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第3話 飛ばされた私

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「来た」

 そう私が呟くのは、残念ながら想い人ではなく【啓示】だ。
 これで二度目になる導き手から来たそれは、私にとって唯一の手段。

 このあと定期的に続くのかどうか、確証されているわけでもないために、これからこのドキドキを毎回続けなきゃいけないのかと思うと、未来の私に同情してしまう。いや、未来の私って結局のところ今の私なんだけど、ちょっと他人事にしたくなっちゃったんで、つい……。

 これ来ないと私、終わるから。


【導き手の啓示】

 迷エる放浪者、神武七夜に導き手からの啓示が下サれた。
 選ばれシ行動は、次の行動と成ル。

2 暗闇のなか、持っていた松明を使い、さらに地面を念入りに探ることで、【あるもの】を発見した。


「おおっとぉ? 二番来ちゃったあ?」

 意外と定番ていうか、無難なところを突いてくれた導き手さんに感謝したい。一番の【あるもの】は生き物なのか、障害物なのか不確定要素あって怖いし、三番の【あるもの】は間違いなく生き物に違いない。だって、出会ったって書いてあるもの。

 こんな暗闇のなか、出来れば生き物に会いたくはないってば。

 そうなると、さっき拾った松明繋がりで、二番の【あるもの】はそれに関連するモノだと私は予想していた。出来れば明かりをつけるためのライターかマッチ希望。
 ここは導き手さんと同意見だったことが嬉しい。

 意地悪な導き手さんだと、絶対三番選んでニヤニヤしてたって!
 言っときますけど、私はか弱い女の子なんですから、怖いのNGでお願いします。

 ではさっそく。

 まずは深呼吸をひとつ済ませ、導き手さんの指示通りの行動をなぞることにする。
 手にした松明を腕の延長にして、再び地面を探索。

 すでに役目を終えた石板は光を失い、この場から消え去っているので、辺りは再び闇に覆われている。

 そんな暗闇を私は直感を頼りに歩くしかない。

 ここの地面は少し湿った土を固めたもので出来ている。
 そのせいか、歩くたびに足の裏がひんやりとして少し気持ちがいい。
 今度は棒があるので這いつくばる必要はなく、ひたひたと吸いつくような地面を歩きながら、布が巻いてある方の先をフラフラと左右に動かし、出口から部屋の中央付近まで進む。

「あれ? 何もないけど……」

 ここが中央だと見当をつけた場所にたどり着いたが、何も見つけられなかった。簡単に見つかった松明とは違い、今度は進んだ先に用意されているわけではないみたい。

 中央からさらに奥、出口から遠ざかる方向へと進む。
 途中、地面にこすれた松明の先がガリガリと音を立て、土を削る音が聞こえる以外、何の接触もない。

 そのあとも方向を変え、他の壁に向かって同じ作業を繰り返す。
 その間、辺りに響くのは、ちょっとクセになってしまった、地面を削る音。

 ガリガリガリガリ、
 ガリガリガ――、

「えっ?」

 思わず声をあげてしまった。 
 小気味よく音を立てていた切削音が急に途絶え、私が最後に松明で削った場所を起点に、周辺に向かって紫色の文字と円が浮かび上がる。

 そして突然、私の眼下に現れた何かの模様――いや、魔方陣と言った方が正解かもしれないそれが、壁に囲まれた部屋の地面一体に広がると、まばゆいばかりに発光を始めた。


 これは罠?

 そう思うと同時に急激な危機感に襲われるも、その思考は紫の光の渦によって霧散した。


 思考停止状態にもかかわらず、身体に浮遊感を感じ、私はそっさに身構える。
 さっきまで闇でしかなかった周囲は、紫の光が天井に向かって光の速さで流れてるといった表現しか浮かばない情景となり、それはやがて白へと変わった。

「……」

 そこは一面、白に覆われた場所。
 あの魔方陣のよって、私はここへ転送されたのだと、混乱する頭なりに結論を付ける。だってそれしか考えられない状況だったし。さっき一瞬だけ浮いたんだよ? 私。あれは絶対テレポーテーションてやつだって。

 でも罠にしては、私に何の被害もない。
 自分の身体をチェックしてみるも、どこもケガなんてしていない。
 無害だ。

 だったら、ここは何?

「客人か?」
「きゃっ!」

 いきなりうしろから声がした。
 そのせいで小さく悲鳴をあげてしまう。

 そして声色が男性だったせいもあり、私は後ろを振り返りながらも、とっさに身体の大事な部分を両手で隠した。最悪だけど確実にお尻は見られたっぽい模様。

 振り向いた先にはひとりの男性がいた。
 真っ白な部屋のなか、真っ青なテーブルと椅子があり、そこにたった一人鎮座する人物は、真っ白なコートに身を包み、真顔でテーブルに肩ひじをつき、その手は頬を支えていた。

 あきらかに度が入っていなさそうな黒の伊達眼鏡をかけ、それに少しかかるほどの長さの綺麗な黒髪に、誰がどう見てもリア充と言えるほどの端正な顔立ちの若い男性は、私の一番苦手とするタイプだ。

 そんな男性の前に、突然全裸で現れた私は、きっと相手からすれば、自ら裸で現れておいて、まるでこちらが加害者かのように真っ赤な顔で自分を睨む、自己中な女だと思われているに違いない。

 悔しい。
 初対面でそんな印象を与えている自分が悔しい。
 こっちだって好き好んで裸になってるわけじゃないし。
 
 ただでさえ苦手なタイプなのに、主導権を握られた気分。
 最悪……。

 そんな風に落ち込む私とは別に、男はこちらを見てため息をつくと、こう吐き捨てた。

「ああ、気にしないでくれたまえ。たしかに私は人間の恰好をしているし、客人も人間だ。だが、たとえ客人が大股をひろげて大胆に私を誘惑をしてきたとしても、この心臓と眉は微動だにしないと断言出来よう。そしてもとより私は人間の身体に一切の興味、関心はないことも付け加えておく」
「……なっ!」

 突然、男があり得ないほどの暴言を吐いた。
 まるで私が変態女で、彼を誘惑する痴女だとでも見紛うセリフだ。

 恥ずかしさで真っ赤になった顔は、その言葉によって怒りの赤へと変わる。

「し、失礼じゃないですかあ!? そ、そりゃあ、突然こんな格好で現れたことは謝りますけど、私、そんな女じゃありませんっ!! 訂正してくださいっ!!」

 全裸で言っても説得力はないと思うけれど、言わずにいられなかった。ここで引き下がれば、きっと私はレッテルを貼られたままになる。それだけは阻止したい。

「……」

 男は私の訴えにポカンと口を開けたまま、驚きの表情で固まっている。きっとものすごい剣幕で怒鳴ったからだろう。ちょっとやり過ぎた感があるけど、もうやり直せない。

沈黙がお互いの間に流れる。
視線も逸らさず、どちらかが折れるまで睨み続けるつもりだった。

「ふっ」

 少し苦笑した風になったのは男のほうだ。
 私から視線を逸らし、口元に拳をあてながら、くくくと声を押し殺している。
 
 彼はひとしきりその状態を続けると、ようやくさきほどの真顔に戻り、チラリとこちらを見返した。

「失敬。失礼した。客人の言う通りだ。非礼を詫びよう。そして改めて……ようこそ客人よ、【白の道具屋】に偶然迷い込んだを私は歓迎しよう」
「白の……道具屋……?」

 男の言葉に疑問符で反応してしまう。
 何もない真っ白な部屋のなか、あるのは真っ青なテーブルと椅子のみ。白の道具屋として、肝心の商品がひとつも見当たらないからだ。

「左様。ここは道具屋。ここで見聞きしたこと、交わされた会話は、たとえ女神であっても知る術はない。安心して商品を選んでくれたまえ」
「女神……!? 貴方、女神のことを知っているの!?」

 私の疑問に対し、答えになっていない返事を返す男だったが、その言葉に聞き逃せないワードがあったため、思わず彼に詰め寄ってしまう。

 彼は視線を少し逸らし、我を忘れて裸で自分に詰め寄った私に、自分のしでかした行為を気付かせるような仕草を見せた。もちろん気付いた私もあわてて両腕で隠しながら一歩下がった。

「……女神とは特に仲が良いわけではないとだけ言っておこうか。だからあちらもこちらに干渉しないだけさ」
「はあ……ま、まあ、そういうご関係なら、これ以上追及するつもりもないですけど」

 きっとさっきの台詞は店の謳い文句的なことだったんだろう。
 それに食いついた私のせいで、男性の真顔のなかに、少し神経質っぽい様子が伺えたため、あまり触れてはいけない関係性だと察し、この件はこれ以上話題にしないことにした。

 いや、それよりもだ。

「道具屋さんてお聞きしたんですが、肝心の商品は……」

 一番最初に気になったことを率直に意見する。
 それを聞いた男性は、おもむろに席を立つと、こちらへゆっくりと近付いてきた。

 「――!?」

 思わず警戒する私。
 裸のせいもあるけれど、苦手なタイプにはあまり近付いてほしくないのもある。

 そんな私の内心を知らずか、男がこちらに近付き始めた瞬間、おかしな現象が起きた。

「わっ」

 思わず凝視したのは、男性が使っていた真っ青なテーブルと椅子が一瞬にして消え去り、私の前で停止した彼の前に、消えたテーブル一式とは違う、これまた真っ青なカウンターが突然現れたからだ。

 手品なのか何なのか、驚く私に構うことなく、男性は私とカウンターを挟んで対峙した。そして――、

「ここは白の道具屋。客人が望む商品を自在に取り寄せることが出来るだ。だから在庫管理など必要ないし、見本や実物を陳列する理由もないのさ」
「望む商品……ホントですか?」

 微笑を浮かべながら頷く男性。
 嘘を言っているような目つきではない。
 それに異世界のダンジョンという状況、さきほどの不思議な現象も加味して、彼の言葉を疑う理由が薄れていった。

 私が欲しい商品。
 それが手に入るなら、ぜひとも売って欲しい。
 けれども、そこで肝心なことに気付いた。

「あ。私、無一文……」

 終わった。
 せっかく不思議な道具屋に来たのに、肝心のお金を持っていない。元世界のお金ではきっと買えないし、たとえ買えたとしても女子高生のおこずかいなんてたかが知れてる。

 これがゲームの世界なら、モンスターを倒すだけでお金が貯まる仕組みなんだろうけど、ここはそうじゃない。それに怖いのNGな私には、到底モンスターと戦うことなんて不可能だ。

 詰んだ。私、詰んでしまった。
 導き手の手を煩わせることなく、自分で終了させてしまったのだ。

「問題ない。金銭の手持ちがなくとも購入は可能だ」
「えっ?」

 突然、カウンターから救いの声があがる。
 だが、問題点がすぐに脳裏を駆け巡った。

 現金がなくて購入? もしかしてカード払いってこと?
 女子高生でカード契約なんて出来たっけ?
 絶対無理だと思うんだけど。
 てか、異世界にキャッシュカードって!

 ぐるぐると巡る無一文の恐怖。
 そんな私に構うことなく、男性は言葉を続ける。

「対価を支払えばそれでいいさ。ただし、商品は三つまでに限定されてしまうが――」
「えっ! 対価ですか?」

 対価と聞いて少し警戒する。
 こういう場合の対価って、だいたいヤバいと決まっているから。

「うむ……いや、まずは客人の望む商品を見てもらうほうが先か」

 そういって男性はカウンターの前で指をパチンと鳴らした。
 すると一瞬真っ青なカウンターが光ったかと思うと、そこに三つの商品が現れた。

「こ、これって……わ、私が頭のなかで欲しいなって思ってたやつ!?」

 目の前に現れた商品を見て驚愕した。
 男性に教えたわけでもないのに、現れたものは私が望むものばかりだった。そしてその商品の前には小さな値札のようなものが置いてあり、私にも読めるアラビア数字が書かれてあった。

「えっと、これってこの商品のお値段ですか?」
「そうだが」

 三つの商品にはそれぞれ値札があるものの、どうみてもそれに見合う値段ではなかった。一番高いものでも四桁の数字、要するに一万円を超えていなかった。

「お安くないですか?」
「これを安いと思うのなら、実は客人がエルフか何かだと疑うしかないが?」

「えっ、エルフ? なんでエルフが……」
「これは金品の値段ではないからだ」

 要点を得ない問答を交わす。
 商品の値段なのに、お金で買えない。対価を必要とする。私はエルフじゃない。

 うーん、わからん。

 カウンターの前で考え込む私を見かねてか、男性がなぞなぞの答えを教えてくれた。

「そこにある数字は客人の持つ人生の日数……いわゆる寿命だ」
「じゅ、寿命!?」

 思わず声が裏返ってしまう。
 寿命と聞けば誰だって「へ?」ってなるよ。
 お年寄りはどうかわからないけれど、まだ十七歳の私にはそれほど身近に感じられるものじゃないと思うし、普段気にしてないってのもある。
 
 でもそれが寿命だと聞いて、再び値札に目を移す。
 数字は多くて四桁。じゃあ単位はどうなのか。

「378……これって、私の寿命から378日分の命を支払うってこと?」
「そうだが……何か問題でも?」

 さも当然だとでも言いたげな男性の瞳。
 その黒い瞳にとてつもなく黒いなにかを感じた私は、つい言葉を滑らせてしまう。

「寿命を寄こせとか……も、もしかして……あ、貴方……悪魔?」

 私の問いかけに対し、それまで平静を装っていた男性が少し眉を動かすと、こちらを見据えながら一言、それに答えた。


「悪魔だと? ふっ……そんな下等な種族と一緒にしないでほしいものだな」
 

 それは私の背筋にとても冷たい何かが、静かに流れ落ちる瞬間だった。  

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