内気な僕は悪役令息に恋をする

asagi

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263.少しだけお仕事

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 宿で少し寛いでからは、街の代官が挨拶をしに来て、現在の街の状況や今後の開発事業について話し合った。この街は、王都との直路ができた場合に、より人や物の行き来が多くなると想定される場所に立地しているので、こうして早めに話すことができたのは幸いだ。

「――では、今後、王都との交易が盛んになった場合は、この街を流通の要衝となさるお考えなのですね」
「うん。できれば、街の郊外に大型の倉庫を設けて、この街を中心に領内各地へと物資の輸送を行いたいと思っているんだけど」
「なるほど……。街の周囲には、開発可能な土地はございます。ですが、開発を街だけで行うことは難しいと思うのですが……」

 窺うように尋ねてくる代官に、ノアはゆったりとした仕草で頷く。

「もちろん、予算と人員の手配等は領主館でも行うつもりだよ」
「それは助かります! いやぁ、景気のいい話が続きますなぁ」

 ホクホクとした顔で言う代官に苦笑し、サミュエルに視線を移す。書類を眺めて無言を貫いていたサミュエルは、視線に気づくとにこりと笑った。

 その顔に『そろそろ仕事の話、終わりにしないかい?』と書いてある気がして、ノアは思わず笑ってしまう。
 代官が挨拶に来たと言われた時、サミュエルは真っ先に嫌そうな顔をしていたのだ。せっかくの二人の時間を邪魔されたと思っているらしい。もともと、代官と話すことも予定の範囲だったのだけれど。

「……新設される街道によって、少なからず負の影響を受ける街もあると思う。そちらへの援助にも協力を依頼することになるだろうから、よろしくね」
「承知いたしました」

 少しばかり釘をさすと、代官がスッと顔を引き締める。
 代官の任命権・罷免件を握っているのは、現侯爵であるノアの父だけれど、ノアに対して非協力的、あるいは代官としての務めを果たしていないような姿を見せると、大きな失点になることを熟知しているのだろう。

 こうして、代官が権力の乱用や怠慢な態度を取っていないかを見極めるのも、今回ここで宿をとることにした目的の一つだった。今後、この街はランドロフ侯爵領の中でも重要な場所になるのだから。

「今日は話ができてよかった。開発計画に関する詳細は、後ほど領主館から届けさせるよ」
「はい、お待ちしております。私の方で、開発候補地の選定を行っておきます」

 話を切り上げる言葉をかけると、代官はすぐに察して辞去の挨拶をした。その後ろ姿が扉に隠された途端に、サミュエルがノアの肩を抱き、頬に口づけてくる。
 書類の片づけを始めたロウが、少し呆れた顔でサミュエルを見た。ザクは何も見ないふりをして、お茶を淹れ直すために部屋の外に向かう。

「お疲れさま」
「ありがとうございます。でも、付き合ってくださらなくても良かったんですよ?」
「パートナーを男と二人きりにさせるわけがないよね」
「……ロウがいますが」

 にこやかな表情で放たれた言葉は、本心からのものか少々疑わしい。嫉妬している風なのは、サミュエルの独占欲を考えると不思議ではないのだけれど、なんとなく違和感があった。
 首を傾げるノアに、サミュエルが片眉を上げる。

「ロウがいても、ね。それに、私も今後の街道整備の件で、ここの代官と顔を合わせておきたかったから。領内での披露目でも会うんだろうけど、あまり時間をとれないからね」
「あぁ、そうですね。……お眼鏡にかないましたか?」

 あまり興味がない様子に見えたけれど、サミュエルは密かに代官の人となりを観察していたようだ。その結果に興味が湧いて、ノアはサミュエルを見つめて答えを待った。
 サミュエルはノアの頬を撫でて、髪をいじって遊びながら、小さく首を傾げる。

「う~ん……可もなく、不可もなく。指示通りのことはできるだろうし、おおそれた悪事はしないだろう。でも、発展性のある思考は得意ではなさそうだね。社交性は少し欠点がある」
「……確かに」

 ノアは自分が抱いていた評価とさほど外れていないことに感心した。ノアの場合、代官については過去の業績や周囲の者たちからの評価を集計して判断していたのだけれど、サミュエルは対面しただけで大まかな人物像を掴んでしまったらしい。
 しかも、サミュエル自身は代官と挨拶くらいしか交わしていないのだから、さらに驚く。

「――う~ん、代官を交代するほど、欠点があるわけではないんですよねぇ。彼は代々この街の代官を務めている家系で、それなりに信頼されているので」

 悩むノアに、サミュエルがパチリと指を鳴らして注意を引き付ける。

「それなら、話は簡単だよ。彼の欠点を補う人の手配を行えばいい。ここを流通の要衝にするなら、流通を監督する部署を作るとか。対外折衝はそちらに任せるのはどうだい?」
「あ、それはいいですね。では、父に提案しておきます」

 笑顔でなされた提案は一瞬でノアの悩みを解決するものだった。思わず晴れやかな表情になるノアを見つめ、サミュエルが笑みを深める。

「……これで、難しい話は終わったね? そろそろ二人の時間を楽しもう」
「え、あ……いや、まだ、日が沈んでもない、ので……」

 急に閨の中のような雰囲気を醸し出すサミュエルに、ノアは頬を染めながら身じろぐ。あいにくと、抱きしめられて逃げることは叶わないのだけれど。
 どうするべきか、と頭を抱えそうになったところで、扉を叩く音がする。

「……なんだい?」

 サミュエルが少し不機嫌そうな顔で応える。カチャリという音と共に扉を開けたのはザクだった。

「あぁ、お茶はもういらな――」
「お客様がいらっしゃっております」

 サミュエルの言葉を遮り、ザクが言う。珍しく慌てた表情だ。
 ノアはサミュエルと顔を見合わせて首を傾げる。

「もう、面会予定は入っていなかったよね?」
「そのはずですが」

 不思議がるノアたちに、ザクが言葉を続けた。

「サージュ様が、いらっしゃっているのです」
「……なんだって?」

 目を丸くするサミュエルを見上げて、ノアは『珍しい』と心の中で呟いた。サミュエルがここまで驚いている姿を見せるのは、初めてな気がする。
 サージュとは一体誰なのだろうかと、興味が湧いた。

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