あと少しの生命なら

sawa

文字の大きさ
8 / 14

8

しおりを挟む
医者が部屋を出ていった後、ブルーノが部屋に訪れた。

「……セシリア嬢。急に倒れるなんて何かの病気だったのか?」

書斎のブルーノと同一人物とは思えないほどの戸惑いが見える優しい声だった。
だが、セシリアでさえも、自分の体の痛みの理由は分からない。ブルーノに病気なのかと聞かれても答えられないのだ。何も答えることが出来ずにいると、
「とりあえず、体を起こそう。」
そう言って体を起こしてくれたブルーノの手つきがあまりに壊れやすいものに触れるかのようで、セシリアは涙を静かに流した。

そんな風に触れられたのは、本当に久しぶりだった。背中に触れたブルーノの体温がじんわりとセシリアに溶け込んでいくようだった。

病気なのではないかと問われたのは初めてだった。有り得ないほど悲鳴をあげながら泣いた時にも、鬱陶しいような対応を取られたことしかなかった。
部屋にわざわざ運んで貰ったことも、これが初めてだった。結婚はしている身ではあるが、初対面の人間の為に、しかも魔力なしの為に夜遅くに馬を走らせて医者を連れてきてもらったことだって当たり前のように1度もなかった。

そんな初めての温かい対応に突然泣き出したセシリアをどうしようも出来ずに、何も知らないブルーノはセシリアから目を逸らした。倒れる前に放った言葉が、態度が、ブルーノをなんとなく居心地悪くさせた。


「何があったのかは知らないが、先に病気なら病気だと教えるのが当たり前ではないのか?そうすれば、使用人達も貴方が動かないことをなにも言わなかったはずだ。アルフォンス家には、病人に働かせるような人間はいない。」

言葉は厳しいが、魔力なしに投げかけるにはあまりにも優しすぎるブルーノに、セシリアは期待した。期待してしまった。

嗚呼……もしかしたら、この人は自分をとして見てくれるかもしれないと。

溢れ出る涙をぐっとこらえ今できる最大限の礼を深々とした。
1度も言葉を発さないセシリアを妙だと思ったのか、ブルーノは
「少しくらい喋ったらどうだ。昨晩はあんなにも私に自らの行いを否定していたではないか。」
と、投げかけた。
だがセシリアは声を出すことは叶わない。セシリアとの会話は昨晩が最初で最後だったのだ。セシリアは首を振ることしか出来なかった。そんなセシリアに愛想を尽かしたのか、ブルーノはしばらくしてから部屋を出て行った。

セシリアは涙を拭うことも出来ずにそのまま泣いた。

ノックもされずに突然扉が開かれる。
そこに居たのは侯爵家であった。

「お前が病気だとバレなければ良かっただけなのだ。なぜ倒れた。なぜこらえることが出来なかったのだ。」
「どうしてバレたの!これで私たちが病持ちを公爵家にわざと嫁がせたと言われたらどうするつもりなの?!」

あまりにも自分本位な言葉を浴びせられた。ブルーノのおかげで和らいでいた心臓の痛みが酷く大きくなっていく気がした。

「お姉様は、自分に本当に価値があるって信じてるの?」

妹のリディアから発せられた言葉はセシリアを刺した。セシリアが何も言えないのをいいことにリディアは続けた。

「もしかして、公爵様に嫁げたからってリディアよりも上だって勘違いしちゃった?そんなはずないよね!だって、リディアと違って魔力がないんだもんね。リディアは人よりちょっと魔力が多いから、第2王子様の婚約者になるんだって!!ふふっ、お姉様はいつまでもリディアよりは上にいけないのね。泣いちゃって可哀想……」

リディアの顔は笑っていた。
最終的な意見は違えど、ブルーノが言っていたことと同じことをリディアはセシリアに言った。

『公爵家に嫁げたから公爵家の人間になれると思うな。』

その言葉がどんな罵倒より頭に残った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

きっと明日も良い天気

豆狸
恋愛
「今日は良い天気ですね」 「そうですね。きっと……明日も良いお天気でしょうねえ」 なろう様でも公開中です。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

[きみを愛することはない」祭りが開催されました~祭りのあと2

吉田ルネ
恋愛
出奔したサーシャのその後 元気かな~。だいじょうぶかな~。

処理中です...