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155.致命的な言葉
ノアはなんとも言えない気分でマーティンを眺めた。
ここまでの話を聞いて考えても、マーティンが抱いている違和感が何に起因しているかを、いまいち断定することができない。
転生者ではあっても、前世の記憶があやふやなのか。そもそもゲーム知識をあまり知らなかったのか。
もしくは、転生者でもなく、ただ類稀な観察眼を有しているがゆえの違和感という可能性も捨てきれない。
ノア自身は転生者ではないため、判断が難しいのだ。
(ルーカス殿下やハミルトン殿なら――)
視線を二人に転じる。といっても、ハミルトンは背後にいるから、僅かに様子を窺うことしかできない。でも、二人ともが判断を迷うように顔を顰めているのが分かる。
「……マーティン殿下の頭がおかしい云々はさておき――」
「おい、さておきってなんだ。俺は結構悩んでるんだぞ」
マーティンの沈んだ雰囲気を感じて沈黙が続いていた空間に、サミュエルの涼やかな声が響いた。あまりにも無慈悲な言葉だったので、マーティンが落ち込んでいたことすら忘れたように、抗議の声を上げる。
「私には関係ありませんし。マーティン殿下個人に興味も関心もありませんので」
「……冷たい奴だな」
サミュエルが微笑み告げると、マーティンは拗ねた表情で顔を背けた。
ノアの視界の端でルーカスが肩をすくめる。「さもありなん」と言いたげな表情が、サミュエルへの理解度の高さを示していた。サミュエルはノア以外への関心が薄い。そのブレない性質は、自身が仕えているルーカスに対しても例外ではないのだ。
「私が冷たい人間なのは自覚していますよ。それより、殿下がお感じになった違和はそれだけですか?」
マーティンの不満を受け流し、サミュエルが話を促す。マーティンはジトリとサミュエルを睨みつつも、全て話すことを誓ったことを思い出したのか、渋々と口を開いた。
「……違和感が強くなったのは、ライアン王子が王族籍から抜けることが決定したと伝わった時……いや、サミュエルが第二王子に仕えることが決まった時だったか……? とにかく、この国に関わる時ばかり違和感が強くなる」
嫌そうに呟く様子を見るに、マーティンが現状を好ましく思っていないのがよく分かる。自身のよく分からない感覚に振り回されているようなものなのだから、それも当然だろう。
でも、ここでノアの頭に一つ疑問が浮かんだ。
この国に関わる時ばかり違和感を覚え、それを好ましく思わないならば、なぜこの国に留学しに来たのか、ということだ。
元々のマーティンの立場を考えると、この国に留学しに来る必要性は全くなかった。本人が望んだから成立した出来事にすぎないのだ。
(留学以前に、僕に婚約を申し込もうとしていたことも、おかしくないかな……?)
これまでの話の中で、ノアに関する情報は一切出てきていない。少なくともライアンの騒動が起きる以前に、ノアのことを知っていたはずなのに、だ。
この国に関することを知る度に違和感を覚えるにもかかわらず、ノアに対してだけはそれがないということはありえるだろうか。
その矛盾は、マーティンが意図的に何らかの情報を隠していることで生じているように思えて、ノアは警戒心を強めた。
サミュエルもそのようなマーティンの意図に気づかないわけがなく、穏やかな表情ながら油断なくマーティンを観察していた。
「……その状態で、よく、ノアに婚約を申し込もうと思われましたね」
軽い牽制と探りを込めたサミュエルの問いに、真っ先に反応したのはアダムだった。ノアの背後から吐息のような「え……?」という声が聞こえてくる。
マーティンがノアに婚約を申し込もうとしていたことは、公にされていない話なのだから驚くのも当然である。
一方で反応が遅れたように見えたマーティンだったけれど、一瞬「しまった!」と言いそうな後悔の色を目に浮かべたことは誰もが見逃さなかった。すぐに動揺を消し去り、「どういう意味だ?」と微笑んだとしても、その態度に騙される者はいない。
「――ノアのことは、自国でも知っていた。あぁ、何故かとは聞いてくれるな。そちらに不都合があるだろう?」
問いに誰も答えない状態に焦ったのか、マーティンは自ら語りだす。墓穴を掘る、とまでは言わないけれど、疚しいことがあるのが明白な態度だった。
なによりも、事情を話さない理由に、ノアのトラウマを匂わせるのが少々気に食わない。
先ほど話題に出た際にトラウマについて察していたからこそ、咄嗟に利用したのだろう。でも、それは加害者側にある者がしていい言動ではなかった。
(……あぁ、どうしよう、サミュエル様……)
ノアが嘆くのは、トラウマを利用されたからではない。それは遠因ではあったけれど、何よりも隣から怒気が伝わってくるのが問題だったのだ。
これまである程度冷静にマーティンと話していたサミュエルが、一気に感情的になっている。それは守ると決めた存在であるノアを利用され、マーティンを敵だと見定めたからに他ならない。
マーティンはサミュエルの逆鱗を刺激してしまったのだ。
ノアは咄嗟に視線でルーカスに助けを求めたけれど、沈痛な表情で首を振られた。なんなら、ノアの方にどうにかしてほしいと訴えられた気もしたけれど、ノアはサッと視線を逸らしてしまう。
頭の隅で、マーティンのために、サミュエルの感情を抑制させる必要があるのかと考えてしまったのだ。サミュエルほどではなくとも、ノア自身がマーティンに対して不快感を抱いたことの表れだったのかもしれない。
ここまでの話を聞いて考えても、マーティンが抱いている違和感が何に起因しているかを、いまいち断定することができない。
転生者ではあっても、前世の記憶があやふやなのか。そもそもゲーム知識をあまり知らなかったのか。
もしくは、転生者でもなく、ただ類稀な観察眼を有しているがゆえの違和感という可能性も捨てきれない。
ノア自身は転生者ではないため、判断が難しいのだ。
(ルーカス殿下やハミルトン殿なら――)
視線を二人に転じる。といっても、ハミルトンは背後にいるから、僅かに様子を窺うことしかできない。でも、二人ともが判断を迷うように顔を顰めているのが分かる。
「……マーティン殿下の頭がおかしい云々はさておき――」
「おい、さておきってなんだ。俺は結構悩んでるんだぞ」
マーティンの沈んだ雰囲気を感じて沈黙が続いていた空間に、サミュエルの涼やかな声が響いた。あまりにも無慈悲な言葉だったので、マーティンが落ち込んでいたことすら忘れたように、抗議の声を上げる。
「私には関係ありませんし。マーティン殿下個人に興味も関心もありませんので」
「……冷たい奴だな」
サミュエルが微笑み告げると、マーティンは拗ねた表情で顔を背けた。
ノアの視界の端でルーカスが肩をすくめる。「さもありなん」と言いたげな表情が、サミュエルへの理解度の高さを示していた。サミュエルはノア以外への関心が薄い。そのブレない性質は、自身が仕えているルーカスに対しても例外ではないのだ。
「私が冷たい人間なのは自覚していますよ。それより、殿下がお感じになった違和はそれだけですか?」
マーティンの不満を受け流し、サミュエルが話を促す。マーティンはジトリとサミュエルを睨みつつも、全て話すことを誓ったことを思い出したのか、渋々と口を開いた。
「……違和感が強くなったのは、ライアン王子が王族籍から抜けることが決定したと伝わった時……いや、サミュエルが第二王子に仕えることが決まった時だったか……? とにかく、この国に関わる時ばかり違和感が強くなる」
嫌そうに呟く様子を見るに、マーティンが現状を好ましく思っていないのがよく分かる。自身のよく分からない感覚に振り回されているようなものなのだから、それも当然だろう。
でも、ここでノアの頭に一つ疑問が浮かんだ。
この国に関わる時ばかり違和感を覚え、それを好ましく思わないならば、なぜこの国に留学しに来たのか、ということだ。
元々のマーティンの立場を考えると、この国に留学しに来る必要性は全くなかった。本人が望んだから成立した出来事にすぎないのだ。
(留学以前に、僕に婚約を申し込もうとしていたことも、おかしくないかな……?)
これまでの話の中で、ノアに関する情報は一切出てきていない。少なくともライアンの騒動が起きる以前に、ノアのことを知っていたはずなのに、だ。
この国に関することを知る度に違和感を覚えるにもかかわらず、ノアに対してだけはそれがないということはありえるだろうか。
その矛盾は、マーティンが意図的に何らかの情報を隠していることで生じているように思えて、ノアは警戒心を強めた。
サミュエルもそのようなマーティンの意図に気づかないわけがなく、穏やかな表情ながら油断なくマーティンを観察していた。
「……その状態で、よく、ノアに婚約を申し込もうと思われましたね」
軽い牽制と探りを込めたサミュエルの問いに、真っ先に反応したのはアダムだった。ノアの背後から吐息のような「え……?」という声が聞こえてくる。
マーティンがノアに婚約を申し込もうとしていたことは、公にされていない話なのだから驚くのも当然である。
一方で反応が遅れたように見えたマーティンだったけれど、一瞬「しまった!」と言いそうな後悔の色を目に浮かべたことは誰もが見逃さなかった。すぐに動揺を消し去り、「どういう意味だ?」と微笑んだとしても、その態度に騙される者はいない。
「――ノアのことは、自国でも知っていた。あぁ、何故かとは聞いてくれるな。そちらに不都合があるだろう?」
問いに誰も答えない状態に焦ったのか、マーティンは自ら語りだす。墓穴を掘る、とまでは言わないけれど、疚しいことがあるのが明白な態度だった。
なによりも、事情を話さない理由に、ノアのトラウマを匂わせるのが少々気に食わない。
先ほど話題に出た際にトラウマについて察していたからこそ、咄嗟に利用したのだろう。でも、それは加害者側にある者がしていい言動ではなかった。
(……あぁ、どうしよう、サミュエル様……)
ノアが嘆くのは、トラウマを利用されたからではない。それは遠因ではあったけれど、何よりも隣から怒気が伝わってくるのが問題だったのだ。
これまである程度冷静にマーティンと話していたサミュエルが、一気に感情的になっている。それは守ると決めた存在であるノアを利用され、マーティンを敵だと見定めたからに他ならない。
マーティンはサミュエルの逆鱗を刺激してしまったのだ。
ノアは咄嗟に視線でルーカスに助けを求めたけれど、沈痛な表情で首を振られた。なんなら、ノアの方にどうにかしてほしいと訴えられた気もしたけれど、ノアはサッと視線を逸らしてしまう。
頭の隅で、マーティンのために、サミュエルの感情を抑制させる必要があるのかと考えてしまったのだ。サミュエルほどではなくとも、ノア自身がマーティンに対して不快感を抱いたことの表れだったのかもしれない。
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