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146.動揺の表れ
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「まずは、なぜ誓約が破られているのか、お伺いできますか?」
話を切り出したサミュエルを、マーティンがジッと見つめる。その後ちらりとハミルトンに視線を向けるも、無視されていた。ハミルトンの背後にいるアダムは顔を俯けていて、ノアからは表情を窺えない。
「……誓約を破ったつもりはない。アダム殿の友人ミルトン伯爵令息と話しながら歩いていたところ、ここでアダム殿と会ってしまって、な。ミルトン伯爵令息がアダム殿に話しかけるものだから、俺が避けるような真似をするのも、外聞が良くないだろう?」
堂々とした言い訳である。ノアは思わず眉を寄せてしまった。
おそらく、マーティンはパーティーでの出来事を鑑みて、そのやり方での接触なら問題ないと踏んでいたのだろう。
笑みを浮かべるマーティンを見据えたサミュエルの表情は静かだった。ハミルトンに視線を移して発言を促している。
「……殿下がおっしゃられた通り、ミルトン伯爵令息が先に話しかけてきたため、マーティン殿下は彼についてくる形になりました」
「ミルトン伯爵令息というと、最近マーティン殿下と深く交友している方ですね?」
サミュエルの視線が再びマーティンに戻る。問いには軽い頷きだけが返ってきた。
(ミルトン……ミルトン……あぁ、グレイ公爵家の遠縁の……?)
ノアの脳裏に、婚約披露パーティーで見掛けた顔が浮かぶ。あまり目立った功績のない家で、招待する範囲ギリギリの親戚といっても遠すぎる家系だったはずだ。
挨拶はしたけれど、親しく話した覚えはない。でも、マーティンを囲む人の中に、ミルトン伯爵令息がいた記憶はあった。
サミュエルはマーティンとミルトン伯爵令息の関係を把握していたのか、疑問に思った様子はない。一方、ノアは少し戸惑っていた。なぜなら、ノアの記憶違いでなければ、アダムの家とミルトン伯爵家は仲が良くないはずだから。
(ミルトン伯爵令息とアダム殿が友人? 何かおかしい……)
「ミルトン伯爵令息はどのような用でアダム殿に話しかけたのですか?」
「さぁ? 友人なのだから、ただ話したかっただけなんじゃないか?」
マーティンの言葉は何かをはぐらかしているようで、ノアは目を細めてその顔を観察した。笑みを浮かべているのに、目には少し焦りが浮かんでいるように見える。
「……違います」
探り合うような間合いに、小さな呟きが割り込む。マーティンが僅かに眉を寄せ、サミュエルはハミルトンの背後に視線を向けた。
呟いたのはアダムだ。目は戸惑いに揺れていたけれど、サミュエルと目を合わせると、予想以上にしっかりとした声で話に割り込んだ非礼を詫びる。
「申し訳ありません。どうしても、聞き逃せなくて……」
「構わないよ。殿下も、よろしいですね」
「……ああ」
頷いてはいたけれど、マーティンは逃げ場を探すように視線を彷徨わせていた。
サミュエルはそんなマーティンに気づいていないかのように、穏やかな雰囲気でアダムに話を促す。
「彼は……ミルトン伯爵令息は、私にマーティン殿下との仲を自慢しに来られたようでした」
「自慢?」
「はい。……あの、ご寵愛を、いただいている、と」
アダムが困惑した様子で告げる。
(寵愛!? え……マーティン殿下は、ミルトン伯爵令息に、既に手を出しているということ……?)
寵愛とは性的な関係にあることを示唆する言葉として使われることが多い。
ノアはまじまじとマーティンを見つめて、一歩退いた。いつからそのような仲になったのかは分からないけれど、少し手が早すぎるように思える。未成年者と肉体関係になるのはご法度だ。
「……ほう……それは真実ですか?」
サミュエルの目も言葉も冷え切っていた。マーティンが慌てた様子で首を振る。
「いやっ、違う! みなが思うような関係ではない! ただ、食事を共にしたことがあるだけで――」
「それだけで、殿下のご寵愛を受けたとミルトン伯爵令息が嘯いているということですか?」
「そ、そうだ!」
焦った様子で言われても、少々信じ難い。ノアは首を傾げて、真実がどこにあるのか考え込んだ。
ルーカスは呆れた様子でマーティンを眺め、ため息をついている。ハミルトンはサミュエルと同様に冷えた眼差しをマーティンに向けて、マーティンの味方になりえる者はここには誰もいなかった。
(……あれ、どうして、ミルトン伯爵令息はここにいないの?)
アダムに話しかけ、騒動を引き起こすきっかけになったはずのミルトン伯爵令息はいったいどこにいるのか。同じことを疑問に思ったのはサミュエルだった。
「ミルトン伯爵令息はどちらに? 不純な交友があるようでしたら、注意しなければなりません」
「彼は立ち去られましたよ。涙を流して、ね。殿下がご自分よりアダムに関心がある様子であることが耐えられなかったのでしょう」
サミュエルの問いに答えたのはハミルトンで、凍てつくような冷えた声音だった。
「え、ひどい……」
ノアは思わず呟いていた。未成年者と肉体関係を持ったかどうかの真実は分からないけれど、自分に想いを寄せていると思われる相手の前で、あからさまに他の者に関心を向けるのはよろしくないだろう。
ミルトン伯爵令息とは親しくないけれど、涙を流して立ち去るほど傷つけるような振る舞いは、紳士として相応しくない。
非難の目を向けるノアに対して、マーティンは血の気が引いた顔で叫んだ。
「誤解しないでくれ! 本当に、彼とは、深い関係はないんだ! 彼が、勝手に誤解しただけで――」
全てが言い訳にしか聞こえない。少なくとも、マーティンがミルトン伯爵令息の想いを利用して、アダムに接触しようとしたことは間違いないはずだ。
ノアは思わずマーティンから目を逸らした。
話を切り出したサミュエルを、マーティンがジッと見つめる。その後ちらりとハミルトンに視線を向けるも、無視されていた。ハミルトンの背後にいるアダムは顔を俯けていて、ノアからは表情を窺えない。
「……誓約を破ったつもりはない。アダム殿の友人ミルトン伯爵令息と話しながら歩いていたところ、ここでアダム殿と会ってしまって、な。ミルトン伯爵令息がアダム殿に話しかけるものだから、俺が避けるような真似をするのも、外聞が良くないだろう?」
堂々とした言い訳である。ノアは思わず眉を寄せてしまった。
おそらく、マーティンはパーティーでの出来事を鑑みて、そのやり方での接触なら問題ないと踏んでいたのだろう。
笑みを浮かべるマーティンを見据えたサミュエルの表情は静かだった。ハミルトンに視線を移して発言を促している。
「……殿下がおっしゃられた通り、ミルトン伯爵令息が先に話しかけてきたため、マーティン殿下は彼についてくる形になりました」
「ミルトン伯爵令息というと、最近マーティン殿下と深く交友している方ですね?」
サミュエルの視線が再びマーティンに戻る。問いには軽い頷きだけが返ってきた。
(ミルトン……ミルトン……あぁ、グレイ公爵家の遠縁の……?)
ノアの脳裏に、婚約披露パーティーで見掛けた顔が浮かぶ。あまり目立った功績のない家で、招待する範囲ギリギリの親戚といっても遠すぎる家系だったはずだ。
挨拶はしたけれど、親しく話した覚えはない。でも、マーティンを囲む人の中に、ミルトン伯爵令息がいた記憶はあった。
サミュエルはマーティンとミルトン伯爵令息の関係を把握していたのか、疑問に思った様子はない。一方、ノアは少し戸惑っていた。なぜなら、ノアの記憶違いでなければ、アダムの家とミルトン伯爵家は仲が良くないはずだから。
(ミルトン伯爵令息とアダム殿が友人? 何かおかしい……)
「ミルトン伯爵令息はどのような用でアダム殿に話しかけたのですか?」
「さぁ? 友人なのだから、ただ話したかっただけなんじゃないか?」
マーティンの言葉は何かをはぐらかしているようで、ノアは目を細めてその顔を観察した。笑みを浮かべているのに、目には少し焦りが浮かんでいるように見える。
「……違います」
探り合うような間合いに、小さな呟きが割り込む。マーティンが僅かに眉を寄せ、サミュエルはハミルトンの背後に視線を向けた。
呟いたのはアダムだ。目は戸惑いに揺れていたけれど、サミュエルと目を合わせると、予想以上にしっかりとした声で話に割り込んだ非礼を詫びる。
「申し訳ありません。どうしても、聞き逃せなくて……」
「構わないよ。殿下も、よろしいですね」
「……ああ」
頷いてはいたけれど、マーティンは逃げ場を探すように視線を彷徨わせていた。
サミュエルはそんなマーティンに気づいていないかのように、穏やかな雰囲気でアダムに話を促す。
「彼は……ミルトン伯爵令息は、私にマーティン殿下との仲を自慢しに来られたようでした」
「自慢?」
「はい。……あの、ご寵愛を、いただいている、と」
アダムが困惑した様子で告げる。
(寵愛!? え……マーティン殿下は、ミルトン伯爵令息に、既に手を出しているということ……?)
寵愛とは性的な関係にあることを示唆する言葉として使われることが多い。
ノアはまじまじとマーティンを見つめて、一歩退いた。いつからそのような仲になったのかは分からないけれど、少し手が早すぎるように思える。未成年者と肉体関係になるのはご法度だ。
「……ほう……それは真実ですか?」
サミュエルの目も言葉も冷え切っていた。マーティンが慌てた様子で首を振る。
「いやっ、違う! みなが思うような関係ではない! ただ、食事を共にしたことがあるだけで――」
「それだけで、殿下のご寵愛を受けたとミルトン伯爵令息が嘯いているということですか?」
「そ、そうだ!」
焦った様子で言われても、少々信じ難い。ノアは首を傾げて、真実がどこにあるのか考え込んだ。
ルーカスは呆れた様子でマーティンを眺め、ため息をついている。ハミルトンはサミュエルと同様に冷えた眼差しをマーティンに向けて、マーティンの味方になりえる者はここには誰もいなかった。
(……あれ、どうして、ミルトン伯爵令息はここにいないの?)
アダムに話しかけ、騒動を引き起こすきっかけになったはずのミルトン伯爵令息はいったいどこにいるのか。同じことを疑問に思ったのはサミュエルだった。
「ミルトン伯爵令息はどちらに? 不純な交友があるようでしたら、注意しなければなりません」
「彼は立ち去られましたよ。涙を流して、ね。殿下がご自分よりアダムに関心がある様子であることが耐えられなかったのでしょう」
サミュエルの問いに答えたのはハミルトンで、凍てつくような冷えた声音だった。
「え、ひどい……」
ノアは思わず呟いていた。未成年者と肉体関係を持ったかどうかの真実は分からないけれど、自分に想いを寄せていると思われる相手の前で、あからさまに他の者に関心を向けるのはよろしくないだろう。
ミルトン伯爵令息とは親しくないけれど、涙を流して立ち去るほど傷つけるような振る舞いは、紳士として相応しくない。
非難の目を向けるノアに対して、マーティンは血の気が引いた顔で叫んだ。
「誤解しないでくれ! 本当に、彼とは、深い関係はないんだ! 彼が、勝手に誤解しただけで――」
全てが言い訳にしか聞こえない。少なくとも、マーティンがミルトン伯爵令息の想いを利用して、アダムに接触しようとしたことは間違いないはずだ。
ノアは思わずマーティンから目を逸らした。
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