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Ⅰ‐ⅰ.僕とあなたのはじまり
10.心は前向きに
しおりを挟むまさか、このままずっと、ボワージア領に帰れない……?
「——あ、あの、ジル様! 僕、ジル様にお会いできたこととか、番にしていただけることとか、家族に報告したいですし」
「もちろん、それについて報告するための使いも送る。リストと一緒でいいかと思ったが、取り急ぎ明日にでも送っておくか」
ジル様はなにやら考え込んでいるようだけど、僕が言いたいのはそういうことじゃない。
「家族と、きちんとお別れをしてから、嫁ぎたいんです……!」
これだけは自分の意志を主張しなくては、と意気込んで告げた。
途端に丸くなったジル様の目を見て、不敬だっただろうかと不安になってしまったけど。
「嫁ぐ……良い言い方だ」
「喜びにひたられる前に、殿下の愛しい番様のご不安を解消されるべきでは?」
ジル様になんだか嬉しそうに呟かれて、目を瞬かせながら戸惑う。
怒られる感じじゃないのは良かったけど、どういうこと……?
「そうだな。……確かに、家族や住み慣れた故郷とは、ゆっくりと別れを惜しむべきだ」
苦々しい声だった。苦悩し葛藤しているような。そんな声を出させてしまうのが、申し訳なくなってしまう。
「——だが、正直、今はフランを離せそうにない」
「え?」
突然強い眼差しで見つめられ、身体が勝手にビクッと震えた。遅れて、なにを言われたかを理解する。
……離せない、ってどうして?
「おそらく運命の番だからだろうな。自分の巣に持ち帰らなくては落ち着かない。遠くにやるなんてあり得ない」
ジル様の氷のようだった瞳が、急に熱を帯びたように感じられて、思わず両手を胸の前で握り合わせて身じろぎした。
いけないものを見ている気がする。そんな目で見られていると、落ち着かなくて逃げ出したくなる感じがした。
「そ、れは、アルファの、執着心……?」
教本で学んだ言葉が頭の中に浮かんだ。
アルファは番を囲いたがるものらしい。その傾向は運命の番相手だとより強まるそうだ。
それは番への執着心という本能故なのだと、教本に書かれていた。
「そうだな。……フラン、今は俺のこの思いに付き合ってくれないか。落ち着いたら、必ずフランの家族に会わせる。領地へも共に挨拶に行くから」
切々と願われて、心がすぐに揺らいだ。
ジル様がここまで言うのだから、きっと本能的に抑えが効かないものなんだろう。それを強硬に退けるなんてわがまま、していいわけがない。
なにより、ジル様が望むことなら、できるだけ叶えてあげたい。僕がジル様にしてあげられることなんて、数知れているのだから。
それに、領地に行くことも、家族に挨拶することも、いつかできると言ってくれているんだし。
「……わかりました。ジル様が、そうお望みなのでしたら」
不安はある。
見知らぬ場所に行くことも、ジル様との未来も、まだわからないことばかりだ。
でも、ジル様の心に添おうと決めたら、なんだか呼吸が楽にできるようになった。
心が上向くのを感じる。
経験したことがないと、恐れ怯んでいるだけなんてもったいない。
小兄様も言ってた。笑顔で、僕らしく楽しんでおいで、って。
きっと家族みんな、僕の決断を受け入れて応援してくれる。
だから、僕はジル様と今後どう生きていくか、一緒に過ごす中で見つけていこう。それが幸せになれる方法だと思うから。
「ありがとう」
心苦しそうな表情のジル様を見上げ、ふふっと微笑む。
僕の心を思い遣ってくれる優しい人だ。こんなに素敵な人が番だということが、嬉しくてたまらない。
そっと伸ばした手をジル様の頰に添えて、目を覗き込みながら小さく首を傾げる。
「もっと喜んでいただけると、嬉しいです。だって、僕は、家族とすぐに会えないのは寂しいですけど……ジル様と一緒に過ごしていたら、ジル様のことをもっとたくさん知ることができると思って、ワクワクしてもいるんですよ? ジル様は僕のことを早く知りたいと、思ってくださらないのですか?」
ジル様の目がゆっくりと見開かれていった後、一気に細められた。……笑顔だ。
初めて見たはっきりとした笑みに、思わず見惚れてしまう。
「……ああ、とても楽しみだよ。こんなに心が躍ったことがないくらいには」
幸せを煮詰めたような甘い声音が鼓膜を揺らし、頰が熱くなる。
顔を隠したいのに、もっとジル様の笑みを見ていたいとも思うから、僕は心底困ってしまった。
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―――
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