食傷気味になるがな」
ルーカスが肩をすくめる。呆れた表情はすぐに改まり、周囲に視線を走らせた。
ノアはそのルーカスの様子に首を傾げる。どこか緊張した雰囲気に見えたからだ。
「――マーティン殿下がアダム殿を追って外に出た」
小声で告げられた言葉に、ノアは息を飲む。サミュエルは穏やかな表情を変えないまま、思案げに目を細めた。
「外というと……ベランダですか?」
この広間は二階にある。でも、酔い覚まし用にとベランダへは出られるようになっていて、外といえるのはそこしかなかった。
「ああ。アダム殿は休憩にという雰囲気だったが、マーティン殿下はそれを見て追ったようだ。すぐにハミルトン殿が追ったが、騒ぎになるかもしれない」
「分かりました。こちらで対処します」
サミュエルが即座に頷く。ルーカスが眼差しで『どう対処するのか?』と尋ねているようだったが、サミュエルは微笑んで躱していた。
ここは人の多い場所だ。それに加え、パーティーの主役であるサミュエルとノアには常に注目が集まっている。ルーカスがいるのでなおさらだ。
そんな状況で下手なことを言うわけにはいかない。それこそ騒ぎになってしまうから。
「……分かった。俺の手が必要な時は、遠慮するな。サミュエルの侍従ならば、俺に声を掛けやすいだろう?」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
招待客に背を向けているルーカスはともかく、サミュエルは何事も起こっていないように平然とした顔を取り繕わなければならない。
ノアもそうするべきなのだけれど、どうしても不安が募ってしまい、きちんとした振る舞いをできているか自信がなかった。
それぞれの事業内容や仕事を考え、繫がりがあった方が良さそうな人同士の交流を促進するために、さりげなく間に立つ。
これはノアが今まで最も苦手としてきたことなのだけれど、今は強い味方がいた。ノアがどうこう考えるより先に、サミュエルが自然な振る舞いで人と人との交流を生み出していく。ノアは向けられるお祝いの言葉に笑みを返すだけでいいくらいだった。
「……サミュエル様、お疲れではありませんか?」
「いや……でも、少し休もうか」
絶えず人と話しているサミュエルが心配になり、ノアは人が途切れたところを見計らって声を掛けた。でも、サミュエルは全く疲れた様子がない。否定の後の提案は、ノアを気遣ってのものだとすぐに分かった。
「――ほら、ここに座って」
パーティーは立食形式だけれど、壁際にはテーブルや椅子が並んでいる。その一つに導かれ、グラスと軽食がのった皿を渡されて、ノアは苦笑してしまった。
サミュエルが過保護すぎる。確かにノアが疲労感を覚えていたのは確かだけれど、このくらいは我慢すべきものだ。
でも、せっかくの気遣いを断るのも申し訳ないし、正直ありがたいことでもあった。
ノアはサミュエルの袖を軽く引いて、隣に座るよう促す。一人だけで座っているのは少し寂しい。
「サミュエル様、これ美味しいですよ」
「……うん、美味しいね」
サミュエルの口元にピンチョスを差し出すと、目を丸くした後に小さく口を開く。食べさせてあげたところで、ノアは自分の振る舞いの恥ずかしさに気づいた。
ノアたちが休憩をとることを察して離れていた人々から、微笑ましげな眼差しが向けられている。
「……はしたないことをしました……」
顔が熱い。人前で、しかもパーティーの最中で、婚約者に手ずから食べさせてあげるなんて、色惚けしていると思われても仕方ないことである。
実際、恋人同士であり、ノアはサミュエルに惚れ込んでいるのだから、そのように思われても否定できないけれど、それをあからさまに示してしまうのは恥ずかしかった。
「ふふ……でも、私はノアに食べさせてもらって、元気が回復したけどね? ありがとう」
少し揶揄うように言いながら、サミュエルも一口サイズのフルーツを差し出してくる。フォークをノアに渡す素振りはない。
ノアは目を伏せながら小さく口を開けて食べた。頭の中は、この振る舞いをどう見られているか考えるのでいっぱいいっぱいで、味わう余裕なんてない。
「美味しいかい?」
「……美味しいです」
サミュエルは食べさせ合いっこをして満足そうだ。ノアの方から始めたことだけれど、少し恨めしげに見つめてしまう。
「――こんなところでも、ラブラブなことで」
不意にルーカスから声を掛けられて、ノアは反射的に立ち上がる。サミュエルはノアから皿を取り上げてテーブルにのせながら、のんびりとした雰囲気だった。
「ここだからこそ、ラブラブなんですよ。婚約者なんですから、仲が良いところを見せた方が、みんな安心でしょう?」
「度が過ぎると、食傷気味になるがな」
ルーカスが肩をすくめる。呆れた表情はすぐに改まり、周囲に視線を走らせた。
ノアはそのルーカスの様子に首を傾げる。どこか緊張した雰囲気に見えたからだ。
「――マーティン殿下がアダム殿を追って外に出た」
小声で告げられた言葉に、ノアは息を飲む。サミュエルは穏やかな表情を変えないまま、思案げに目を細めた。
「外というと……ベランダですか?」
この広間は二階にある。でも、酔い覚まし用にとベランダへは出られるようになっていて、外といえるのはそこしかなかった。
「ああ。アダム殿は休憩にという雰囲気だったが、マーティン殿下はそれを見て追ったようだ。すぐにハミルトン殿が追ったが、騒ぎになるかもしれない」
「分かりました。こちらで対処します」
サミュエルが即座に頷く。ルーカスが眼差しで『どう対処するのか?』と尋ねているようだったが、サミュエルは微笑んで躱していた。
ここは人の多い場所だ。それに加え、パーティーの主役であるサミュエルとノアには常に注目が集まっている。ルーカスがいるのでなおさらだ。
そんな状況で下手なことを言うわけにはいかない。それこそ騒ぎになってしまうから。
「……分かった。俺の手が必要な時は、遠慮するな。サミュエルの侍従ならば、俺に声を掛けやすいだろう?」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
招待客に背を向けているルーカスはともかく、サミュエルは何事も起こっていないように平然とした顔を取り繕わなければならない。
ノアもそうするべきなのだけれど、どうしても不安が募ってしまい、きちんとした振る舞いをできているか自信がなかった。
194
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。
佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
月・木更新
第13回BL大賞エントリーしています。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
白い結婚だと思ったら ~4度の離婚で心底結婚にうんざりしていた俺が5度目の結婚をする話~
紫蘇
BL
俺、5度目の再婚。
「君を愛さないつもりはない」
ん?
なんか……今までのと、ちゃう。
幽体離脱しちゃう青年と、彼の幽体が見えちゃう魔術師との恋のお話し。
※完結保証!
※異能バトルとか無し
【完結済】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!
キノア9g
BL
ごく普通の中堅冒険者・イーサン。
今日もほどほどのクエストを探しにギルドを訪れたところ、見慣れない美形の冒険者・アシュレイと出くわす。
最初は「珍しい奴がいるな」程度だった。
だが次の瞬間──
「あなたは僕の推しです!」
そう叫びながら抱きついてきたかと思えば、つきまとう、語りかける、迫ってくる。
挙句、自宅の前で待ち伏せまで!?
「金なんかねぇぞ!」
「大丈夫です! 僕が、稼ぎますから!」
平穏な日常をこよなく愛するイーサンと、
“推しの幸せ”のためなら迷惑も距離感も超えていく超ポジティブ転生者・アシュレイ。
愛とは、追うものか、追われるものか。
差し出される支援、注がれる好意、止まらぬ猛アプローチ。
ふたりの距離が縮まる日はくるのか!?
強くて貢ぎ癖のあるイケメン転生者 × 弱めで普通な中堅冒険者。
異世界で始まる、ドタバタ&ちょっぴり胸キュンなBLコメディ、ここに開幕!
全8話
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる