天翔ける獣の願いごと

asagi

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Ⅱ.近づく距離

10.引っかかる態度

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 本日の昼ごはんは、山菜粥ときのこの味噌汁、青菜の煮浸し、なにかの肉の甘辛炒めである。肉の種類が分からないのは、それを獲ってきたのが白珠だからだ。

 白珠の種族の特殊能力は風刃フウジンというもので、器用に風を操り、攻撃対象を切り刻むことができる。そして、その能力を応用して、白珠は狩ってきた獲物を肉の塊にして、悠里に分け与えてくれていた。

 解体された後の肉では、悠里は大まかに『牛肉っぽい』とか『鶏肉っぽい』とかの判断しかつかない。本日の肉は豚肉のような質感だったため、味噌と香辛料で作った焼き肉のタレ風のソースで炒めてみた。

「――今さらだが、ごく普通に肉が出てきているが、魔獣と仲が良い悠里は気にならないのか?」

 美味しそうに肉を食べていた狼泉が、急に真剣な表情になって呟く。それは当然の疑問だと悠里は頷いた。

 この世界で、肉といえば魔獣の肉だ。動物や家畜というくくりの生き物はいない。多くの人間は生死をかけて魔獣に対峙し、狩りをしているのだ。

 つまり、悠里たちが今口に運んでいた肉もまた、なんらかの魔獣の肉である。魔獣に好かれ、仲良くしている悠里が、複雑な思いにかられたことは一度や二度ではない。だが――。

「そういうことは、考えないようにしてるんだ。仕方ないことだし。僕は生きるために肉が必要で、白珠は好意でそれを分け与えてくれている。……そのことを悲しんだり拒んだりしたら、白珠に対しても、糧になってくれた魔獣に対しても申し訳ないから」
「そうか……。俺も、悠里を責めたわけじゃないんだ。単純に、疑問に思っただけでな。悠里が納得しているなら良かった」

 気まずそうに眉を下げる狼泉に、悠里は苦笑して肩をすくめる。

「分かってる。僕も、なんとも言えない気持ちになることはあるしね。……ただ、白珠は僕に近いところにいる魔獣は狩らないようなんだ。僕と接点のない魔獣を選んで、肉として与えてくれる。解体までした上でね」
「……それは、なんというか……過保護だな?」

 悠里の言葉に、狼泉も苦笑した。そう言われても当然だという自覚はあるので、悠里は微笑んで聞き流した。

 白珠が解体をした上で肉を提供してくれるようになったのは、この世界に渡ってきた当初に、悠里が血の滴る魔獣を見て、卒倒したことがあったからだ。狩猟と程遠い生活をしていた現代日本人にとって、魔獣がさばかれる光景は衝撃的だった。

 その後は、天藍たちが悠里には見せないように肉をさばいてくれていたが、調理されたものを見ても、血が流れる光景を思い出してしまい、暫く喉を通らなかったのをよく覚えている。

 天藍たち亡き後は、彼らの後を引き継ぐように自然と、白珠が肉の解体をしてくれるようになった。そして悠里は、甘えだと自覚しながらも、白珠の好意をありがたく受け取っている。
 魔獣を肉として食べることを受け入れても、悠里自身が手にかけるということへの忌避感はどうしても消えないのだ。

「――それにしても、この家は随分と立派だな」

 狼泉がやや強引に話を変えた。周囲を見渡して、首を傾げている。

「そう? 藍じい様たちが造ったものだと聞いたけど」

 この世界の一般的な生活を知らない悠里は、家について比べる対象を持たない。だが、狼泉がそう言うくらいには優れた家なのだと理解して、これを継がせてくれた天藍たちに改めて感謝の念を抱いた。

「……庶民が、造れるような家には見えないが。いや、そもそも死叡山の奥深くに家を造ることが異常だ」
「どうして?」
「魔獣に好かれる悠里にとっては安全でも、この山は大陸上で最も危険な場所とされている。強い魔獣がひしめきあっているような山だからな」
「へぇ……」

 狼泉は恐ろしげに語るが、悠里にはあまりピンとこない。なかなかワイルドな見た目の魔獣はいるが、皆悠里に優しいからだ。
 そんな能天気にも見える悠里の態度に、狼泉は苦笑をこぼした。

「藍じい様という方も、魔獣に好かれる性質だったのだろうか?」
「どうだろう? 僕のように、魔獣と一緒に遊ぶ関係ではなかったと思うけど。……あぁ、畏れ多いって感じで、魔獣から距離を取られていたかも」

 悠里はかつての光景を思い出す。
 現在天藍たちの墓があるところが魔獣たちにとって不可侵の場所であるように、天藍たちは生きていた時から魔獣たちに敬われていた。

 それがなぜなのかは分からない。それが普通ではないのだと実感したのは、魔獣と狼泉の微妙な距離感を見てからだったから。亡くなった天藍たちに、今さら尋ねることは不可能だ。

「……山で遭難していた悠里を保護したのは、天藍と天璃という名だったな?」
「うん、そう。――もしかして、知っているの?」

 悠里の身の上は、異界から渡ってきたという点を除いて、ほとんど狼泉に話している。この二週間、話をする時間がたっぷりあったからだ。
 それに、今は亡き二人の話を誰かにできるというのは、悠里にとっても嬉しいことだった。大好きな人たちを覚えている人は、多ければ多いほどいい。

「いや、その名自体は知らないが――」

 悠里の期待に満ちた眼差しに、狼泉が申し訳なさそうに目を伏せる。

「……知っている名と、似ていると思っただけだ。だが、ここにいるわけがないのだから、きっと気のせいだ」
「似ているなら、親戚という可能性もあるんじゃない? それだったら、二人が亡くなったことを知らせたいんだけど」

 曖昧に話をぼかす狼泉に、悠里はその相手を教えてほしいと、暗に尋ねた。天藍たちの親戚がいるなら、山をおりて探しに行くのもやぶさかではない。

「親戚がいると聞いたことがあるのか?」
「……ない」
「じゃあ、俺が考えすぎていただけだ。関係のない可能性が高い」

 狼泉がそう言い切り、話を終わらせる。
 悠里は頬を膨らませて、狼泉をじっと見ながら、どうにか話を聞き出せないかと思案したが、良い手立ては見つからなかった。狼泉の態度があまりに頑なだったのだ。

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