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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第41話 とぐろと鎌首
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「ウツロ、あなた、狙われてるよ?」
「な……」
北天門院鬼羅は出し抜けにそう言い放った。
「どういうこと? 鬼羅」
星川雅がその意味を問いただす。
「雅羅さまがね、似嵐家の御庭番を放ったんだよ。もちろんウツロ、あなたがお家を継承するに足る器かどうか、確かめるためにね」
「な……」
「実家」が刺客を放っただと?
しかもいま話を聞いたばかりの祖母・似嵐雅羅の命ということらしい。
つくづく俺は、こういう星の下に生まれついたのか?
気の休まる暇すらない。
北天門院鬼羅はキッと視線を鋭くした。
「はっきりと言ってあげる。そのほうがあなたのためにもなるだろうからね。雅羅さまはあなたのことを、お気に召してはいないようなんだよ。だからこそ、試す心づもりでいるみたいなんだ」
やはりというか、そうだろう。
複雑だ、「身内」からそんな仕打ちを受けるというのは。
ウツロに気をつかって星川雅がフォローしようとする。
「鬼羅、それは確かなことなの?」
「嘘ついたって意味ないじゃん。わたし、自分の得にならないことをするのが、一番嫌いなんだ。雅ならそのこと、ちゃんとわかってるでしょ?」
「ん……」
フォローはたいして効果をなさないようだ。
ウツロはいとこの配慮を申し訳なく思い、逆にフォローしようと試みる。
「いや、雅、気づかいは無用だ。俺は確かに、ほめられた出自なんて持っていない。血統を継いでいるというだけであって、そんな名家の敷居をやすやすとまたげるだなんて、思ってはいないさ」
引っかかる表現に、北天門院鬼羅はウツロの顔をのぞきこんだ。
「その言い方、なんか気になるね。まるでまたぐつもりがあるみたいに聞こえるけど?」
「鬼羅、俺にだってね、まっとうな野心くらいあるんだよ?」
ウツロはかすかに口角を緩くした。
「ふうん」
彼女はいぶかった。
こいつの意図が読めない。
何を考えている?
あるいは、まさか……
「男性特有なのかはわからないけど、見かけによらないんだね、ウツロ?」
「軽蔑したかい?」
「いや、逆だよ。そういうのわたし、案外嫌いじゃないかも」
ペロリと舌をなめる。
ウツロはその対応に内心満足感があった。
「君は頼りになりそうだね、鬼羅?」
「はっ、なにそれ!? わたしがあなたに力を貸すとでも?」
「さあ、そのときにならなければ、わからないね……」
「……」
好戦的な表情をするウツロ。
北天門院鬼羅はだんだとわかってきた。
この少年がどんなことを考えているかを。
ここはひとつ、あえて利用されるという選択肢を用意しておくのも、面白そうだ。
彼女は体を返して笑いかける。
「やり手だね、ウツロ。雅、どう思う?」
星川雅にもさりげなく承諾を確認する。
この状況では実に合理的な対処であると言えよう。
「変わったよね、ウツロ? いや、いい意味でってことでね。この間までめそめそ泣いてたガキだったのに、よくもまあここまで成長したものだよ」
星川雅も理解している。
ウツロの考えていること、そして同様に、北天門院鬼羅の腹を。
ここは自分も乗ってみるのが妥当、いや、あるいはそれが、最大公約数的な意味合いを持つのかもしれない。
「君にそう言ってもらえると、非常に光栄だな」
「はあっ! よくもまあ、いけしゃあしゃあと! 叔父さまやアクタに合わせる顔があるの!?」
ウツロは思っていた。
話のわかる連中でよかったと。
俺は曲がってしまったのか?
本当にアップグレードなのか?
しかし、しかしだ。
ネズミも強くなりたいのだ。
毒虫だって光の当たる場所に行きたいのだ。
そう考えていた。
「それを指摘されるとつらいな。しかし、それと向き合うことが大切なのであって――」
「ああ、もういい。わかったから」
星川雅は顔をそらして手をひらひらと振った。
北天門院鬼羅はニコニコとしている。
「なんだか面白いやつだね、ウツロ? みんなが集まってくる理由が、なんだかわかってきた気がするよ」
「おそれおおいよ、鬼羅?」
いままさに死闘が繰り広げられようとしている。
そんな極限下においての手練手管に、少女両名は認めるところがあった。
この少年、ウツロのおそるべき成長速度について。
「さて、間もなくだよ、二人とも? さすがに今後は空気を読んでよね?」
星川雅は場を収めにかかる。
「わかってるよ、雅。用はもう済んだから」
「……」
彼女は思った。
わたしがヘビですって?
よくもまあ、ぬけぬけと。
ウツロ、いまのあなたのほうが、よっぽどヘビに見えるよ?
そう、まるでとぐろを巻き、鎌首をもたげたヘビそのもの。
獲物に照準を定め、虎視眈々と食らいつくタイミングを狙っている。
ふふ、これはいい。
いよいよ面白くなってきた。
せいぜい利用させてもらうよ、ウツロ?
こんなふうに腹の中でせせら笑った。
「じゃ、わたしも戻ることにするね。またね、雅、ウツロ」
北天門院鬼羅はきびすを返し、三千院家のほうへと歩いていく。
ウツロ、こいつはひょっとしたら、おそるべきミラクルを起こしてくれるのでは?
方向性は少し違えど、彼女もやはり、星川雅と同じことを考えていた。
対峙してから時間にしてたかだか数分。
しかしその数分で、ウツロは将来的な地盤をひとつ固めることに成功したのだ。
実際、北天門院鬼羅の心には、すでにこのウツロという少年の存在が、しっかりと刻みこまれていたのである。
「頼りになるいとこで助かったよ」
「やめてよ、気色悪い」
「道は長く険しい、でも、着実に歩く必要があると思うんだ」
「はっ、メタファーのつもり? まったく、あなたらしいよね」
こうしてウツロと星川雅は、自分たちのスペースのほうへとはけていった。
かくかくと揺れそうになる両肩をがんばって抑えながら。
「な……」
北天門院鬼羅は出し抜けにそう言い放った。
「どういうこと? 鬼羅」
星川雅がその意味を問いただす。
「雅羅さまがね、似嵐家の御庭番を放ったんだよ。もちろんウツロ、あなたがお家を継承するに足る器かどうか、確かめるためにね」
「な……」
「実家」が刺客を放っただと?
しかもいま話を聞いたばかりの祖母・似嵐雅羅の命ということらしい。
つくづく俺は、こういう星の下に生まれついたのか?
気の休まる暇すらない。
北天門院鬼羅はキッと視線を鋭くした。
「はっきりと言ってあげる。そのほうがあなたのためにもなるだろうからね。雅羅さまはあなたのことを、お気に召してはいないようなんだよ。だからこそ、試す心づもりでいるみたいなんだ」
やはりというか、そうだろう。
複雑だ、「身内」からそんな仕打ちを受けるというのは。
ウツロに気をつかって星川雅がフォローしようとする。
「鬼羅、それは確かなことなの?」
「嘘ついたって意味ないじゃん。わたし、自分の得にならないことをするのが、一番嫌いなんだ。雅ならそのこと、ちゃんとわかってるでしょ?」
「ん……」
フォローはたいして効果をなさないようだ。
ウツロはいとこの配慮を申し訳なく思い、逆にフォローしようと試みる。
「いや、雅、気づかいは無用だ。俺は確かに、ほめられた出自なんて持っていない。血統を継いでいるというだけであって、そんな名家の敷居をやすやすとまたげるだなんて、思ってはいないさ」
引っかかる表現に、北天門院鬼羅はウツロの顔をのぞきこんだ。
「その言い方、なんか気になるね。まるでまたぐつもりがあるみたいに聞こえるけど?」
「鬼羅、俺にだってね、まっとうな野心くらいあるんだよ?」
ウツロはかすかに口角を緩くした。
「ふうん」
彼女はいぶかった。
こいつの意図が読めない。
何を考えている?
あるいは、まさか……
「男性特有なのかはわからないけど、見かけによらないんだね、ウツロ?」
「軽蔑したかい?」
「いや、逆だよ。そういうのわたし、案外嫌いじゃないかも」
ペロリと舌をなめる。
ウツロはその対応に内心満足感があった。
「君は頼りになりそうだね、鬼羅?」
「はっ、なにそれ!? わたしがあなたに力を貸すとでも?」
「さあ、そのときにならなければ、わからないね……」
「……」
好戦的な表情をするウツロ。
北天門院鬼羅はだんだとわかってきた。
この少年がどんなことを考えているかを。
ここはひとつ、あえて利用されるという選択肢を用意しておくのも、面白そうだ。
彼女は体を返して笑いかける。
「やり手だね、ウツロ。雅、どう思う?」
星川雅にもさりげなく承諾を確認する。
この状況では実に合理的な対処であると言えよう。
「変わったよね、ウツロ? いや、いい意味でってことでね。この間までめそめそ泣いてたガキだったのに、よくもまあここまで成長したものだよ」
星川雅も理解している。
ウツロの考えていること、そして同様に、北天門院鬼羅の腹を。
ここは自分も乗ってみるのが妥当、いや、あるいはそれが、最大公約数的な意味合いを持つのかもしれない。
「君にそう言ってもらえると、非常に光栄だな」
「はあっ! よくもまあ、いけしゃあしゃあと! 叔父さまやアクタに合わせる顔があるの!?」
ウツロは思っていた。
話のわかる連中でよかったと。
俺は曲がってしまったのか?
本当にアップグレードなのか?
しかし、しかしだ。
ネズミも強くなりたいのだ。
毒虫だって光の当たる場所に行きたいのだ。
そう考えていた。
「それを指摘されるとつらいな。しかし、それと向き合うことが大切なのであって――」
「ああ、もういい。わかったから」
星川雅は顔をそらして手をひらひらと振った。
北天門院鬼羅はニコニコとしている。
「なんだか面白いやつだね、ウツロ? みんなが集まってくる理由が、なんだかわかってきた気がするよ」
「おそれおおいよ、鬼羅?」
いままさに死闘が繰り広げられようとしている。
そんな極限下においての手練手管に、少女両名は認めるところがあった。
この少年、ウツロのおそるべき成長速度について。
「さて、間もなくだよ、二人とも? さすがに今後は空気を読んでよね?」
星川雅は場を収めにかかる。
「わかってるよ、雅。用はもう済んだから」
「……」
彼女は思った。
わたしがヘビですって?
よくもまあ、ぬけぬけと。
ウツロ、いまのあなたのほうが、よっぽどヘビに見えるよ?
そう、まるでとぐろを巻き、鎌首をもたげたヘビそのもの。
獲物に照準を定め、虎視眈々と食らいつくタイミングを狙っている。
ふふ、これはいい。
いよいよ面白くなってきた。
せいぜい利用させてもらうよ、ウツロ?
こんなふうに腹の中でせせら笑った。
「じゃ、わたしも戻ることにするね。またね、雅、ウツロ」
北天門院鬼羅はきびすを返し、三千院家のほうへと歩いていく。
ウツロ、こいつはひょっとしたら、おそるべきミラクルを起こしてくれるのでは?
方向性は少し違えど、彼女もやはり、星川雅と同じことを考えていた。
対峙してから時間にしてたかだか数分。
しかしその数分で、ウツロは将来的な地盤をひとつ固めることに成功したのだ。
実際、北天門院鬼羅の心には、すでにこのウツロという少年の存在が、しっかりと刻みこまれていたのである。
「頼りになるいとこで助かったよ」
「やめてよ、気色悪い」
「道は長く険しい、でも、着実に歩く必要があると思うんだ」
「はっ、メタファーのつもり? まったく、あなたらしいよね」
こうしてウツロと星川雅は、自分たちのスペースのほうへとはけていった。
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