桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第71話 愛

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「めそめそすんなあああああっ!」

 ウツロのほほを、真田龍子さなだ りょうこ平手ひらてった。

 彼は頬を押さえながら、おびえた顔で彼女を見た。

「誰も俺のことをわかってくれない? わかってもらおうだなんて思うな。そんなことを考えてるうちは、まだ、ガキなんだよっ――!」

 真田龍子はいかりの形相ぎょうそうをウツロへ向けた。

 しかしそれは憎悪ぞうおからではない。

 たとえ悪鬼あっきのごとく思われようとも、すべての責任において彼の目を覚まさせる――

 その決心の表れだった。

「あ……あ……」

 ウツロは赤くなった頬に涙を垂らした。

 なんだ?

 なんだ、この感覚は?

 これが本当のやさしさ……?

 上辺うわべで笑顔を向けられるのではなく、気にかけてくれているからこそ、あえて厳しい態度を取る。

 簡単なようでいて、それは一番、難しいことなのではないか……?

「ねえ、ウツロくん」

 彼女は両手でウツロの顔を引き寄せた。

「毒虫だって? それが何? 虫は存在してちゃいけないっていうの? そうじゃないでしょう? ウツロくん、たとえあなたが本当に毒虫だとしても、えばいいじゃない、這い続ければいいじゃない。必死に、懸命に……ちょうになんかなれないとわかりきっていても、ひたすら這い続ける毒虫……そんな愚直な、でも高潔な存在を、わたしは……わたしは、愛する」

「……」

「好き、ウツロ……」

「――っ!?」

 口づけ。

 その甘さは、みにくい毒虫のからを、粉々こなごなに打ち砕いた。

「……真田さん、苦しい……」

「ああ、ごめん……わたし、つい。へへ」

「……バカのほうがいいこともある、か」

「あとでたっぷり、バカになりましょう。ね、ウツロ?」

「うん、真田――」

「うーん?」

「……その、りょ、龍子……」

「いい顔だね。そんないい顔、できるんじゃん?」

「……龍子のせいだよ?」

「なにそれ、ヘンテコ」

「どうせ俺は、パッパラパー助くんだよ」

「はは」

「あ、はは」

 ウツロは、いや、真田龍子も。

 互いが互いに、おそらく生まれてはじめての、開放感――

 心を開いたときの自由さを、享受きょうじゅした。

「ウツロ、みんなが……虎太郎こたろうが、柾樹まさきが、みやびが、アクタが待ってる……そして――」

「わかってる、龍子……俺は龍子に助けてもらった……そして今度は、俺が助ける番なんだ……!」

「行こう、ウツロ――!」

「うん、龍子――!」

 二人の体は光のうずとなって、暗黒の鉄格子てつごうしを破壊した――

(『第72話 覚醒かくせい』へ続く)
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