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医者が部屋を出ていった後、ブルーノが部屋に訪れた。
「……セシリア嬢。急に倒れるなんて何かの病気だったのか?」
書斎のブルーノと同一人物とは思えないほどの戸惑いが見える優しい声だった。
だが、セシリアでさえも、自分の体の痛みの理由は分からない。ブルーノに病気なのかと聞かれても答えられないのだ。何も答えることが出来ずにいると、
「とりあえず、体を起こそう。」
そう言って体を起こしてくれたブルーノの手つきがあまりに壊れやすいものに触れるかのようで、セシリアは涙を静かに流した。
そんな風に触れられたのは、本当に久しぶりだった。背中に触れたブルーノの体温がじんわりとセシリアに溶け込んでいくようだった。
病気なのではないかと問われたのは初めてだった。有り得ないほど悲鳴をあげながら泣いた時にも、鬱陶しいような対応を取られたことしかなかった。
部屋にわざわざ運んで貰ったことも、これが初めてだった。結婚はしている身ではあるが、初対面の人間の為に、しかも魔力なしの為に夜遅くに馬を走らせて医者を連れてきてもらったことだって当たり前のように1度もなかった。
そんな初めての温かい対応に突然泣き出したセシリアをどうしようも出来ずに、何も知らないブルーノはセシリアから目を逸らした。倒れる前に放った言葉が、態度が、ブルーノをなんとなく居心地悪くさせた。
「何があったのかは知らないが、先に病気なら病気だと教えるのが当たり前ではないのか?そうすれば、使用人達も貴方が動かないことをなにも言わなかったはずだ。アルフォンス家には、病人に働かせるような人間はいない。」
言葉は厳しいが、魔力なしに投げかけるにはあまりにも優しすぎるブルーノに、セシリアは期待した。期待してしまった。
嗚呼……もしかしたら、この人は自分を人として見てくれるかもしれないと。
溢れ出る涙をぐっとこらえ今できる最大限の礼を深々とした。
1度も言葉を発さないセシリアを妙だと思ったのか、ブルーノは
「少しくらい喋ったらどうだ。昨晩はあんなにも私に自らの行いを否定していたではないか。」
と、投げかけた。
だがセシリアは声を出すことは叶わない。セシリアとの会話は昨晩が最初で最後だったのだ。セシリアは首を振ることしか出来なかった。そんなセシリアに愛想を尽かしたのか、ブルーノはしばらくしてから部屋を出て行った。
セシリアは涙を拭うことも出来ずにそのまま泣いた。
ノックもされずに突然扉が開かれる。
そこに居たのは侯爵家であった。
「お前が病気だとバレなければ良かっただけなのだ。なぜ倒れた。なぜこらえることが出来なかったのだ。」
「どうしてバレたの!これで私たちが病持ちを公爵家にわざと嫁がせたと言われたらどうするつもりなの?!」
あまりにも自分本位な言葉を浴びせられた。ブルーノのおかげで和らいでいた心臓の痛みが酷く大きくなっていく気がした。
「お姉様は、自分に本当に価値があるって信じてるの?」
妹のリディアから発せられた言葉はセシリアを刺した。セシリアが何も言えないのをいいことにリディアは続けた。
「もしかして、公爵様に嫁げたからってリディアよりも上だって勘違いしちゃった?そんなはずないよね!だって、リディアと違って魔力がないんだもんね。リディアは人よりちょっと魔力が多いから、第2王子様の婚約者になるんだって!!ふふっ、お姉様はいつまでもリディアよりは上にいけないのね。泣いちゃって可哀想……」
リディアの顔は笑っていた。
最終的な意見は違えど、ブルーノが言っていたことと同じことをリディアはセシリアに言った。
『公爵家に嫁げたから公爵家の人間になれると思うな。』
その言葉がどんな罵倒より頭に残った。
「……セシリア嬢。急に倒れるなんて何かの病気だったのか?」
書斎のブルーノと同一人物とは思えないほどの戸惑いが見える優しい声だった。
だが、セシリアでさえも、自分の体の痛みの理由は分からない。ブルーノに病気なのかと聞かれても答えられないのだ。何も答えることが出来ずにいると、
「とりあえず、体を起こそう。」
そう言って体を起こしてくれたブルーノの手つきがあまりに壊れやすいものに触れるかのようで、セシリアは涙を静かに流した。
そんな風に触れられたのは、本当に久しぶりだった。背中に触れたブルーノの体温がじんわりとセシリアに溶け込んでいくようだった。
病気なのではないかと問われたのは初めてだった。有り得ないほど悲鳴をあげながら泣いた時にも、鬱陶しいような対応を取られたことしかなかった。
部屋にわざわざ運んで貰ったことも、これが初めてだった。結婚はしている身ではあるが、初対面の人間の為に、しかも魔力なしの為に夜遅くに馬を走らせて医者を連れてきてもらったことだって当たり前のように1度もなかった。
そんな初めての温かい対応に突然泣き出したセシリアをどうしようも出来ずに、何も知らないブルーノはセシリアから目を逸らした。倒れる前に放った言葉が、態度が、ブルーノをなんとなく居心地悪くさせた。
「何があったのかは知らないが、先に病気なら病気だと教えるのが当たり前ではないのか?そうすれば、使用人達も貴方が動かないことをなにも言わなかったはずだ。アルフォンス家には、病人に働かせるような人間はいない。」
言葉は厳しいが、魔力なしに投げかけるにはあまりにも優しすぎるブルーノに、セシリアは期待した。期待してしまった。
嗚呼……もしかしたら、この人は自分を人として見てくれるかもしれないと。
溢れ出る涙をぐっとこらえ今できる最大限の礼を深々とした。
1度も言葉を発さないセシリアを妙だと思ったのか、ブルーノは
「少しくらい喋ったらどうだ。昨晩はあんなにも私に自らの行いを否定していたではないか。」
と、投げかけた。
だがセシリアは声を出すことは叶わない。セシリアとの会話は昨晩が最初で最後だったのだ。セシリアは首を振ることしか出来なかった。そんなセシリアに愛想を尽かしたのか、ブルーノはしばらくしてから部屋を出て行った。
セシリアは涙を拭うことも出来ずにそのまま泣いた。
ノックもされずに突然扉が開かれる。
そこに居たのは侯爵家であった。
「お前が病気だとバレなければ良かっただけなのだ。なぜ倒れた。なぜこらえることが出来なかったのだ。」
「どうしてバレたの!これで私たちが病持ちを公爵家にわざと嫁がせたと言われたらどうするつもりなの?!」
あまりにも自分本位な言葉を浴びせられた。ブルーノのおかげで和らいでいた心臓の痛みが酷く大きくなっていく気がした。
「お姉様は、自分に本当に価値があるって信じてるの?」
妹のリディアから発せられた言葉はセシリアを刺した。セシリアが何も言えないのをいいことにリディアは続けた。
「もしかして、公爵様に嫁げたからってリディアよりも上だって勘違いしちゃった?そんなはずないよね!だって、リディアと違って魔力がないんだもんね。リディアは人よりちょっと魔力が多いから、第2王子様の婚約者になるんだって!!ふふっ、お姉様はいつまでもリディアよりは上にいけないのね。泣いちゃって可哀想……」
リディアの顔は笑っていた。
最終的な意見は違えど、ブルーノが言っていたことと同じことをリディアはセシリアに言った。
『公爵家に嫁げたから公爵家の人間になれると思うな。』
その言葉がどんな罵倒より頭に残った。
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