天翔ける獣の願いごと

asagi

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Ⅰ.異界での出会い

5.男を羨む

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 男は、運ぶ間も家に着いてからも目覚めなかった。
 寝かせる場所は天藍のベッドを借りることにして、悠里は男の顔をじっと見下ろす。

「かっこいい人だなぁ……」

 男を発見してからこれまで、落ち着かない状況だったから気づかなかったが、男は大層整った容姿だった。

 まず目立つのは、白銀の髪。土や血で汚れていても、その美しさが分かる。長さは背の半ば辺りまであろうか。
 天藍の髪も長かったから、この世界では、男性が髪を伸ばすのは普通のことなのかもしれない。
 ただ、悠里と同じく黒髪黒目だった天藍たちに慣れていたため、男の色味には異界感を強く感じた。

 顔立ちは男性的に整い、頬に髪がかかるさまは、色気を感じさせる。日本にいたら、華やかな芸能人というより、ハンサムなベンチャー企業の社長として脚光を浴びていそうだ。

 体格はしっかり鍛え上げられていて立派。同じ男として、羨ましく思うと同時に、少しばかり嫉妬してしまう。

「……僕、ここ数年、全然成長してないし」

 思わず不満が漏れた。
 悠里がこの世界に来たとき、ちょうど十六歳になったばかりだった。それから何年経ったのか把握していないが、成人を迎えたのは間違いない。それなのに、悠里の見た目は、十六歳当時から一切変わっていないように思える。
 まさか、十六歳で成長期が終わってしまったのか。

 天藍の部屋にある姿見に視線を向ける。
 黒髪黒目の、少年としか言いようのない容姿の男が、悠里を見つめ返していた。見れば見るほど、祖父である瑶によく似ている。

 中性的な面立ちは繊細に整い、長い睫毛が影を落とす瞳は、どこか憂いを秘めているように見えた。

 悠里はナルシストではないが、これまで生きてきた中で、容姿を称賛されることは多々あったため、美少年と言われるに足る容姿である自覚を持っている。客観的に見て、可愛いより綺麗と評される容姿だと思う。

 ただ、その容姿のせいで、度々警察に助けを求めるようなトラブルに見舞われていたこともあり、あまり自分の見た目を好んではいなかった。

「――この人みたいな男らしい容姿だったら、良かったのに……」

 そっくりである祖父の容姿に文句を言うようで気が引けるが、それが悠里の偽らざる本心だった。

「きゅ?」
「グル……?」

 男を運んできてからずっと悠里に寄り添っていた二体が、不思議そうに見上げてくる。彼らにとっては、人間の美醜なんてどうでもいいことであり、悠里の不満を理解できないのだろう。

「なんでもないよ」

 心配をかけないようにと、微笑み気分を入れ換えた悠里は、そっと立ち上がる。
 いつまでも男の顔を見ていたってしかたない。やるべきことをやらねば、と気づいたのだ。

「――よし、まずは、お湯で拭こうかな。汚れたままなのは、衛生的に良くないからね。あと、怪我の治り具合も確かめておかなきゃ」
「きゅう……」

 浴室へと歩きだす悠里を、不満そうに鳴き声をあげた闇兎が追う。「僕の治癒能力を疑うの?」という声が聞こえてくるようだった。

「闇兎のことは信頼してるよ? でも、ほら、人間って、魔獣より些細なことで、身体を悪くするから」
「きゅー」

 どうでも良さそうな返事があった。悠里も人間なのだから、少しくらい気にしてくれてもいいだろうに。
 悠里は苦笑しながら、手早くお湯と手拭いを用意して、再び男の元に戻った。


 ◇◇◇


 悠里が男を清拭し、天藍の服に着替えさせても、男は目覚めない。
 心配になって口元に手をかざすと、安定した呼気が触れた。

「……うん、大丈夫そう」

 清拭のついでに、怪我の具合やその他に不調がないか、悠里ができる範囲で調べてみたが、特に問題はなさそうだ。
 ただ、やつれた顔と肌艶のなさを見るに、栄養が足りていなさそうなので、対処する必要がある。

「栄養というか、単純に食べ物をあまり食べられていなかった感じかな。……ここ、人里から離れているし、荷物の類いもなかったから、完全に遭難状態だったのかも」

 悠里は居間にある棚を探り、薬草を確認する。
 幸い、天璃から、看病に必要と思われれる薬草の知識は伝授されていた。この世界では、東洋医学に近い診療が主流で、治療に使われるのは漢方薬のような、薬草などを煎じたものだ。

 栄養状態回復のために必要な薬草を調薬台に並べる。在庫が少ないようなので、早い内に採集に行かなくてはならない。

「きゅっ!?」

 薬草が入った瓶に、興味本意で鼻先を近づけた闇兎が、悲鳴のような声を上げて、跳び退った。
 悠里は、鼻を押さえてジタバタと悶絶している闇兎を、呆れを含んだ眼差しで見下ろす。

「闇兎、それ、何度目? いい加減、学ぼうよ……」

 力ない声音になるのも当然だった。闇兎は、悠里が調薬作業をする度に、同じ行為を繰り返しているのだから。
 おバカだが、それが可愛いとも内心で思っているので、悠里が闇兎の行動を止めることはない。

「グルル?」

 男の傍に残していた白珠が、「何事?」と言いたげに居間へ顔を覗かせる。

「なんでもないよ。そっちは変化ない?」
「グル」

 頷いた白珠が部屋に引っ込んだ。悠里は白珠に男の見守りを頼んでいるので、その役目に戻ったのだ。

 闇兎にその役目を頼まなかったのは、男に対してあまりいい感情を持っていないようだったからだ。
 魔獣としては闇兎の方が普通の対応であり、悠里の心の中で、白珠の態度への違和感が強まる。

「――まぁ、暫く一緒に暮らすことになるんだから、仲良くできる方がいいけど」

 白珠への違和感はそのままに、悠里は作業に戻った。

 早く、男が目覚めてくれるといいのだが。
 彼はどんな目をしているのだろう。声は、話し方は――?

 久しぶりの人との触れあいに、悠里の心は浮き足立っていた。

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