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249.祝福が示すもの
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暫く沈黙が続いた後に、サミュエルが言葉を続ける。
「――それで、神から示される特別な祝意が、先ほどのステンドグラスからの光ということかな?」
ノアは一瞬呼吸を止めた。今まで他人事、あるいは過去の出来事でしかなかった話が、急にノアたちの身に迫ってきたのを感じ取ったのだ。
神官が、ノアたちをチラリと振り返り、静々と頷いた。
「その通りです」
「とすると、先ほどの神官長様のお振る舞いは、私たちへの忠誠を示すがゆえ、ということでいいね」
「はい。神の意に沿うのが、神官としてのあり方でございますれば。先ほどは神官長も興奮のあまり、軽率な行動を起こそうとしましたが、じきに落ち着かれましたら、事実の公表をさけるようにすると思います。……ご面倒をおかけして申し訳ありません」
苦笑しながら謝る神官に、サミュエルが肩をすくめる。ノアは混乱する頭で話についていくのが精一杯だった。
だって、神官長も含めた神官一同から忠誠を受け取るなんてこと、考えたこともなかったのだ。それは今この瞬間、ノアたちが王家と権力を二分したと言っても過言ではないことである。まったく望んでいない状況だ。
「神官の権力ね……」
何かを考えるようにサミュエルが呟く。神官はその顔を窺い、肩をすくめた。
「お噂通りでしたら、お二方にはあまり必要のないものでしょうね」
「まぁ、あって損はないけど。知られたら大事になるという点を考えると、面倒な事態ではあるね」
「ご安心ください。私共から情報が漏れることはございません。神に誓って」
「信用しよう」
厳かな口調で宣誓した神官に、サミュエルが軽く頷く。
そこまで話を聞いて、ノアはようやく落ち着きを取り戻してきた。腰に添えられているサミュエルの手に手を重ねて、そっと息を吐く。
「……神官様方のお力を借りる機会はそうそうないと思いますので、これまでとほとんど変わりないということでいいのですよね?」
「そうだよ」
「もし私どもの力が必要なときは、遠慮なくおっしゃっていただきたいですが」
微笑むサミュエルと神官に、ノアは僅かに頬の緊張を緩める。
「ありがとうございます」
「いえ。――他に、何かご質問はございますか?」
尋ねられたノアたちは、顔を見合わせて首を傾げる。ノアは情報を理解するのに必死で、疑問を思い浮かべる余裕がなかったけれど、サミュエルはそうではなかったようで僅かに目を眇めた。
「根本的なことを聞くけど、君たち神官が言う『神の意』とはなんだい?」
「言葉通りですが?」
何を当然のことを、と言いたげに瞬きをする神官に、サミュエルが苦笑した。
「そう言われても、私は敬虔な信徒というわけではないのでね。神官が国を乱す結果になってまで『神の意』を重視するのはなぜか、疑問に思って当然だろう?」
「……なるほど。なぜお二方に特別な祝意が示されたのかを、不思議に思っておられるのですね」
「そうだね」
サミュエルの疑問は、言われてみれば確かにと納得するものだった。ノアは静かに神官の返答を待つ。
神官は暫し考えた末に、周囲を窺ってからそっと口を開いた。
「……神の意とは、本来国を導く者に示されるものだと言われています」
「それは――」
潜めた声を聞き、ノアは目を見開く。いつも泰然としているサミュエルさえ、少し険しい顔になっていた。
「つまり、王を示している、と?」
「……はい。王を王たらしめる証が、神による祝意であるとされておりますので」
ノアはサミュエルと視線を交わす。サミュエルの顔には『勘弁してほしい』と言いたげな表情が浮かんでいた。
現在のグレイ公爵家がそうであるように、サミュエルも王になりたいなんて微塵も思っていないのだ。それは、ノアも同じである。今回の神の意は、天災に他ならない。
思わずため息がこぼれ落ちた。まさか、結婚式でこんな出来事が起きるなんて夢にも思わなかった。というより、起きてほしくなかった。
だからといって、現実逃避するわけにはいかない。ノアは嘆く心はそのままに、現実を見据えて気合いを入れ直した。
「……神官様方はそれを知っても、僕たちに王として立てとは要求しないのですね?」
「はい、もちろんです。そもそも、神による祝意は、王に対してというより、国を導く者に対して送られるものだという意味が強いのです。そして、昔はともかく、現在の私どもの見解としましては、国を導くのは王にならずともできることだ、という意見で固まっております」
神官の明言に、ノアはホッと息をついた。話の流れで大丈夫だろうとは思っていたけれど、王位につくよう推されることはないのだと分かると、やはり安堵する。
「――お二方が望まれない行動を、私どもがとることはございませんので、どうぞご安心ください」
重ねて宣誓され、ノアはサミュエルと視線を交わして微笑む。どうなることかと思ったけれど、何も問題は起きなさそうだ。
「……控えの間に到着いたしました。式の開始まで、どうぞこちらでお待ち下さい。まだ疑問がございましたら、後日いつでもいらっしゃっていただいて構いませんので。お呼びでしたら、お屋敷まで参上いたしますが」
冗談めかした雰囲気で笑う神官に、ノアは苦笑する。一貴族が神官を家に呼びつけたら、騒動が起きそうだから、するわけがない。それは神官の方だって理解していることだ。
控えの間に入ると、別の緊張感が込み上げてきた。すぐ式が始まるので、座っている時間さえないだろう。
ノアの思いとしては、『少し休ませてほしい……』しかないけれど、ロウから言われていた通り、本日のノアに休みという概念はほとんど存在しないのだ。
そのことを実感して、ノアは小さくため息をついた。もっと、穏やかに成婚した喜びに浸りたいものである。
「――それで、神から示される特別な祝意が、先ほどのステンドグラスからの光ということかな?」
ノアは一瞬呼吸を止めた。今まで他人事、あるいは過去の出来事でしかなかった話が、急にノアたちの身に迫ってきたのを感じ取ったのだ。
神官が、ノアたちをチラリと振り返り、静々と頷いた。
「その通りです」
「とすると、先ほどの神官長様のお振る舞いは、私たちへの忠誠を示すがゆえ、ということでいいね」
「はい。神の意に沿うのが、神官としてのあり方でございますれば。先ほどは神官長も興奮のあまり、軽率な行動を起こそうとしましたが、じきに落ち着かれましたら、事実の公表をさけるようにすると思います。……ご面倒をおかけして申し訳ありません」
苦笑しながら謝る神官に、サミュエルが肩をすくめる。ノアは混乱する頭で話についていくのが精一杯だった。
だって、神官長も含めた神官一同から忠誠を受け取るなんてこと、考えたこともなかったのだ。それは今この瞬間、ノアたちが王家と権力を二分したと言っても過言ではないことである。まったく望んでいない状況だ。
「神官の権力ね……」
何かを考えるようにサミュエルが呟く。神官はその顔を窺い、肩をすくめた。
「お噂通りでしたら、お二方にはあまり必要のないものでしょうね」
「まぁ、あって損はないけど。知られたら大事になるという点を考えると、面倒な事態ではあるね」
「ご安心ください。私共から情報が漏れることはございません。神に誓って」
「信用しよう」
厳かな口調で宣誓した神官に、サミュエルが軽く頷く。
そこまで話を聞いて、ノアはようやく落ち着きを取り戻してきた。腰に添えられているサミュエルの手に手を重ねて、そっと息を吐く。
「……神官様方のお力を借りる機会はそうそうないと思いますので、これまでとほとんど変わりないということでいいのですよね?」
「そうだよ」
「もし私どもの力が必要なときは、遠慮なくおっしゃっていただきたいですが」
微笑むサミュエルと神官に、ノアは僅かに頬の緊張を緩める。
「ありがとうございます」
「いえ。――他に、何かご質問はございますか?」
尋ねられたノアたちは、顔を見合わせて首を傾げる。ノアは情報を理解するのに必死で、疑問を思い浮かべる余裕がなかったけれど、サミュエルはそうではなかったようで僅かに目を眇めた。
「根本的なことを聞くけど、君たち神官が言う『神の意』とはなんだい?」
「言葉通りですが?」
何を当然のことを、と言いたげに瞬きをする神官に、サミュエルが苦笑した。
「そう言われても、私は敬虔な信徒というわけではないのでね。神官が国を乱す結果になってまで『神の意』を重視するのはなぜか、疑問に思って当然だろう?」
「……なるほど。なぜお二方に特別な祝意が示されたのかを、不思議に思っておられるのですね」
「そうだね」
サミュエルの疑問は、言われてみれば確かにと納得するものだった。ノアは静かに神官の返答を待つ。
神官は暫し考えた末に、周囲を窺ってからそっと口を開いた。
「……神の意とは、本来国を導く者に示されるものだと言われています」
「それは――」
潜めた声を聞き、ノアは目を見開く。いつも泰然としているサミュエルさえ、少し険しい顔になっていた。
「つまり、王を示している、と?」
「……はい。王を王たらしめる証が、神による祝意であるとされておりますので」
ノアはサミュエルと視線を交わす。サミュエルの顔には『勘弁してほしい』と言いたげな表情が浮かんでいた。
現在のグレイ公爵家がそうであるように、サミュエルも王になりたいなんて微塵も思っていないのだ。それは、ノアも同じである。今回の神の意は、天災に他ならない。
思わずため息がこぼれ落ちた。まさか、結婚式でこんな出来事が起きるなんて夢にも思わなかった。というより、起きてほしくなかった。
だからといって、現実逃避するわけにはいかない。ノアは嘆く心はそのままに、現実を見据えて気合いを入れ直した。
「……神官様方はそれを知っても、僕たちに王として立てとは要求しないのですね?」
「はい、もちろんです。そもそも、神による祝意は、王に対してというより、国を導く者に対して送られるものだという意味が強いのです。そして、昔はともかく、現在の私どもの見解としましては、国を導くのは王にならずともできることだ、という意見で固まっております」
神官の明言に、ノアはホッと息をついた。話の流れで大丈夫だろうとは思っていたけれど、王位につくよう推されることはないのだと分かると、やはり安堵する。
「――お二方が望まれない行動を、私どもがとることはございませんので、どうぞご安心ください」
重ねて宣誓され、ノアはサミュエルと視線を交わして微笑む。どうなることかと思ったけれど、何も問題は起きなさそうだ。
「……控えの間に到着いたしました。式の開始まで、どうぞこちらでお待ち下さい。まだ疑問がございましたら、後日いつでもいらっしゃっていただいて構いませんので。お呼びでしたら、お屋敷まで参上いたしますが」
冗談めかした雰囲気で笑う神官に、ノアは苦笑する。一貴族が神官を家に呼びつけたら、騒動が起きそうだから、するわけがない。それは神官の方だって理解していることだ。
控えの間に入ると、別の緊張感が込み上げてきた。すぐ式が始まるので、座っている時間さえないだろう。
ノアの思いとしては、『少し休ませてほしい……』しかないけれど、ロウから言われていた通り、本日のノアに休みという概念はほとんど存在しないのだ。
そのことを実感して、ノアは小さくため息をついた。もっと、穏やかに成婚した喜びに浸りたいものである。
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