桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第1作 桜の朽木に虫の這うこと

第73話 説教

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 桜の森を包み込んだ光は、やがて中空ちゅうくうに集約した。

 その中には両手で真田龍子さなだ りょうこきかかえた、ウツロのりんとした姿があった。

「ったく、おせえんだよ、ウツロ……!」

「龍子、よかった……」

 南柾樹みなみ まさき星川雅ほしかわ みやびは、歓喜かんきの顔でなみだかべた。

「ウツロさん、姉さん、ご無事でなによりです……!」

「いまごろ目覚めてんじゃねえぜ、バカな弟がよ……」

 真田虎太郎さなだ こたろうとアクタは感慨かんがいもひとしおだ。

 彼らは一様いちように、夜のやみを照らし出すかのようなそのかがやきに、しばらく見とれていた。

 いっぽう、面白くないのは似嵐鏡月にがらし きょうげつである。

「……バカな、こんなことが……信じる力だと……? なにが、愛だ……そんなものが、そんなものがあるのなら……なぜ、天は……わしには、ほほまなかった……? なぜ、アクタは……? わしの愛する者を、わしの手から、奪い去ったのだ……?」

 彼はうみを吐き出すような口調くちょうで、自身がこうむった不条理ふじょうりについて、呪う言葉をとなえた。

「それですよ、お師匠様」

「……」

「なぜ、なぜ、なぜ……! あなたはご自身の命運めいうんを、ご自身以外にたくされた。自分は何も悪くない、すべては周りのせい。そんな心づもりだから、何もつかめない、何も得られない……それはきっと、永遠に……!」

「だ……」

「自分に向き合わず、いや……自分を認めることすらせず、すべてにおいて他人任せ。腹が立てばなぐればよい、のどかわけば奪えばよい。何も背負せおわず、何もえず……いったいこの世の何者が、そのような人間に解答を与えるでしょうか?」

「だ、だ、だ……」

「お師匠さま、あなたは今一度いまいちど……『鏡月きょうげつ』というそのお名前の意味について、ご自身にお問いかけください。そして少しは、恥というものをお知りなさい――!」

だまれええええええええええっ!」

 山犬やまいぬえた。

 その振動は桜の森をちぢみあがらせた。

 黒獣こくじゅうはぜえぜえと荒い呼吸をして、敗北感という脂汗あぶらあせをしとどに垂れ流した。

「なんだ、なんなんだ、貴様は……!? 偉そうに説教か!? 貴様を生み出してやったわしに? 貴様をはぐくんでやったわしに? 貴様の存在を許したのは、このわしなんだぞ――!?」

「ピエロですね」

「……」

「奪うために与える……クズの思考回路だ。誰がゴミだって? 誰が毒虫だって? あなたこそゴミだ、毒虫だ……独りぼっちでダンスを踊っている、あわれな、滑稽こっけいなピエロだ、あなたは……!」

「……殺す、殺してやる……殺してやるぞ、ウツロおおおおおおおおおおっ!」

 山犬は再び吠えた。

 だが今度は、口でかされたうっぷんをゲンコツで晴らそうという、みじめな「負け犬」の咆哮ほうこうだった。

 もちろん、ウツロは動じていない。

 それどころか、さらに冷静さを得た。

 そして、毅然きぜんとした眼差まなざしを、眼下がんかのあわれな「父」に送った。

「どうぞ、ご勝手に。ただし、あなたにはできない。なぜなら――」

「……!?」

 桜の森がうごめき出した。

 何かが地の奥底おくそこからわき上がってくる。

 眠っていた者たちが目を覚ますように……

 さなぎが高らかに脱皮だっぴするときのように――

「俺が、俺のアルトラが……それを許さないからです……!」

(『第74話 エクリプス』へ続く)
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