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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第5話 校舎裏の会話
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刀子朱利が音楽室を出て階段を下りると、下階へ続く踊り場の窓辺に、ハンドポケットでうなだれる氷潟夕真が目を閉じて立っていた。
「あら」
赤毛の少女の反応に、金髪の少年はスッと目を開けた。
上段から見下ろす刀子朱利に対し、氷潟夕真は沈黙したまま、にらみ上げるような視線を送りつづけている。
「何よ?」
「……」
問いかけを受けても、やはり黙ったままだ。
「ふん、つまらないやつ。まあいいよ、ちょっと顔、貸してくれる?」
刀子朱利は誘導するように、氷潟夕真の横を通りすぎて、下の階へと歩いていった。
金髪の少年はしたがうままに、赤毛の少女のあとへと続いた。
*
二人は校舎の裏――隠れて喫煙をしている教職員たちがたまり場として使っている、人気のないスペースへと移動した。
「特生対のデータベースからいただいた情報、あんたも確認したよね?」
「ああ……」
非常用出口の前で腕を組み、刀子朱利は語りはじめた。
氷潟夕真は例によってハンドポケットのまま、つぶやくような口調で返した。
「あんた、もうちょっとハキハキしたらどう? その態度、昔からすごくイラつくんだよね」
「……」
氷潟夕真は校舎の壁に体を預け、彼女をギロリとにらんだ。
「ああ、もういい、わかったから。で、佐伯悠亮だけど。あのオンボロアパートの新入り、なかなかの高スペックじゃない。さすがは似嵐鏡月の息子ってとこかな」
「毒虫のウツロ」
「そうそう、ウツロ。ついこの間まで、俺は醜い毒虫なんだあ、なんて言ってたガキが、短期間でずいぶん成長したみたいじゃん。まあ、わたしたちにかなうわけないけどね」
「甘く見るな、朱利。ああいうタイプは、土壇場で強い……」
「あら、ずいぶん高く買ってるんだね。もしかして、怖気づいてるの?」
「さあな……」
「まあ! どうせまた、にらみ返してくるのかと思ったら、意外だね!」
「……」
刀子朱利は眉間にしわを寄せ、険しい顔つきになった。
「ウツロのアルトラ、『エクリプス』……虫を操るだなんてキモい能力だけど、どう? あんたの『ライオン・ハート』で、勝てる?」
「虫が獅子にかなう道理はない、が、それは自然界での話……同じ人間どうしがアルトラを使ったとき、どうなるか、だな……」
「はっ、急に饒舌になったじゃん! やっぱりあんな毒虫野郎のこと、気になってるんだ!?」
「お前なら、どうなんだ?」
「ふん、あんなカスみたいなアルトラ、わたしの『デーモン・ペダル』に、かなうわけないじゃん?」
「油断は、禁物だ……」
「ああ、腹立つ。なんなのあんた? 何が言いたいの?」
氷潟夕真は体を返し、その場をあとにしようとした。
「ちょっと、待ちなさいよ! 話はまだ――」
「授業が始まるんだろ?」
「っ……」
たくましい背中は、そのまま遠のいていく。
刀子朱利は後ろから、忌々しいという顔で、その姿をにらんだ。
「南柾樹」
「……」
その単語に氷潟夕真は反応して、立ち止まった。
「あんた、ずいぶんあいつにご執心みたいじゃない? 毎日毎日、河川敷で時代錯誤のタイマンなんか張っちゃってさ? さっきウツロのことといい、あんたもしかして、こっち?」
刀子朱利がほほに手を返した次の瞬間、
「――っ!?」
遠くにいたはずの彼が、眼前で彼女をにらみつけていた。
目にも止まらない速さで移動したのだ。
凶器のようなその眼差し。
氷潟夕真の実力を知る刀子朱利は、さすがにこの場はと譲歩することにした。
「な、何よ……わ、悪かったわよ……」
「……」
彼は体を翻して、再び彼女から遠ざかっていく。
「わたしはウツロと真田龍子を見張るから、あんたは南をお願いね? ああ、それと、雅には手を出さないでね? あいつはわたしが、じきじきにぶっ殺すんだから」
氷潟夕真は何も答えず、歩くのをやめすらしない。
話を聞いているのはわかっているが、あまりのいけすかない態度に、刀子朱利はご立腹だった。
「わたしのママは七卿のひとりなんだからね? 組織のヒエラルキーじゃ、あんたのパパより上ってわけ。そこのところ、忘れないでほしいなー」
「ママの肩書きがそんなに大事か?」
「てめえっ!」
「はいはい、わかってる。仰せのままに、甍田兵部卿のご息女さま?」
「ふん……」
遠くほうではぐらかされ、彼女はいよいよ腹立たしくなった。
「ほんっと、ムカつくやつ……ま、せいぜい役に立ちなよ、夕真? わたしの『コマ』としてね。ぷっ、あははっ!」
校舎裏でひとり、刀子朱利は笑いつづけた。
(『第6話 教室までの十分間』へ続く)
「あら」
赤毛の少女の反応に、金髪の少年はスッと目を開けた。
上段から見下ろす刀子朱利に対し、氷潟夕真は沈黙したまま、にらみ上げるような視線を送りつづけている。
「何よ?」
「……」
問いかけを受けても、やはり黙ったままだ。
「ふん、つまらないやつ。まあいいよ、ちょっと顔、貸してくれる?」
刀子朱利は誘導するように、氷潟夕真の横を通りすぎて、下の階へと歩いていった。
金髪の少年はしたがうままに、赤毛の少女のあとへと続いた。
*
二人は校舎の裏――隠れて喫煙をしている教職員たちがたまり場として使っている、人気のないスペースへと移動した。
「特生対のデータベースからいただいた情報、あんたも確認したよね?」
「ああ……」
非常用出口の前で腕を組み、刀子朱利は語りはじめた。
氷潟夕真は例によってハンドポケットのまま、つぶやくような口調で返した。
「あんた、もうちょっとハキハキしたらどう? その態度、昔からすごくイラつくんだよね」
「……」
氷潟夕真は校舎の壁に体を預け、彼女をギロリとにらんだ。
「ああ、もういい、わかったから。で、佐伯悠亮だけど。あのオンボロアパートの新入り、なかなかの高スペックじゃない。さすがは似嵐鏡月の息子ってとこかな」
「毒虫のウツロ」
「そうそう、ウツロ。ついこの間まで、俺は醜い毒虫なんだあ、なんて言ってたガキが、短期間でずいぶん成長したみたいじゃん。まあ、わたしたちにかなうわけないけどね」
「甘く見るな、朱利。ああいうタイプは、土壇場で強い……」
「あら、ずいぶん高く買ってるんだね。もしかして、怖気づいてるの?」
「さあな……」
「まあ! どうせまた、にらみ返してくるのかと思ったら、意外だね!」
「……」
刀子朱利は眉間にしわを寄せ、険しい顔つきになった。
「ウツロのアルトラ、『エクリプス』……虫を操るだなんてキモい能力だけど、どう? あんたの『ライオン・ハート』で、勝てる?」
「虫が獅子にかなう道理はない、が、それは自然界での話……同じ人間どうしがアルトラを使ったとき、どうなるか、だな……」
「はっ、急に饒舌になったじゃん! やっぱりあんな毒虫野郎のこと、気になってるんだ!?」
「お前なら、どうなんだ?」
「ふん、あんなカスみたいなアルトラ、わたしの『デーモン・ペダル』に、かなうわけないじゃん?」
「油断は、禁物だ……」
「ああ、腹立つ。なんなのあんた? 何が言いたいの?」
氷潟夕真は体を返し、その場をあとにしようとした。
「ちょっと、待ちなさいよ! 話はまだ――」
「授業が始まるんだろ?」
「っ……」
たくましい背中は、そのまま遠のいていく。
刀子朱利は後ろから、忌々しいという顔で、その姿をにらんだ。
「南柾樹」
「……」
その単語に氷潟夕真は反応して、立ち止まった。
「あんた、ずいぶんあいつにご執心みたいじゃない? 毎日毎日、河川敷で時代錯誤のタイマンなんか張っちゃってさ? さっきウツロのことといい、あんたもしかして、こっち?」
刀子朱利がほほに手を返した次の瞬間、
「――っ!?」
遠くにいたはずの彼が、眼前で彼女をにらみつけていた。
目にも止まらない速さで移動したのだ。
凶器のようなその眼差し。
氷潟夕真の実力を知る刀子朱利は、さすがにこの場はと譲歩することにした。
「な、何よ……わ、悪かったわよ……」
「……」
彼は体を翻して、再び彼女から遠ざかっていく。
「わたしはウツロと真田龍子を見張るから、あんたは南をお願いね? ああ、それと、雅には手を出さないでね? あいつはわたしが、じきじきにぶっ殺すんだから」
氷潟夕真は何も答えず、歩くのをやめすらしない。
話を聞いているのはわかっているが、あまりのいけすかない態度に、刀子朱利はご立腹だった。
「わたしのママは七卿のひとりなんだからね? 組織のヒエラルキーじゃ、あんたのパパより上ってわけ。そこのところ、忘れないでほしいなー」
「ママの肩書きがそんなに大事か?」
「てめえっ!」
「はいはい、わかってる。仰せのままに、甍田兵部卿のご息女さま?」
「ふん……」
遠くほうではぐらかされ、彼女はいよいよ腹立たしくなった。
「ほんっと、ムカつくやつ……ま、せいぜい役に立ちなよ、夕真? わたしの『コマ』としてね。ぷっ、あははっ!」
校舎裏でひとり、刀子朱利は笑いつづけた。
(『第6話 教室までの十分間』へ続く)
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