内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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134.サミュエルの意外な一面

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 色々あったパーティー後。ノアはサミュエルと共に両親の部屋に呼び出されていた。

「――あまりうるさいことは言いたくないんだけどね……」

 パーティー用の服も着替えない状態で、部屋に集ったのはノアとサミュエル、ノアの両親、そしてグレイ公爵夫妻だった。
 呆れ顔で父が見つめるのはサミュエルだ。グレイ公爵夫妻も、頭痛を堪えるように額に手を当てている。

「婚約を公表したからといって、何をやっても良いというわけではないんだよ。サミュエル殿も、もちろん分かっているね?」
「ええ。承知しております。ですが、少々致し方ない理由がありまして」

 父が咎めているのは、パーティーでサミュエルとノアが口づけをしたことだ。婚約を結んでいるとはいっても、人目があるところでそこまで接触するのは、はしたないと思われても仕方ない行為である。

 状況に流されてしまったノアはしょんぼりと肩を落して反省しているけれど、サミュエルは普段と変わらず堂々とした態度だ。

 ノアの両親もグレイ公爵夫妻もその態度を不思議に感じたようで、サミュエルの言葉の続きを待っている。

「――マーティン殿下がノアに横恋慕しているような思わせぶりな言動をしていました。しかも、私たちの仲を疑うような発言までありまして、このままですと強引に私たちの仲を引き裂こうとする可能性もあると判断し、対応した次第です」
「……二人の仲の良さを証明する行動が、キスだった、と?」

 父の問いにサミュエルが頷く。両親とグレイ公爵夫妻は顔を見合わせて悩ましげな表情になった。

(貴族としてのマナーを考えると、駄目なことだったけど、マーティン殿下のことを考えると判断が難しい、って感じかなぁ)

 ノアは全員の顔を窺いながら推測する。とりあえず、大目玉を頂戴することにならなくて、良かったような悪かったような、複雑な気分だ。
 ここでしっかり叱られたら、サミュエルが行き過ぎた行為をすることもなくなり、今後のノアの心労が軽減した気がする。でも一方で、サミュエルがその程度のことで行動を止めることがあるだろうかと疑問に思いもする。

 つまりは――さほど怒られなくて良かった、ということにしておこう。

「……マーティン殿下の話は、私たちの耳にも入っていたよ」

 話し始めたのはグレイ公爵だった。パーティーの間中、ノアたちとは離れたところで社交に励んでいたけれど、しっかりとノアたちの動向にも注目していたようだ。

「――横恋慕しているような発言は確かにあった。何かしらの意図があるのだろうとは私たちも考えたよ。だからといって、あの場で口づけを交わすことはなかっただろう。サミュエルならもっと上手く対応できたはずだ」

 語気を強めるでもなく、ただ静かな口調で語られる言葉だった。公爵という立場に相応しい威厳とサミュエルへの愛情や信頼が窺える。

「……ええ。そうですね。少々手っ取り早い方法を選択してしまったことは謝罪いたします」

 珍しくサミュエルが非を認めて謝る。さすがのサミュエルも、親には敵わない部分があるのだと、ノアは変な感心をしてしまった。でも、その感想は一瞬で覆される。

「――ですので、次の対応につきましては、父上やランドロフ侯爵にもご協力していただきたく存じます」

 下から懇願している体を取りながら、『文句を言うくらいなのだから、そちらが協力してくれるつもりはあるんだよね?』と脅しているように聞こえた。これはノアの気のせいではないはずだ。
 つまりは、サミュエルの謝罪は協力をもぎ取るための前置きでしかなかったということ。

「サミュエル様……ここは、普通にお願いしてもいいのでは……?」

 固まる両親とグレイ公爵夫妻を見かねて、ノアはサミュエルの腕を軽く引きながら、控えめに咎めた。

 マーティンに関わる事柄は、これまでノアやサミュエル自身で対応してきた。両親やグレイ公爵夫妻が非協力的だったわけではない。ただ、ノアたち個人に関わる問題である可能性が高いため、手出しを遠慮してもらっていただけである。

 サミュエルが何故今になって両親やグレイ公爵夫妻の協力を求めたのか、ノアは理解できていないけれど、強請るように頼むのは少々筋違いに思えた。

「おや、私にとっては普通のお願いだったつもりだけど」

 シレッとした顔で首を傾げるサミュエルに、ノアは少し呆れた。これは強請った自覚をしている顔だ。何故自身の両親を含めた相手に、このような強情な態度をとるのだろうか。

「……まぁ、いいけどね。私は慣れているけど、ランドロフ侯爵夫妻には丁寧に対応しなさい。婿入り先のご両親をあまり不安にさせるものではないよ」

 グレイ公爵がため息をついて窘める。夫人も困ったような笑みを見せつつ、ノアの両親たちに「ごめんなさいね。貴方たちに対しては、普段ならもう少し猫を被ってくれると思うから、できればこの子を可愛がってくださると嬉しいわ」と、それもどうなのかと思うようなフォローをしていた。
 ノアの両親は困惑の表情である。

「……私を反抗期の息子のように言うのはやめていただけませんか?」
「そのものずばり、君のことじゃないか」
「違います」

 ノアはサミュエルとグレイ公爵の会話に、なるほどと納得して頷いた。サミュエルは否定しているけれど、反抗期とはノアが抱いた印象に合致する言葉だと思ったのだ。

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