終焉のラグナロク~地の騎士と天の騎士~

流転

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一章

約定の破錠

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「ベルク様・ナアラ様・カルナ様! どうぞ、王・ログレス様、及び騎士団長・フィーレ様がお待ちです」

 門兵が、規律に習い直立体制のまま畏まり、且つ力強い声を発すると同時に幅広く高い門が開く。

「どうぞ中にお入りください」

「あいよ」

「ほいほーい」

「毎日ご苦労様だね」

 地の女神・エウレカの石像を背景にした上座には、黄金に染まった玉座が堂々と威風を撒き散らしている。その玉座に腰を落ち着かせる者こそが、地の民の安寧秩序を守り抜いてきたキャリオット家の当主であり・国の王・ログレス。

「やっと来たか」

 平坦な口調ではあった。言い方を変えれば無駄な感情が一切篭っていない灰汁の無い声。しかしながら、たった一言で身も凍る迫力がある。威厳に満ち隙すら見せない気迫は、尊老と片付けるのが難しい。これが、長きに渡り民を導いてきた天性足るもなのだろう。

 真白く染まった髪の毛に太い眉、その下には未だに覇気を絶やさぬ鋭く黒い眼光がある。

 身なりは、アクティオのモデルにもなっている装飾が施された深紅のマントに白い上着に脚衣。

 三人は下座の定位置に着くなり膝を付き頭を下げた。

 此処での役割は大体決まっている。上下関係を気にしないベルクや、飽き性のナアラには謁見は向いていない。
 つまり、世渡り上手なカルナがこの場を取り纏めるのだ。

 カルナは、慣れた様子で神妙な趣きで口を動かす。

「はっ。お待たせしてしまった事、深くお詫び申し上げます……」

 カルナの言葉を聞いて心で笑うベルクの肩は小刻みに微動する。愉快で仕方が無かったのだ。にっくきカルナが、この場に限っては毒を許されない。怒られれば謝る、その瞬間が心地よかった。無論、声には出せないからこそ余計に病み付きとなる。

「まあ、気にするでない。顔を上げよ、それよりも……だ」

 白く伸びた髭を撫で付けるログレス王の口角が、吊り上がった気がした。普段は、無機質で表情一つ変えない為に不気味さが拭えない。

 王足る者、民草に表情を変えていては歪が生まれかねない。故に、王とは冷《れい》に生きなければならない。嘗て、ベルクが物申した時にログレス王が言った言葉である。

 矛盾する表情に、固唾を飲み込んだ。

「連れてまいれ、あの者を」

 冷たい風が沈黙を許さない中で、地下へと繋がる左の扉が再び開いた。しかし、王を目の前に余所見をするのは無礼と言うもの。
 耳を澄まし、状況判断を試みる事にした。地下には牢獄があり、引き摺る鎖の音からしても罪人である事は間違いがない。
 しかし、今日は不戦の約定の受理という大切な日和。だからこそ分からなかった、のだが罪人と思しき者が視界に写った時ベルクの時は止まった。
 もしかしたら、残り二人も同じ気持ちだったがも知れないが気を使える余裕もない。
 何故なら、騎士団長であるフィーレが連れている者こそが天の使い、天使なのだから。

 騎士団長・フィーレ。

 巨大な敵にも恐れを抱かず先陣をきる猛勇。荒々しい言葉使いにも関わらず、皆を惹き付けるカリスマ性を持った男性。
 短い髪は黒く染まり、瞳は鷹の如く鋭い。体つきも三人が束になっても敵わない強固なもの。
 ログレス王が唯一対等に扱い、ベルクが一目置く存在でもある。
 真っ赤なプレイトアーマーを纏い、強靭な鱗を纏う大蛇すら両断した魔剣・へカートを扱う騎士団長・フィーレは、仁王立ちの末、大きく口を開く。

「こいつは……いや、天は大罪を犯した」

 図太く逞しい声が謁見の間に響き渡った途端、失礼と分かりながらも三人は互いの顔色を伺う。だが、誰も彼も答えに導く表情はして居らず、魔の抜けた情けないものばかりだった。
 切れ者のカルナですら、お手上げ状態じゃ話にもならない。

 ならば、とベルクは堪らず声を発する。

「騎士団長。言っている意味が分からないんだけど」

 ベルクの問に目もくれず、フィーレ団長は後ろに座るログレス王と目を合わせ頷いた。

「ふむ。最初から話す予定ではあった。神器を扱う三人にはな?さあ、天に使える者よ。この書状の内容を読むがいい」

 少年にも見える天使は、銀髪に紫根《しこん》の瞳と人間離れした真っ白い肌をしていた。見た目の年齢はナアラと変わらないだろう。

 真っ白い柔らかそうなローブに身を包んだ細身の少年は、身震いをし声を上擦らせながら長方形の書状を読み始めた。

「我等、天界に住まう者は地の民に誅伐を降す事を決意した。よって、永きにわたる不戦の約定は今日を持って破錠とする。もし、争わずに王の首と共に降伏をするのならば、暫しの安寧を約束する」

 耳をも疑う内容だった。そして、恐ろしい発言でもあった。ここまで堂々と殺害を促す書状を持たされた少年は、絶望に浸り苦しそうだ。

 だからと言って、ベルクが口を出せる事でもない。悔しくはあったが、口を固く結ぶ。

 血色のいい肌の為か目元は真っ赤に腫れている。きっと、泣き続けたんであろう瞳には一層力が入り、肩を竦ませながら少年は叫んだ。

「ち、違う!! 僕はこんなのを預かってなんかいない!! 第一に、我等が王・オリーゴ様はそんな事望んでなんかいない!! なあ!信じてくれよ!!」

 鉄の輪で拘束されている腕を一杯に使い主張する少年は、翼の羽を針金で縫われており痛々しい。

(飛べないように、両翼を重ねて縫うとか惨い事を……)

「頼むよ! 君達からも、なんか言ってやってくれ! お礼は必ずするから!」

 膝を付き、ジリジリと近づいてきては声を震わしながら言い続ける。
 思わず、手を取ってしまいたくなるほど情に訴えてくる嘆きの声に・瞳に、ベルクは視線を落とす。
 落とすしかなかった。

「……ぐがッ……」

 首に装着された鉄の輪に繋がった鎖が高い音を鳴らした事で、三人に触れる手前で天使の行動範囲は限界を迎えた。
 鉄が床に落ちた音がなり、同時に諦めた様な、精魂を感じない声が鼓膜を叩く。

「頼むよ……僕た」

「ベルク! 我が団、アクティオの第三条はなんだ?」

 小さい声をかき消したフィーレ団長の声にベルクは答えたく無くも、答えるしかない歯痒さと共に口を開いた。
 これを言えば、目の前に居る天使の末路は決まってしまう。
 自分の一言で、いや多分言わなくても、答えられなくても、少年の未来は変わらないだろう。

 だが、少なからず言葉にすると言うのは良心が傷んで仕方が無かった。
 罪悪感が体を支配した瞬間、ベルクは思いを握りつぶすように床についた拳を強く握り小さく答える。

「疑わしきは罰せよ……。罪には罰を」

「聞こえんな」

「くっ……」

眉間に皺を寄せ、歯茎を剥き出し口を固く結ぶ。命令だからといって、流石のベルクも言いたくないものぐらいあるのだ。しかし、フィーレは尚も余裕な様子で上からベルクを見下ろす。

「ふむ。お前の、その牙は誰に向いている? 立場を間違えるなよ? お前の世話になった修道院を誰が立て直したと? さて、もう一度訪ねよう。聞こえなかった内容を」

「疑わしきは罰せよ!! 罪には罰を! 仇なす者には報いを!」

 床に向けて吠えるベルクを上から見ていたフィーレは、ニヤリと頬を緩ませ、あくどい表情を作る。だが、フィーレに逆らえる者などはこの場所には居ない。無情ではあるが、ベルクは従う他無かった。
 出なければ、

「良かろう。ならば、彼にあてられる罪は?」

「国家転覆罪……よって、極刑は免れないかと」

「だが、待ってください。僭越ながら言わせて頂きたいのですが……」

 紳士的な声は、下手に出ながらも強い意思を宿していた。自信に満ちた声は、ベルクと違い突破口があるものなのだと言う安心感をくれる。

 フィーレは、一度頷き、

「構わぬ。言ってみろ、カルナ」

「はっ。では、お許しに甘えて、一つばかし。我々は、互いで交流を持たず互いに進化をする事を誓い合いました。
 もし、目の前に居る天使を手に掛ければ……。始まりますよ?天と地の大戦が……それは──」


「だからどうしたというのだ??」

 その声に、誰もが息つまる。開き直った様な声は、ベルクでもナアラでもカルナでもない。はたまたフィーレでも無かった。つまりは地の民を導いてきた王、ログレスのもの。

 当たり前に生まれた沈黙に、ログレス王は立ち上がり再び問うた。

「だからどうしたというのだ? 我々が天に劣ると?」

「いや、それは余りにも……ッ!! 危険な思《し》──」

 流石のカルナも、驚きを隠せないのか声は大きくなる。何も言えないベルクは、情けない自分を責めつつもカルナに託した。こんな状況は予想打にしていない。いつものように、不戦の約定を譲渡され、その後は再び書庫にこもる。
 予定は全て狂って、狂った発言をするログレス王を直視できないままでいた。

「我々は、天に監視され続けてきた。故に、変えるべきなのだ。今ある世界をな? 故に!! 彼にはその礎となってもらう事を決めたのだよ」

 ログレス王は、下座に下りてきて天使の頭を撫でる。
 瞳には殺意を宿し、下卑た者を見るかのように見下していた。
 もはや、ログレス王にとって彼は生物では無く起爆剤でしかない。
 ベルクが、平和では無くこの先にある惨状を想像した時、体からは血の気が引く。

「ま、待ってくれ!! なら、一度我が王と!!」

「痴れ者め!! この世界に、王の座は二つと要らぬのだよ。場を弁えたまろ、罪人」

 感情を露わにしたログレス王は、顔を仰ぎ堂々と宣言をした。今迄、思考が読めなかったログレス王の思考が今は手に取る様に分かる。

 それは間違いなく私利私欲だろう。

「新しい世界の開幕だ」


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