桜の朽木に虫の這うこと

朽木桜斎(くちき おうさい)

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第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)

第46話 無明の太刀

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「秘剣・無明むみょう太刀たち――」

「――っ!?」

 納刀した森花炉之介もり かろのすけが柄に手をかけると、姫神壱騎ひめがみ いっきの腕から噴水のような鮮血が上がった。

「むう、あの技は……」

「気がつきましたか、霊光れいこうさん」

 百鬼院霊光ひゃっきいん れいこう三千院静香さんぜんいん しずかのこめかみがけいれんする。

「忘れるはずなどございません。わがまなこから光を奪い去った、にっくきあの男の剣……!」

「魔人・暁月明染あきづき みょうぜんの秘剣、その名を無明の太刀。その正体は、神速を持つ抜刀術――」

「森花炉之介、まさか師から体得していたとは……」

 百鬼院霊光はひざがしらを握りしめた。

「聞いてのとおりです、壱騎さん。わが師・暁月明染からたまわったこの神速の抜刀術、あなたのような前途ある少年に使いたくはありませんでしたが……」

 森花炉之介は再び納刀する。

 姫神壱騎は荒くなった呼吸を整えながら、上腕をたすきで縛って止血をした。

「何をおっしゃいますか森さん、すべてを賭けるとお互いに申し上げたはず。この姫神壱騎、腐っても剣士の端くれなれば、卑怯だなどと唾を吐く気は毛頭ございません」

「お見事です。ただそのひとことに尽きます」

「では」

「参りますぞ――!」

 桜の森の中心で、二つの剣が激突する。

「まだまだあっ!」

 勢いあまって火花が目視できるほどだ。

「マジでバケモノかよ、あいつら……」

 南柾樹みなみ まさきが目を見張る。

「いや柾樹、おそらく二人とも、ようやく温まってきたといったところだろう」

 ウツロは汗をかきながらも、冷静に状況を観察していた。

「ここはどちらか、一瞬でも気の抜いたほうの負けだね」

 星川雅ほしかわ みやびも勝負の成り行きを心得ている。

「ちい、寿命が縮まりそうだぜ……」

 万城目日和まきめ ひよりは強く歯がみをした。

「壱騎さん、ご武運を……!」

「壱騎さん……!」

 真田龍子さなだ りょうこ真田虎太郎さなだ こたろうの姉弟は、新しい友の無事を心の底から願った。

「父上、この勝負、どちらのほうが勝つと?」

 三千院静香のとなりに控えているひとり息子・三千院遥香さんぜんいん はるかがつぶやいた。

「無粋ですよ、遥香。これほどのもののふ同士の勝負に、そのような口をはさむのは」

「平に」

「……」

 三千院遥香は少年期の三千院静香によく似た容姿の高校生だ。

 着物をまとっている姿は若かりしころの父を彷彿させ、実に凛としている。

「ハルちゃんはどう思うの?」

 北天門院鬼羅ほくてんもんいん きらがひょいと顔を出す。

「さあね、鬼羅。僕のような未熟者には、推しはかるのが難しい世界だよ」

「ふうん」

 どこかひょうひょうとした態度に、少女は口にふくんだガムをぷくっとふくらませた。

「ふう、壱騎さん、あなたはとうに、お父上を越えられている……!」

「そうだとしたのならうれしいことではありますが、あなたにご指摘を受けるのは複雑ですね、森さん……!」

 二人の剣士はどこか楽しんでいる様子だった。

「ならば、このようなものはいかがでしょう?」

 森花炉之介はまたも納刀した。

無明流むみょうりゅう・二の太刀たち、秘剣・十一面観音じゅういちめんかんのん――!」

「くっ――!」

 神速での連撃、それはまさに、十一面観音がその手を伸ばしてくるがごとくであった。

 姫神壱騎がどんどん押されていく。

「全部で五つある無明の太刀。通常版を一の太刀とし、十一・百・千、そして万」

「おくわしいのですね、父上?」

「当然です。わたしはかつて、そのついの太刀、五の秘剣・曼珠沙華まんじゅしゃげによって、敗北を喫している……!」

 息子の問いかけに、剣神の体が震えた。

「三千院流の最終奥義・三千世界さんぜんせかいをもってしてもでございますか?」

「技のせいではありません。わたしが単に、未熟だったというだけのこと……」

 彼は追憶した。

 生涯でただの一度きり、自分の勝つことがかなわなかった相手に。

「はは、わたしは師の少ない弟子の中でも一番の劣等生でしてね。覚えることができたのは、この二の秘剣までなのです」

 森花炉之介は優勢になったってきたことで、内心安堵を得た。

 あとひと押しだ。

 あとひと押しで、わたしの勝ちだ……!

「ご覚悟、壱騎さん――!」

 少年はくすりと笑った。

「な……」

 目をつむった。

 姫神壱騎は刀を振り上げた状態で、その両眼を閉じたのである。

「なんという、虚勢を……!」

「そう見えますか、森さん?」

「わたしを侮辱する腹づもりなのでしょうか?」

「いえ、断じてそのような意図ではありません。そして、もしこれが虚勢やはったりに見えたのだとしたら、森さん……あなたの負けだ……!」

「……」

 全盲の剣客は心の中で激高した。

 目の見えないわたしに対し、目をつむるという行為。

 これが侮辱でなくていったいなんだ?

 虚勢、はったりだ。

 生来、光を得ないわたしが、それこそ死にもの狂いで会得した境地、こんなガキに、たどりつけるわけがない……!

「ウツロ」

「は」

「この試合、心を閉ざした者の負け、そうだね?」

「おっしゃるとおりです、壱騎さん」

「ならば借りるよ、君の力をね」

「御意。ぞんぶんにお使いください……!」

 姫神壱騎は背後にいるウツロと対話した。

 森花炉之介は思った。

 いよいよ乱心したか、姫神壱騎。

 何をわけのわからないことを……

 負けるだと?

 このわたしが?

 こんなガキに?

 たわけたことを。

 そんなことがあるはずがない。

 自分を信じろ。

 わたしは地獄の渡し守、魔人・カロンと呼ばれた男だぞ?

 絶対にあるはずがない、あるはずがないのだ。

 このわたしが、こんなガキに敗北をすることなど……

「ならば、参りますよ? 壱騎さん――っ!」

 森花炉之介が動く。

 姫神壱騎は――

「父さん、ウツロ、いまこそ――!」

「ご覚悟おおおおおっ!」

 中年男が咆哮した。

「姫神流・ウツロ太刀たち――!」
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