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Ⅲ.募る想い
30.包み込まれる
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帰るすべがないという事実を受け入れなければならないことは、もう覚悟していた。
「……だよね。昔、藍じい様にも、璃ばあ様にも言われたよ。異界渡りは、誰かが狙ってできるものじゃないって。できるとしたら、神様みたいな存在だけだろうって。――だから、古龍に期待したんだけど、無理だって言われたら、受け入れるしかないよねぇ……」
闇兎の丸い目が悠里を見上げる。そして、悠里の頬を拭うように、頭を擦りつけてきた。
涙なんて流れていない。でも、乾いた頬に触れる柔らかな感触が、悠里の心を癒やしてくれる。込み上げてくるものをこらえるように、きつく目を瞑った。
「悠里……」
衣擦れの音。近づいてくる気配を感じ、悠里はその時を待つ。
そして、期待に違わず悠里の肩を抱き包み込んでくれる温もりに、ぎゅっと縋りついた。
「つらかったな。諦めるべきなのだと分かっても、諦められるわけがない。それでも、ずっと前を向いて頑張ってきたんだな。――本当に凄いと思う。だから、無理に諦める必要なんてない。帰りたいと望んでもいいんだ。そのすべを探そうと行動するのは何も悪くない」
狼泉の声が静かに心に響き浸透していく。その言葉だけで、許された気がした。
諦め悪くあがき、この世界に居場所を見出しながら、故郷への恋しさを捨てられない、どっちつかずな自分を一番嫌っていたのは悠里自身だ。
この世界で、闇兎や白珠たちと過ごすのは楽しい。同時に、日本で暮らしていたら、どんな生活をしていたのだろうかと夢見てしまう。その矛盾は、静かに悠里の心を蝕んでいた。
「僕、帰りたいのかな……」
ポツリと言葉がこぼれた。自分の本心が分からない。
もし、今日本に帰ることができるとして、悠里はそれを本当に望むだろうか。何年もの間、行方不明になっていた人間が、突然戻ったところで日本の社会に適応するのには困難があると、容易に想像できる。
今の落ち着いた生活を捨ててまで、その決断をするほど日本に愛着があるのか。ただ単に、『自分の意志では戻れない』という状況によって、相反的に望みが強まっているだけではないのか。
「……俺には、分からないが」
「うん、僕でも分からないんだから、狼泉が分かるはずないよ――」
「だが、曖昧でもいいと思う」
悠里の自嘲気味の否定は、狼泉の食い気味な言葉を受けて消えていった。悠里はパチリと瞬き、そっと狼泉の顔を見上げる。
悲しげで、それでいて慈しむような眼差しが、悠里を見つめていた。
「――帰るすべを探せばいい。そして、それが見つかった時に、決めればいいじゃないか。この世界で生きるのか、元の世界に戻るのか、を」
「それ、だめじゃない……? 地に足がついてない生き方みたいで」
「その生き方を駄目だと決めつける必要はないだろう。誰に迷惑をかけるわけでもないんだ。ふわふわ浮いていようと、前を向いて胸を張って生きているなら、それでいいじゃないか」
力強い微笑みに、囚われる。
狼泉にそう言われたら、それでいいのだと納得してしまう。自分の生き方の曖昧さを肯定されて、悠里は心から安堵した。
「そっか……そうなんだ……。帰り方、探してもいいんだ……。見つけてから、悩んでもいいんだ……」
「ああ。――そもそも、何も起きていない段階で悩むのは、わりと無駄な労力だと思うぞ」
「……ふっ、あははっ。無駄な労力! すごくバッサリと言われちゃった!」
笑いが溢れる。心の曇りを晴らしていくように、身体の奥の方から活力が湧いてくる気がした。狼泉の胸元に頬を寄せ、力いっぱい抱きしめる。
身体を震わせて笑う悠里を、狼泉がゆったりと揺らした。赤ん坊をあやすような仕草が、さらに笑いを誘って、悠里はふふっと声をこぼしながら、目尻を指先で拭う。
(あぁ……なんか、もう……幸せだなぁ……。やっぱり、好きだ……)
改めて、狼泉への想いが募った。同時に、ずっと悩んでいた思いに、答えが見つかった気がする。
(――狼泉と、ずっと一緒にいられるなら……もし日本に帰ることができるとしても、この世界で暮らしていくことを望む気がする……)
悠里の心に秘めた願いごとが、少しずつ形を変えていくのを感じた。
「……だよね。昔、藍じい様にも、璃ばあ様にも言われたよ。異界渡りは、誰かが狙ってできるものじゃないって。できるとしたら、神様みたいな存在だけだろうって。――だから、古龍に期待したんだけど、無理だって言われたら、受け入れるしかないよねぇ……」
闇兎の丸い目が悠里を見上げる。そして、悠里の頬を拭うように、頭を擦りつけてきた。
涙なんて流れていない。でも、乾いた頬に触れる柔らかな感触が、悠里の心を癒やしてくれる。込み上げてくるものをこらえるように、きつく目を瞑った。
「悠里……」
衣擦れの音。近づいてくる気配を感じ、悠里はその時を待つ。
そして、期待に違わず悠里の肩を抱き包み込んでくれる温もりに、ぎゅっと縋りついた。
「つらかったな。諦めるべきなのだと分かっても、諦められるわけがない。それでも、ずっと前を向いて頑張ってきたんだな。――本当に凄いと思う。だから、無理に諦める必要なんてない。帰りたいと望んでもいいんだ。そのすべを探そうと行動するのは何も悪くない」
狼泉の声が静かに心に響き浸透していく。その言葉だけで、許された気がした。
諦め悪くあがき、この世界に居場所を見出しながら、故郷への恋しさを捨てられない、どっちつかずな自分を一番嫌っていたのは悠里自身だ。
この世界で、闇兎や白珠たちと過ごすのは楽しい。同時に、日本で暮らしていたら、どんな生活をしていたのだろうかと夢見てしまう。その矛盾は、静かに悠里の心を蝕んでいた。
「僕、帰りたいのかな……」
ポツリと言葉がこぼれた。自分の本心が分からない。
もし、今日本に帰ることができるとして、悠里はそれを本当に望むだろうか。何年もの間、行方不明になっていた人間が、突然戻ったところで日本の社会に適応するのには困難があると、容易に想像できる。
今の落ち着いた生活を捨ててまで、その決断をするほど日本に愛着があるのか。ただ単に、『自分の意志では戻れない』という状況によって、相反的に望みが強まっているだけではないのか。
「……俺には、分からないが」
「うん、僕でも分からないんだから、狼泉が分かるはずないよ――」
「だが、曖昧でもいいと思う」
悠里の自嘲気味の否定は、狼泉の食い気味な言葉を受けて消えていった。悠里はパチリと瞬き、そっと狼泉の顔を見上げる。
悲しげで、それでいて慈しむような眼差しが、悠里を見つめていた。
「――帰るすべを探せばいい。そして、それが見つかった時に、決めればいいじゃないか。この世界で生きるのか、元の世界に戻るのか、を」
「それ、だめじゃない……? 地に足がついてない生き方みたいで」
「その生き方を駄目だと決めつける必要はないだろう。誰に迷惑をかけるわけでもないんだ。ふわふわ浮いていようと、前を向いて胸を張って生きているなら、それでいいじゃないか」
力強い微笑みに、囚われる。
狼泉にそう言われたら、それでいいのだと納得してしまう。自分の生き方の曖昧さを肯定されて、悠里は心から安堵した。
「そっか……そうなんだ……。帰り方、探してもいいんだ……。見つけてから、悩んでもいいんだ……」
「ああ。――そもそも、何も起きていない段階で悩むのは、わりと無駄な労力だと思うぞ」
「……ふっ、あははっ。無駄な労力! すごくバッサリと言われちゃった!」
笑いが溢れる。心の曇りを晴らしていくように、身体の奥の方から活力が湧いてくる気がした。狼泉の胸元に頬を寄せ、力いっぱい抱きしめる。
身体を震わせて笑う悠里を、狼泉がゆったりと揺らした。赤ん坊をあやすような仕草が、さらに笑いを誘って、悠里はふふっと声をこぼしながら、目尻を指先で拭う。
(あぁ……なんか、もう……幸せだなぁ……。やっぱり、好きだ……)
改めて、狼泉への想いが募った。同時に、ずっと悩んでいた思いに、答えが見つかった気がする。
(――狼泉と、ずっと一緒にいられるなら……もし日本に帰ることができるとしても、この世界で暮らしていくことを望む気がする……)
悠里の心に秘めた願いごとが、少しずつ形を変えていくのを感じた。
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