桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第31話 告白

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「さ、着いたよ。気分はどう?」

「うん、かなりよくなってきたよ。ごめんね真田さなださん、心配をかけてしまって……」

「もう、いちいち謝らなくていいって。ウツロくんが何か、悪いことをしたわけじゃないんだからさ」

「う、うん」

「さ、さ。横になって、のんびりお昼寝でもしてなよ」

「ありが……」

「んー?」

「うー、うーん……ぜ、是非ぜひにおよばず……?」

「あはは! 何それ!? かたいなー!」

「お、おかしかったかな……?」

「いやいや、言いたいことはわかるよ。ちょっとへたっぴなだけで」

「へたっぴか。堂々とするのは、難しいね」

「ウツロくんはいろいろと、難しく考えすぎなんだよ。ほら、私みたいに頭をパーにするんだよ。パッパラパー子だよ」

「それ、言っててつらくない?」

「あはは、ちょっと……」

 って二階へ上がったウツロと真田龍子さなだ りょうこは、こんなふうに部屋の入口で、和気わきあいあいと会話を楽しんでいた。

 二人もけっこうけてきて、少しずつではあるけれど、気の置けない仲になってきている。

 おたがい一緒にいると気が楽だし、信用が信頼に変化してきている感じだった。

 それとは別に、ウツロには先ほどの、星川雅ほしかわ みやび文言もんごんがずっと引っかかっていた。

 星川雅、彼女には魔性ましょうを感じていたが、現実として俺に奇怪きかいじゅつり出してきた。

 あれはいつかお師匠様から話に聞いた、幻術げんじゅつというものではないだろうか?

 仕組みはわからないけれど、ある条件を踏むことで他者を意のままに操る、おそるべき技らしい。

 なぜあの女、星川雅がそれを使えるのか?

 いや、もしかしたら・・・・・・

 あれが例の、アルトラと呼ばれる異能力いのうりょくなのか?

 人間を思いどおりに支配してしまう力。

 そうだとしたら、あまりにも危険すぎる。

 それがよりによって、あんな女に宿ってしまったのだとしたら・・・・・・

 アルトラは「精神の投影」・・・・・・

 だとしたら、人間を支配したいという欲求が、彼女にはあるということなのだろうか?

 それよりも何よりも、その力によって、この真田さんや、南柾樹みなみ まさきを支配している・・・・・・

 確かにそう言っていた。

 情報によればみんなはこのアパートで、特生対《とくせいたい》なる組織に管理・監督されているということだ。

 ならみんな、仲間のはずでは?

 星川雅はいったい、何がしたいんだ?

 同じ境遇のはずの真田さんや柾樹をとりこにして、いったい何の得があるというんだ?

 わからない、ちっとも。

 まだまだ、わからないことが多すぎる・・・・・・

「おーい」

「え?」

「また何か、考えてた?」

「いや、柾樹の料理があんまりおいしくて。味を思い出していたんだよ」

「そんなにおいしかった?」

「正直言って、打ちのめされたよ。人を見かけで判断するのは、良くないね」

「あはは、いいやつでしょ、柾樹。あんなナリだけど、いろいろと気を配ってるんだよ」

「そう、だね。なんだか、自分が恥ずかしいよ」

「ほらほら、卑下ひげしない。ウツロくんも『ヒゲヒゲの実』を食べたの?」

「『ヒゲヒゲの実』か。虎太郎こたろうくんの冗談じょうだんは、諧謔かいぎゃくんでいるよね」

「カイギャク……なんだか、難しいね。そこは『ユーモア』でいいと思うよ?」

「なるほど、『ユーモア』か。横文字よこもじの使い方も、覚えないとね」

「『横文字』って、昭和の人みたいだね。クラシックだなー、ウツロくんは」

「クラシック……なるほど。確かに俺は古典的かも――」

「はいはい、わかったから。頭を使いすぎると、疲れちゃうよ? ほら、パッパラパーになるんだって、パッパラパー」

「パッパラパーか、難しいけれど、がんばるよ。パッパラパー、パッパラパー……」

「うーん……」

 いつになったら部屋に入れるのか?

 真田龍子はそんなことを考えていた。

   *

「いい布団ふとんだね」

「お、わかる? 何とかって鳥の羽毛うもうらしいんだけど、夏は涼しく、冬は暖かくって、都合つごうのいいしなだよ。ここの備品びひんの中にもれてたから、死蔵しぞうするよりはと思ってね」

 やっとのことで入室したウツロは、真田龍子がいてくれた布団について、また一席いっせきぶっていた。

「じゃ、ゆっくり休んでね」

 真田龍子はきびすを返して、退出しようとした。

「真田さん」

「うん?」

「よかったら、話し相手になってくれないかな? 俺、ひとりでいると、どうも余計なことを考えちゃうんだ。いや、もし時間があるならでいいから」

 そうウツロに呼び止められた。

 彼女は一瞬、キョトンとしたものの、

「おー、いいよ」

「え、いいの?」

 あまりのも軽いノリで承諾しょうだくしたので、今度はウツロがキョトンとした。

ひまだし、いいよ。ウツロくんこそ、休まなくても大丈夫?」

「うん、ひとりでいると、逆に落ち着かない気がするんだ。それに、真田さんといると、なんだか気が楽だし」

「――」

 こうして二人は、布団を座布団ざぶとんわりに、とりとめもない世間話せけんばなしを始めた。

「虎太郎がね、すごく喜んでたんだ。あんなにうれしそうな虎太郎、久しぶりに見たよ。ありがとうね、ウツロくん」

「そんな、俺は何もしてないし、ただ会話をして、音楽を聴いただけで……」

 こんな調子でしばらく、会話をしていたのだけれど、真田龍子は急にうなだれて、ウツロにこう切り出した。

「こんな話、していいのか、迷ったんだけど……ウツロくんなら、聴いてくれると思って……うまく言えないけど、ウツロくんは、人の痛みがわかる人だと思うから……」

「――」

「話しても、いいかな……?」

「俺なんかが、お役に立てるとは思えないけれど、真田さんが、そうしたいのなら」

 こうして真田龍子は、とくとくと語り始めた。

(『第32話 警報機けいほうき』へ続く)
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