234 / 244
第3作 ドラゴン・タトゥーの少年 桜の朽木に虫の這うこと(三)
第72話 月がきれいですね
しおりを挟む
「あ、があああああっ――!」
ディオティマが羽柴雛多へとどめをさそうとした瞬間、地下シェルター内におぞましい絶叫がこだました。
声の主は――
「わたしの体がっ、燃える……!」
ディオティマのほうだった。
彼女は地獄のような業火に身をいだかれ、その熱さにもだえ苦しんでいる。
「俺はね、肉体そのものを太陽に変えることもできるんです。文字どおり、命の炎なわけですが」
外側からではない、古代ギリシャの巫女は内側からその身を焼かれているのだ。
「あなたの能力が俺の手足をどこへ送ったのかはわからない。しかし、だいたいの位置はわかった。それを太陽に変換し、呼び寄せて着火したというわけです」
汎用性の高い能力であることを示唆する。
だが当のディオティマは、猛烈な火炎の勢いにそれどころではなかった。
彼女が開きかけていた「帯」の中から、羽柴雛多の「手足」がぬうっと顔を出した。
それらは吸い寄せられるように「本体」へとくっついていく。
「こっちも痛いんだから、ディオティマさんにも味わってもらいますよ?」
巫女は激痛にありながらも必死に考えた。
どうやってこの窮地を脱するのかを。
そして思いついた。
「ふぁっ、ファントム・デバイス……!」
「へぇ」
炎が「帯」の中へ吸い寄せられていく。
それも巫女の生皮ごとだ。
先ほどの荒療治のさらに上をいく荒療治。
しかし耐えがたい苦しみこそあれど、これが一番合理的である。
「すげぇ根性。そのへんのへなちょこなんかよりもディオティマさん、あなたのほうあがよっぽど漢ですよ?」
「光栄、ですよ……ミスター、羽柴……」
幹部へ帯がシュルシュルと伸び、包帯のように火傷のあとをふさいだ。
なるほど、これなら暫定的にでも一命はとりとめられるかもしれない。
「かっこいい、さっきの言葉、訂正したくなってきたかもです。あなたは素敵だ、ディオティマさん」
「モテる女は、ふふっ、つらいですねぇ」
炎はだいぶ収まってきた。
だが二人とも負傷は甚大であり、満身創痍もここに極まれりといったところである。
「どうしますか? まだやりますか?」
羽柴雛多がたずねる。
「いや、とりあえずここは痛み分けってことでいかがでしょう? お互いもう戦える状態ではありませんし」
「いいですよ。俺も久しぶりに楽しめましたし。ご自分でお帰りになれますか?」
「ははっ、この状況でわたしを気づかってくれるとは。ほんと、つくづく漢ですね、ミスター羽柴? あなたこそわたしをみすみす逃がしてしまったとあっては、それこそ組織からおとがめを受けてしまうのでは?」
「ぷっ、俺の心配をしてくれるんですか? そちらこそやさしいですね、ディオティマさん? 安心してください、俺はそんな、やわじゃない」
「ははっ、最高だ! あなたは本当に最高です、ミスター羽柴!」
「あなたもね、ディオティマさん? ただのマッドサイエンティストにすぎないとばかり思ってましたが、理念や矜持、なによりも覚悟をお持ちのようだ」
「モテる男は言うことが違いますねぇ」
「おかげさまで」
二人は盛大に笑いあった。
奇妙ではあるが、ここに友情とも恋愛とも違う、なんらかの強いシンパシーを互いに感じ取ったのである。
「ちょうど新しいボディを探していたところなのです。ミスター羽柴、わたしのパートナーにいかがですか?」
「プロポーズですか?」
「さあ」
「そうやって何千年も旅をしてこられたのですね。どうせなら俺も、永遠の存在にしてくださいよ」
「あなたの息の根をとめてですか?」
「ぷっ」
再び笑いあう。
「またお会いしたいですね、ミスター羽柴。そのときゆっくり、今後について話しあいましょう」
「遠距離ですか、それもまた、いいでしょう」
「ふはっ! つくづくいい男だ、あなたは」
ディオティマが「帯」の中へ消えていく。
「月が、きれいですね」
最後にそう言い残した。
羽柴日向はズタボロになった体を、焼けただれたコンクリートの地面へ預ける。
「月ねぇ」
腕を組んで高い天井を見上げる。
ぶきっちょな告白なのか、それともあえてそう見せかけたのか。
いまの彼にはどうでもよかった。
ただ、いまはとても気分がいい。
それだけは、確かなようだった。
ディオティマが羽柴雛多へとどめをさそうとした瞬間、地下シェルター内におぞましい絶叫がこだました。
声の主は――
「わたしの体がっ、燃える……!」
ディオティマのほうだった。
彼女は地獄のような業火に身をいだかれ、その熱さにもだえ苦しんでいる。
「俺はね、肉体そのものを太陽に変えることもできるんです。文字どおり、命の炎なわけですが」
外側からではない、古代ギリシャの巫女は内側からその身を焼かれているのだ。
「あなたの能力が俺の手足をどこへ送ったのかはわからない。しかし、だいたいの位置はわかった。それを太陽に変換し、呼び寄せて着火したというわけです」
汎用性の高い能力であることを示唆する。
だが当のディオティマは、猛烈な火炎の勢いにそれどころではなかった。
彼女が開きかけていた「帯」の中から、羽柴雛多の「手足」がぬうっと顔を出した。
それらは吸い寄せられるように「本体」へとくっついていく。
「こっちも痛いんだから、ディオティマさんにも味わってもらいますよ?」
巫女は激痛にありながらも必死に考えた。
どうやってこの窮地を脱するのかを。
そして思いついた。
「ふぁっ、ファントム・デバイス……!」
「へぇ」
炎が「帯」の中へ吸い寄せられていく。
それも巫女の生皮ごとだ。
先ほどの荒療治のさらに上をいく荒療治。
しかし耐えがたい苦しみこそあれど、これが一番合理的である。
「すげぇ根性。そのへんのへなちょこなんかよりもディオティマさん、あなたのほうあがよっぽど漢ですよ?」
「光栄、ですよ……ミスター、羽柴……」
幹部へ帯がシュルシュルと伸び、包帯のように火傷のあとをふさいだ。
なるほど、これなら暫定的にでも一命はとりとめられるかもしれない。
「かっこいい、さっきの言葉、訂正したくなってきたかもです。あなたは素敵だ、ディオティマさん」
「モテる女は、ふふっ、つらいですねぇ」
炎はだいぶ収まってきた。
だが二人とも負傷は甚大であり、満身創痍もここに極まれりといったところである。
「どうしますか? まだやりますか?」
羽柴雛多がたずねる。
「いや、とりあえずここは痛み分けってことでいかがでしょう? お互いもう戦える状態ではありませんし」
「いいですよ。俺も久しぶりに楽しめましたし。ご自分でお帰りになれますか?」
「ははっ、この状況でわたしを気づかってくれるとは。ほんと、つくづく漢ですね、ミスター羽柴? あなたこそわたしをみすみす逃がしてしまったとあっては、それこそ組織からおとがめを受けてしまうのでは?」
「ぷっ、俺の心配をしてくれるんですか? そちらこそやさしいですね、ディオティマさん? 安心してください、俺はそんな、やわじゃない」
「ははっ、最高だ! あなたは本当に最高です、ミスター羽柴!」
「あなたもね、ディオティマさん? ただのマッドサイエンティストにすぎないとばかり思ってましたが、理念や矜持、なによりも覚悟をお持ちのようだ」
「モテる男は言うことが違いますねぇ」
「おかげさまで」
二人は盛大に笑いあった。
奇妙ではあるが、ここに友情とも恋愛とも違う、なんらかの強いシンパシーを互いに感じ取ったのである。
「ちょうど新しいボディを探していたところなのです。ミスター羽柴、わたしのパートナーにいかがですか?」
「プロポーズですか?」
「さあ」
「そうやって何千年も旅をしてこられたのですね。どうせなら俺も、永遠の存在にしてくださいよ」
「あなたの息の根をとめてですか?」
「ぷっ」
再び笑いあう。
「またお会いしたいですね、ミスター羽柴。そのときゆっくり、今後について話しあいましょう」
「遠距離ですか、それもまた、いいでしょう」
「ふはっ! つくづくいい男だ、あなたは」
ディオティマが「帯」の中へ消えていく。
「月が、きれいですね」
最後にそう言い残した。
羽柴日向はズタボロになった体を、焼けただれたコンクリートの地面へ預ける。
「月ねぇ」
腕を組んで高い天井を見上げる。
ぶきっちょな告白なのか、それともあえてそう見せかけたのか。
いまの彼にはどうでもよかった。
ただ、いまはとても気分がいい。
それだけは、確かなようだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる