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248.神の祝福
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眩い現象の終焉に、神官長が「あぁ……」と残念そうな声を上げて、肩を落とす。でもすぐにノアたちの存在を思い出した様子で、勢いよく立ち上がり、近づいてきた。
「ご成婚、おめでとうございます。神官一同、お二人のご成婚を心からお慶び申し上げます」
輝かんばかりの笑みを浮かべ、恭しく頭を下げる神官長の姿に、ノアは面食らった。
大聖堂の神官長といえば、国王に並ぶと言われる存在だ。間違っても、一貴族の子息に対して、このような謙ったような態度をとる立場ではない。
内心で慌てふためき、混乱して、ノアはどう言葉を返すべきか分からなくなった。
隣に立っていたサミュエルは、少し驚いた様子だったけれど、すぐに平常心を取り戻したようだ。その立て直しの早さは、本当にすごいと思う。
探るような眼差しを神官長に向け、サミュエルが口を開いた。
「ありがとうございます。まさか、神官長様から、そのようなお言葉をいただけるとは思いませんでしたが……」
「いやいや、これは当然のことですよ。なにせ――」
「神官長様。承認の儀の時間が迫っています」
何事かを説明しようとした神官長を遮るように、神官が促す。確かに、時刻が迫ってきていた。参列者には王太子や公爵など失礼をできない相手がいるので、遅刻するわけにはいかない。
「そうですね。では、私が案内を――」
「神官長様。案内は私の役目です。どうぞお任せください」
「いや、だがね――」
「神の祝福を受けたお方であろうとも、それを表明するのは熟考するべきであると、決まっております。神官長様が特別扱いなさるのは、徒に騒ぎを巻き起こしかねません」
神官長を諌めるように、神官が断固とした態度で告げる。黙り込んだ神官長は、ノアたちの意を問うように視線を向けてきた。まだ案内役への未練があるらしい。
なぜそれほどまでにノアたちに付き従おうとするのか分からない。ノアは困惑しながら、サミュエルに視線を移した。
「……案内は、予定通りに。神官長様におかれましては、お気遣いありがとうございます」
サミュエルが一拍の間の後に、笑顔で断りを入れる。すると、神官長は無念そうにしながらも、素直に引き下がった。
「承知しました。どうぞ、承認の儀にお進みください」
「……それでは、こちらに」
あくまでも恭しい態度を崩さない神官長への困惑を隠し、ノアは丁寧に礼をしてから神官の後に続く。予定にはない出来事の連続に、少し疲れを感じてしまった。
そんなノアの心を察したように、サミュエルがエスコートのために腰に回した手の力を強める。
「サミュエル様……」
「なんだか、おかしなことになったね」
サミュエルに寄り添うようにして歩を進めながら、小声で会話を交わす。静かな廊下では、その声さえ隠すことはできないと、二人共承知の上だ。
前を歩く神官が苦笑した気配がする。
「神官長が失礼しました。承認の儀を行う式典の間まで、まだ距離がありますし、ご説明いたしましょうか?」
「ああ、そうしてほしいね」
ノアはサミュエルの返事に合わせて頷いた。
それを横目で確認した神官が、歩を緩めながら口を開く。
「お二人は、昔の結婚式で、誓約の儀と承認の儀が同時に行われていたことをご存知でしょうか?」
「聞いたことはあるね」
「いつから変更になったのかは、存じ上げませんが……」
神官の言いたいことが何かいまいち読み取れず、ノアは首を傾げる。
「変更になったのは、二百年ほど前のグレイ公爵家の結婚式において、神から祝福がもたらされたからなのです」
「神から祝福?」
「それは、誓約を認めていただければ、誰にでももたらされるものなのでは?」
ノアの当然の疑問に、神官が苦笑した。
「そうなのですが、神に特別扱いされる存在がいらっしゃるという話です。二百年ほど前の誓約の儀において、神はグレイ公爵家に特別な祝意を示しました。その結果、王家の立場が揺らぎ、王侯貴族の対立が激化したという過去がございます」
「そんな……」
ノアは目を丸くして息を呑む。たしかに、神官が言う時期に国内が荒れていたことは歴史で習ったけれど、そのような背景があったとは知らなかった。
「……その際に、神官たちはどちらについたのかい?」
「グレイ公爵家です。神の意を受けた方に与するのは、神官として当然のことですので。ですが、その後、長く混乱の時が続いたのを重く見て、誓約の儀は非公開で行われるように変わりました。誰に神が特別の祝意を示したか、神官以外が知るすべがないようにするためです。王家以外に神の祝意が注がれた場合、神官一同はその方に心から忠誠を誓いますが、同時に国を乱さないよう、その事実を公には伏せることになります」
「なるほどねぇ……」
サミュエルが呟き、呆れたように肩をすくめた。その声と表情から『神の意を受けるなんて、面倒くさい以外の感想がないな』と思っているのが伝わってくる。
それはノアも同感だったので、そっとため息をついた。
「ご成婚、おめでとうございます。神官一同、お二人のご成婚を心からお慶び申し上げます」
輝かんばかりの笑みを浮かべ、恭しく頭を下げる神官長の姿に、ノアは面食らった。
大聖堂の神官長といえば、国王に並ぶと言われる存在だ。間違っても、一貴族の子息に対して、このような謙ったような態度をとる立場ではない。
内心で慌てふためき、混乱して、ノアはどう言葉を返すべきか分からなくなった。
隣に立っていたサミュエルは、少し驚いた様子だったけれど、すぐに平常心を取り戻したようだ。その立て直しの早さは、本当にすごいと思う。
探るような眼差しを神官長に向け、サミュエルが口を開いた。
「ありがとうございます。まさか、神官長様から、そのようなお言葉をいただけるとは思いませんでしたが……」
「いやいや、これは当然のことですよ。なにせ――」
「神官長様。承認の儀の時間が迫っています」
何事かを説明しようとした神官長を遮るように、神官が促す。確かに、時刻が迫ってきていた。参列者には王太子や公爵など失礼をできない相手がいるので、遅刻するわけにはいかない。
「そうですね。では、私が案内を――」
「神官長様。案内は私の役目です。どうぞお任せください」
「いや、だがね――」
「神の祝福を受けたお方であろうとも、それを表明するのは熟考するべきであると、決まっております。神官長様が特別扱いなさるのは、徒に騒ぎを巻き起こしかねません」
神官長を諌めるように、神官が断固とした態度で告げる。黙り込んだ神官長は、ノアたちの意を問うように視線を向けてきた。まだ案内役への未練があるらしい。
なぜそれほどまでにノアたちに付き従おうとするのか分からない。ノアは困惑しながら、サミュエルに視線を移した。
「……案内は、予定通りに。神官長様におかれましては、お気遣いありがとうございます」
サミュエルが一拍の間の後に、笑顔で断りを入れる。すると、神官長は無念そうにしながらも、素直に引き下がった。
「承知しました。どうぞ、承認の儀にお進みください」
「……それでは、こちらに」
あくまでも恭しい態度を崩さない神官長への困惑を隠し、ノアは丁寧に礼をしてから神官の後に続く。予定にはない出来事の連続に、少し疲れを感じてしまった。
そんなノアの心を察したように、サミュエルがエスコートのために腰に回した手の力を強める。
「サミュエル様……」
「なんだか、おかしなことになったね」
サミュエルに寄り添うようにして歩を進めながら、小声で会話を交わす。静かな廊下では、その声さえ隠すことはできないと、二人共承知の上だ。
前を歩く神官が苦笑した気配がする。
「神官長が失礼しました。承認の儀を行う式典の間まで、まだ距離がありますし、ご説明いたしましょうか?」
「ああ、そうしてほしいね」
ノアはサミュエルの返事に合わせて頷いた。
それを横目で確認した神官が、歩を緩めながら口を開く。
「お二人は、昔の結婚式で、誓約の儀と承認の儀が同時に行われていたことをご存知でしょうか?」
「聞いたことはあるね」
「いつから変更になったのかは、存じ上げませんが……」
神官の言いたいことが何かいまいち読み取れず、ノアは首を傾げる。
「変更になったのは、二百年ほど前のグレイ公爵家の結婚式において、神から祝福がもたらされたからなのです」
「神から祝福?」
「それは、誓約を認めていただければ、誰にでももたらされるものなのでは?」
ノアの当然の疑問に、神官が苦笑した。
「そうなのですが、神に特別扱いされる存在がいらっしゃるという話です。二百年ほど前の誓約の儀において、神はグレイ公爵家に特別な祝意を示しました。その結果、王家の立場が揺らぎ、王侯貴族の対立が激化したという過去がございます」
「そんな……」
ノアは目を丸くして息を呑む。たしかに、神官が言う時期に国内が荒れていたことは歴史で習ったけれど、そのような背景があったとは知らなかった。
「……その際に、神官たちはどちらについたのかい?」
「グレイ公爵家です。神の意を受けた方に与するのは、神官として当然のことですので。ですが、その後、長く混乱の時が続いたのを重く見て、誓約の儀は非公開で行われるように変わりました。誰に神が特別の祝意を示したか、神官以外が知るすべがないようにするためです。王家以外に神の祝意が注がれた場合、神官一同はその方に心から忠誠を誓いますが、同時に国を乱さないよう、その事実を公には伏せることになります」
「なるほどねぇ……」
サミュエルが呟き、呆れたように肩をすくめた。その声と表情から『神の意を受けるなんて、面倒くさい以外の感想がないな』と思っているのが伝わってくる。
それはノアも同感だったので、そっとため息をついた。
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