内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
195 / 277

195.サミュエルの心の中

しおりを挟む
「――今さら、そんなことを言う意味が、どこにあるって?」

 サミュエルはひじ掛けに頬杖をつき、ザクを見つめた。
 こうして話しているのも大して楽しくないけれど、他の有象無象といるよりは遥かに有意義だと認めている。ザクはサミュエルの理解者だから、語る言葉は無視できないものが多い。

「ええ。本当に今さらです。ノア様に対して、サミュエル様が感情豊かでいらっしゃるのは昔からですし」

 ザクが軽く肩をすくめた。サミュエルは進まない話に苛立つでもなく、無表情で口を閉ざす。

 サミュエルが黙っていても、ザクは勝手に話を進めるだろう。そもそも、サミュエルから大きな反応が返ってくるなんて思っていないはずだ。

 サミュエルにとっての特別はノアだけ。それは昔から変わらない。

「――私はずっと不思議だったんです。サミュエル様はなぜ、ノア様を手に入れようとしないのか、と」

 自分にもお茶を淹れ、ザクが許しも得ずソファに腰かける。そして、なんの反応も示さないサミュエルを気にすることなく言葉を続けた。

「ライアン様との婚約だって、サミュエル様がどうにかしようとすれば、もっと早くに解消されていたはず。ノア様を手に入れるのも、簡単だったでしょう。それなのに、サミュエル様は、状況の変化に身を任せるだけで、積極的に動くことはなかった」

 サミュエルを分析するように呟きながら、ザクはジッとサミュエルを見つめる。あまりに不躾な視線だったけれど、それをサミュエルが気にすることはない。
 ノア以外からの視線なんて、どうでもいいのだ。本当は言葉さえも。

「ライアン様の自滅で、婚約が解消されて、サミュエル様はようやく動き出した。でも、ノア様との婚約と同時に、ルーカス殿下の補佐役を引き受けるなんて、何故だろうと私は思っていたんですよ。せっかく得られたノア様との時間を、どうでもいいもののために費やすなんて、サミュエル様らしくない」

 サミュエルはゆっくりと瞬きをした。
 その動きをザクの視線が追う。そこに隠れるサミュエルの感情を見逃さないように。

「でも、違ったんですね」

 ザクが微笑む。その笑みこそ、ザクらしくない親しみが籠っていた。長い時を共に過ごした友を眺めるように、あるいは守るべき主人を慈しむように。

 そこでようやく、サミュエルは大きく表情を動かした。僅かに目を眇め、ザクをじっくりと眺める。

「何が違ったと思うんだい?」
「ノア様以外のことに、時間を費やすことは必要なことだったんでしょう? 他のことに気を向ける必要があると、サミュエル様は誰よりも自覚なさっていた」
「ふぅん……」

 自分のことを語られているけれど、サミュエルは大して興味を持たずに頷くだけ。その反応を分かりきっていたように、ザクが苦笑した。

「……ノア様に向ける感情が強すぎる。重すぎる。そのことを理解していたから、サミュエル様は他で発散するしかなかった。ノア様がサミュエル様の感情の全てを受け入れられる時が来るまで」

 そこまで語り、ザクはこれまでを振り返るように呟く。

「ノア様を自分の感情で傷つけたくないから、制御できるようになるまでノア様に近づかなかった。ようやく状況が整ってきたから、婚約を結んだ。近づいたら、予想以上に感情が膨れ上がっていて、サミュエル様は驚いたのでしょうね。その感情を、まだノア様に受け入れられないと思ったから、他の者を嬲って発散できていると思い込むことで、我慢をすることにした」

 見事にサミュエルの思いを読んでいる。気づくのが遅いけれど、ザク以外の誰も、そのことに気づいていないのだから、気づいたことだけでも褒めるべきなのか。
 褒めたらザクが喜ぶだろうかと考えて、喜ばす必要性がないとすぐに忘れた。

「――そろそろ、発散する相手がいなくなりましたね」
「そうだね」
「困りましたね。ノア様はまだサミュエル様を抱えきれない」
「そうかもしれないね」

 サミュエルとザクの視線が交わる。苦笑するザクに対して、サミュエルは穏やかな笑みを浮かべた。慣れ切った仮面で、これもまたノアへの感情を抑制するために生み出した手段だった。

「感情に振り回されて、お疲れなんですね」
「嫌われたくないから我慢するけどね」
「ノア様は、大丈夫だと思いますけど」

 サミュエルの笑みが剥がれ落ちた。
 無表情で見つめてくるサミュエルを、ザクが微笑み見守る。

「……口で言うだけなら、簡単だよ」
「他人事ですしね」
「それを認めるのかい?」

 ザクは主人をたきつけておきながら、あっさりとどうでもよさそうに言い切る。さすがのサミュエルも、少し呆れた。

「事実ですし。だいたい、これまでのノア様への振る舞いだって、とんでもないものだったと思うんですけど。サミュエル様はこれ以上、何をしたいと言うんです?」
「おや、気になるのかい?」

 首を傾げ、珍しく興味津々な顔をしているザクを、サミュエルは僅かに目を眇めて眺めた。

 そんなサミュエルの表情に嫌な予感を覚えたのか、ザクが顔を引き攣らせて首を横に振る。拒否するために口を開きかけているけれど、サミュエルはザクの逃避を許さない。

 サミュエルの心の中に土足で踏み込んだのだから、相応の仕返しは覚悟しておくべきだっただろう。それに気づかなかったのが、ザクの愚かなところだった。

「――今すぐ閉じ込めて、泣いて嫌がっても、ドロドロになるまで愛してやりたい」

 サミュエル自身、ゾッとするくらい重い執着的な愛に満ちた声音に、ザクの顔から血の気が引いた。言葉以上の想いが、その声に詰まっていたのだ。

「……ロウに警告しておきます」
「君が聞かせろとねだったくせに、ひどいことをするね。ランドロフ侯爵邸に出入り禁止にされるじゃないか」
「ノア様のためにも、そうすべきだと思うくらい、ひどい顔でしたよ」
「顔?」

 サミュエルは自分では見られない表情を変えるために、そっと頬をさすった。

「やっぱり、もっと感情を飼いならす特訓をしましょう。それか、新たな発散相手を見つけださないと……。ノア様に怯えられて、サミュエル様が死にそうになる未来しか見えません!」
「……だから、がんばっているし、我慢しているんじゃないか」

 真剣な表情で忠告するザクに、サミュエルは疲労感に溢れたため息を零した。

しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。

佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...