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第2作 アオハル・イン・チェインズ 桜の朽木に虫の這うこと(二)
第75話 天国に一番近い場所
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「浅倉め、いまごろ兄妹で俺のことをごちゃごちゃ言ってるんだろうよ」
弟・鬼堂沙門が運転する車の中で、兄・鬼堂龍門は不快そうにつぶやいた。
「兄さん、さすがにまずかったのでは? もし元帥の機嫌を損ねてしまったら……」
「沙門よ、これも計略のうちさ。総帥閣下は非常に気まぐれなお方だ。俺はただ、あわよくば浅倉がつぶされるように誘導しているだけだよ」
グラスに注いだミネラルウォーターでのどを潤す。
総理大臣に就任したとき、プライベートでのアルコール類は一切断った。
いつなんどき危険にさらされるかもしれないという気構えからである。
「諸刃の剣ではないでしょうか?」
弟・沙門がハンドルを操作しながら語りかける。
「かまわんさ。さすがの総帥閣下も、よほどの大義名分がありでもしないかぎり、身内に手をかけることなどはありえん。リーダーとはそういうものだ、おしなべてな。掌握するフレームが大きくなればなるほど、支配者というものはいやおうなく、より大局を見ざるを得なくなる。王様のジレンマとでも言うべきか……」
「首を落とされた王様もいますよ?」
顔を緩める弟に、兄もつられてほほえむ。
「ふっ、いいぞ沙門。まさにそこ、そこなのだ。いつ首を落とされるかもわからないという緊張感、それこそが王を強くするのだ」
「さすがは兄さん、まさに王者としてふさわしい」
二人はくつくつと笑いあった。
「それにしても、万城目日和だ。あのいまいましい優作の娘が、いまになってのこのこと姿を現すとはな。前々から俺のことを探っている様子ではあったが……」
「官邸や各省庁へときおりアクセスしてくる謎の脅迫者。コードネームは"Lizard"。真面目なんですね、彼女」
「まったくだ、親父にそっくりでむしずが走る。沙門よ、さくら館を監視しろ。やつの動きを探れ。俺の寝首をかこうとたくらんでいないわけがないからな」
「はっ。処遇についてはいかがいたしますか?」
「実際に動くのはまだだ。総帥閣下の許可がいる。そっちのほうが、もっとおそろしいからな」
「あのアパートともつながりのある、斑曲輪民部卿にも打診してみてはいかがでしょうか?」
「なるほど、な……その手があったか。さすがは沙門、おまえは頼りになる弟だ、実にな」
「滅相もございません。すべては兄さんの天下取りのためですよ?」
「ははっ、そうだな。そのためには、目障りなのは日和だけではない、な……」
「おそろしいことですね。しかし、扉は開かれている……」
ハンドルのグリップに、小さな群れがうごめいている。
小指ほどもない「妖精」たち。
童話に登場するようなかっこうをして、鬼堂沙門の手の周りにじゃれている。
「俺のアルトラ、オベロンは遠隔操作が可能です。こいつらもすでにネットワーク上に解き放ち、トカゲ少女の行方を探索しております」
「完璧だ、沙門。打てる手はすべて打っておくのだ。いざとなれば、俺のメイド・イン・ヘルで八つ裂きにしてやるがな」
「王を動かしてしまっては、配下としてすたりますけれどね?」
彼らは肩を揺らした。
「さあ、日和ちゃんよ。どう料理してくれようかな? ははっ、ははは!」
天国に一番近い場所にいる男は、このようにしていつまでも笑いつづけた――
弟・鬼堂沙門が運転する車の中で、兄・鬼堂龍門は不快そうにつぶやいた。
「兄さん、さすがにまずかったのでは? もし元帥の機嫌を損ねてしまったら……」
「沙門よ、これも計略のうちさ。総帥閣下は非常に気まぐれなお方だ。俺はただ、あわよくば浅倉がつぶされるように誘導しているだけだよ」
グラスに注いだミネラルウォーターでのどを潤す。
総理大臣に就任したとき、プライベートでのアルコール類は一切断った。
いつなんどき危険にさらされるかもしれないという気構えからである。
「諸刃の剣ではないでしょうか?」
弟・沙門がハンドルを操作しながら語りかける。
「かまわんさ。さすがの総帥閣下も、よほどの大義名分がありでもしないかぎり、身内に手をかけることなどはありえん。リーダーとはそういうものだ、おしなべてな。掌握するフレームが大きくなればなるほど、支配者というものはいやおうなく、より大局を見ざるを得なくなる。王様のジレンマとでも言うべきか……」
「首を落とされた王様もいますよ?」
顔を緩める弟に、兄もつられてほほえむ。
「ふっ、いいぞ沙門。まさにそこ、そこなのだ。いつ首を落とされるかもわからないという緊張感、それこそが王を強くするのだ」
「さすがは兄さん、まさに王者としてふさわしい」
二人はくつくつと笑いあった。
「それにしても、万城目日和だ。あのいまいましい優作の娘が、いまになってのこのこと姿を現すとはな。前々から俺のことを探っている様子ではあったが……」
「官邸や各省庁へときおりアクセスしてくる謎の脅迫者。コードネームは"Lizard"。真面目なんですね、彼女」
「まったくだ、親父にそっくりでむしずが走る。沙門よ、さくら館を監視しろ。やつの動きを探れ。俺の寝首をかこうとたくらんでいないわけがないからな」
「はっ。処遇についてはいかがいたしますか?」
「実際に動くのはまだだ。総帥閣下の許可がいる。そっちのほうが、もっとおそろしいからな」
「あのアパートともつながりのある、斑曲輪民部卿にも打診してみてはいかがでしょうか?」
「なるほど、な……その手があったか。さすがは沙門、おまえは頼りになる弟だ、実にな」
「滅相もございません。すべては兄さんの天下取りのためですよ?」
「ははっ、そうだな。そのためには、目障りなのは日和だけではない、な……」
「おそろしいことですね。しかし、扉は開かれている……」
ハンドルのグリップに、小さな群れがうごめいている。
小指ほどもない「妖精」たち。
童話に登場するようなかっこうをして、鬼堂沙門の手の周りにじゃれている。
「俺のアルトラ、オベロンは遠隔操作が可能です。こいつらもすでにネットワーク上に解き放ち、トカゲ少女の行方を探索しております」
「完璧だ、沙門。打てる手はすべて打っておくのだ。いざとなれば、俺のメイド・イン・ヘルで八つ裂きにしてやるがな」
「王を動かしてしまっては、配下としてすたりますけれどね?」
彼らは肩を揺らした。
「さあ、日和ちゃんよ。どう料理してくれようかな? ははっ、ははは!」
天国に一番近い場所にいる男は、このようにしていつまでも笑いつづけた――
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