桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

文字の大きさ
37 / 244
第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第36話 脱出

しおりを挟む
 気配けはいを殺しながら廊下ろうかしのあしに、ウツロは二階中央までやってきた。

 朽木市くちきし描写びょうしゃした、くだんの絵地図えちずに目をらす。

 人首山しとかべやま――

 アクタが「口寄くちよせ」によって指定した場所が、そこだった。

 いったい、どこにある?

 彼は絵地図になめるような視線を送って、その名前をさがした。

 あった――

 人首山、斑曲輪区ぶちくるわくの北、そこにそびえる連峰れんぽう一角いっかくにある。

 朽木市のブロック分けでいうと、現在地である蛮頭寺区ばんとうじくの上が六車輪区ろくしゃりんく、さらにその上だ。

 ここからなら西側にしがわ山伝やまづたいに北上ほくじょうすれば、縮尺しゅくしゃくからかんがみても、おれの足なら一時間ほどでけるはずだ。

 山歩やまあるきのほうがれているし、街の中をとおるのはあまりにも危険だ。

 よし、そうとわかれば。

 いや、待てよ……

 ウツロにはひとつ心当たりがあった。

 静かに階段を降り、彼は医務室へと向かった。

 ぐちの外から中の気配をさぐる。

 誰もいない……

 慎重しんちょうに、物音ものおとを立てないよう配慮はいりょして、中へと侵入しんにゅうする。

 ウツロが最初にいた場所、横になっていたベッドの真向かいのデスク。

 きれいに整頓せいとんされたその周囲を確認する。

「……!」

 やはり、ここだったか――

 デスクと壁の拳大こぶしだい隙間すきまに、彼の黒刀こくとうななめに立てかけられていた。

 あの女、星川雅ほしかわ みやびの考えそうな場所。

 俺にとって一番の盲点もうてんかくしていたな。

 師・似嵐鏡月にがらし きょうげつからたまわった大事な刀。

 これだけはどうしても、捨ておくことはできない。

 彼はそっと、黒刀を隠し場所から抜き取った。

 さて、あとはここを出るのみ……

 これもやはり心当たりがあった。

 次に彼は、反対側の食堂へと向かった。

 表玄関おもてげんかんから外へ出れば、さすがに人目ひとめにつくだろう。

 あの食堂は建物の北側にあった。

 そこなら地理的に山側にも近い。

 ウツロは感覚器官を駆使くしして、自分の気配は殺し、かつ他者の気配は最大限ひろいながら、食堂へと足をれた。

 テラスのかぎは下に降ろすタイプで、容易よういに開けることができた。

 なんだかぎゃく気味きみが悪い。

 こと順調じゅんちょうに運びすぎではないか?

 これではまるで、脱出してくださいと言っているような感じだ。

 しかしそうだとしても、いまは詮索せんさくしているひまなどない。

 アクタが、お師匠様が、待ってくれているのだ――

 ウツロはくだんの人工庭園じんこうていえんに入り、左奥ひだりおくの松の木へよじのぼって、そのまま高い白壁しろかべを強くった。

 この様子をつぶさに観察していたかげが、食堂の入り口から姿をあらわした。

 星川雅――

 彼女だ。

 開いたドアに体をあずけ、口もとに指をわせながら、彼女は思案しあんしていた。

 さあ、どうするか……

 雅樹まさき龍子りょうこに知らせていたのでは時間を食ってしまうし、だいいち、面白くない・・・・・

 最高の選択肢せんたくし、それをチョイスしてあげる。

 わたしのウツロ・・・・・・・

 邪悪なみをかべ、星川雅はペロリと舌をなめた。

   *

「ウツロくん、服をつくろってみたんだけど……あれ?」

 開いたままのドアから真田龍子さなだ りょうこが顔をのぞかせたとき、当然中はもぬけのからだった。

「トイレかな?」

 気になって部屋へ入った彼女の目に、テーブルの上にある書置かきおきがまった。

「これは、雅の字?」

 ウツロくんが人首山へ呼び出された

 わたしは先に後を追う

 龍子、柾樹、早く来て

「たいへん……」

 開け放したドアを不審ふしんに思った南柾樹みなみ まさきが顔を出した。

「龍子、どうした?」

「柾樹、これっ!」

「マジかよ……」

 文面ぶんめん戦慄せんりつすると同時に、二人は胸騒むなさわぎを禁じえなかった。

「何か、いやな予感がする……」

「ああ、俺もだ。急ごうぜ!」

 あわてた二人は、ドアを閉めるのも忘れ、その場を後にした。

 階段から転げるように降りていったあと、向かいの部屋のドアが、静かに開いた――

(『第37話 再会』へ続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...