内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

文字の大きさ
249 / 277

249.祝福が示すもの

しおりを挟む
 暫く沈黙が続いた後に、サミュエルが言葉を続ける。

「――それで、神から示される特別な祝意が、先ほどのステンドグラスからの光ということかな?」

 ノアは一瞬呼吸を止めた。今まで他人事、あるいは過去の出来事でしかなかった話が、急にノアたちの身に迫ってきたのを感じ取ったのだ。
 神官が、ノアたちをチラリと振り返り、静々と頷いた。

「その通りです」
「とすると、先ほどの神官長様のお振る舞いは、私たちへの忠誠を示すがゆえ、ということでいいね」
「はい。神の意に沿うのが、神官としてのあり方でございますれば。先ほどは神官長も興奮のあまり、軽率な行動を起こそうとしましたが、じきに落ち着かれましたら、事実の公表をさけるようにすると思います。……ご面倒をおかけして申し訳ありません」

 苦笑しながら謝る神官に、サミュエルが肩をすくめる。ノアは混乱する頭で話についていくのが精一杯だった。

 だって、神官長も含めた神官一同から忠誠を受け取るなんてこと、考えたこともなかったのだ。それは今この瞬間、ノアたちが王家と権力を二分したと言っても過言ではないことである。まったく望んでいない状況だ。

「神官の権力ね……」

 何かを考えるようにサミュエルが呟く。神官はその顔を窺い、肩をすくめた。

「お噂通りでしたら、お二方にはあまり必要のないものでしょうね」
「まぁ、あって損はないけど。知られたら大事になるという点を考えると、面倒な事態ではあるね」
「ご安心ください。私共から情報が漏れることはございません。神に誓って」
「信用しよう」

 厳かな口調で宣誓した神官に、サミュエルが軽く頷く。
 そこまで話を聞いて、ノアはようやく落ち着きを取り戻してきた。腰に添えられているサミュエルの手に手を重ねて、そっと息を吐く。

「……神官様方のお力を借りる機会はそうそうないと思いますので、これまでとほとんど変わりないということでいいのですよね?」
「そうだよ」
「もし私どもの力が必要なときは、遠慮なくおっしゃっていただきたいですが」

 微笑むサミュエルと神官に、ノアは僅かに頬の緊張を緩める。

「ありがとうございます」
「いえ。――他に、何かご質問はございますか?」

 尋ねられたノアたちは、顔を見合わせて首を傾げる。ノアは情報を理解するのに必死で、疑問を思い浮かべる余裕がなかったけれど、サミュエルはそうではなかったようで僅かに目を眇めた。

「根本的なことを聞くけど、君たち神官が言う『神の意』とはなんだい?」
「言葉通りですが?」

 何を当然のことを、と言いたげに瞬きをする神官に、サミュエルが苦笑した。

「そう言われても、私は敬虔な信徒というわけではないのでね。神官が国を乱す結果になってまで『神の意』を重視するのはなぜか、疑問に思って当然だろう?」
「……なるほど。なぜお二方に特別な祝意が示されたのかを、不思議に思っておられるのですね」
「そうだね」

 サミュエルの疑問は、言われてみれば確かにと納得するものだった。ノアは静かに神官の返答を待つ。
 神官は暫し考えた末に、周囲を窺ってからそっと口を開いた。

「……神の意とは、本来国を導く者に示されるものだと言われています」
「それは――」

 潜めた声を聞き、ノアは目を見開く。いつも泰然としているサミュエルさえ、少し険しい顔になっていた。

「つまり、王を示している、と?」
「……はい。王を王たらしめる証が、神による祝意であるとされておりますので」

 ノアはサミュエルと視線を交わす。サミュエルの顔には『勘弁してほしい』と言いたげな表情が浮かんでいた。
 現在のグレイ公爵家がそうであるように、サミュエルも王になりたいなんて微塵も思っていないのだ。それは、ノアも同じである。今回の神の意は、天災に他ならない。

 思わずため息がこぼれ落ちた。まさか、結婚式でこんな出来事が起きるなんて夢にも思わなかった。というより、起きてほしくなかった。
 だからといって、現実逃避するわけにはいかない。ノアは嘆く心はそのままに、現実を見据えて気合いを入れ直した。

「……神官様方はそれを知っても、僕たちに王として立てとは要求しないのですね?」
「はい、もちろんです。そもそも、神による祝意は、王に対してというより、国を導く者に対して送られるものだという意味が強いのです。そして、昔はともかく、現在の私どもの見解としましては、国を導くのは王にならずともできることだ、という意見で固まっております」

 神官の明言に、ノアはホッと息をついた。話の流れで大丈夫だろうとは思っていたけれど、王位につくよう推されることはないのだと分かると、やはり安堵する。

「――お二方が望まれない行動を、私どもがとることはございませんので、どうぞご安心ください」

 重ねて宣誓され、ノアはサミュエルと視線を交わして微笑む。どうなることかと思ったけれど、何も問題は起きなさそうだ。

「……控えの間に到着いたしました。式の開始まで、どうぞこちらでお待ち下さい。まだ疑問がございましたら、後日いつでもいらっしゃっていただいて構いませんので。お呼びでしたら、お屋敷まで参上いたしますが」

 冗談めかした雰囲気で笑う神官に、ノアは苦笑する。一貴族が神官を家に呼びつけたら、騒動が起きそうだから、するわけがない。それは神官の方だって理解していることだ。

 控えの間に入ると、別の緊張感が込み上げてきた。すぐ式が始まるので、座っている時間さえないだろう。

 ノアの思いとしては、『少し休ませてほしい……』しかないけれど、ロウから言われていた通り、本日のノアに休みという概念はほとんど存在しないのだ。
 そのことを実感して、ノアは小さくため息をついた。もっと、穏やかに成婚した喜びに浸りたいものである。


しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。

佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。

四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。 とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて── 「運命だ。結婚しよう」 「……敵だよ?」 「ああ。障壁は付き物だな」 勇者×ゴブリン 超短編BLです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...