あと少しの生命なら

sawa

文字の大きさ
11 / 14

11

しおりを挟む
それからは医者がセシリアの体をみて、カレンができるだけセシリアに無理をさせないように日常生活を手伝い、夜にブルーノが少しの時間だけ話をしに来るといった毎日を送っていた。
ブルーノは何も知らずにセシリアを糾弾した自責の念から、話をする時には魔法で体を治癒していってくれた。本人曰く、治癒は苦手らしくあまり効果がないとのことだったが、セシリアは自分のために魔法を使ってくれることが嬉しかった。少なくとも心の傷は癒えていった。

部屋の中にずっと籠っているのは体に悪いからと外に出るために車椅子を使って移動をするセシリアは、アルフォンス家の使用人にとって鬱陶しいものとなった。車椅子を使ってでしか移動ができない夫人はアルフォンス公爵家の人間として相応しくないと、毎日ブルーノに文句をぶつけていた。
「どうしてあのような魔力なしを家に置いておくのですか!」
「魔力なしのくせに他人に世話をされて当然のように振舞って!」
「私たちがわざわざ話しかけても使用人になど話す価値はないなどというのか、返答も何もしないのです!」
「あのような魔力なしではなく違う方を夫人にしてくださいませ!アルフォンス公爵家にはもっとふさわしい方がいらっしゃいます!」
ブルーノにはもう使用人の鬱憤を受け止めきれなくなっていた。病気だからと何度説き伏せても、それがなんだと言うのですかと返される。自分の勘違いで彼女を悪い気にさせてしまったから償いとして今治癒を施している途中だと言っても、魔力なしに貴重な大事なアルフォンス公爵家の魔法を使うなと責められた。どうすればいいのかブルーノにも分からないのだ。セシリアは悪くないと分かってはいても、使用人からの不満を聞く度に自然とブルーノの足はセシリアからだんだん遠のいていった。完全に来なくなるまで時間はかからなかった。




「最近旦那様はいらっしゃっていますか?」
カレンがそう尋ねてもセシリアは困った顔で笑うだけだった。

セシリアがブルーノを毎日密かに楽しみに待っていることなど見ていたらすぐに分かることだ。毎日は来ないが、2日に1度は必ず部屋に来る度にセシリアは笑みを深くするのだ。きっと、ブルーノがセシリアに歩み寄った結果、心を通じ合わせることが出来たのだろうと考えて、ブルーノが来る時には席を外していた。それがどうだろう。今日のセシリアはなんとなく悲しそうな顔をしている気がした。
カレンが見ていないときにブルーノが来ている様子は感じられない。
2日に1度が3日に1度、1週間に1度とブルーノの足は遠のいていき、ついには1度も来なかった週も少なくなくなって、来なくなった。少なくともこの何ヶ月かは会っていない。比例してなのかセシリアの笑顔は、ブルーノが来なくなる度に輝きを失っていき、笑わなくなっていった。


「奥様、少し気分転換に庭園に出ましょうか。」
ある日の朝、笑顔で提案をするカレンに頷き、痛み止めを飲んでから車椅子に乗ると、庭園へ向かった。車椅子に乗れるようになってから幾度も足を運んだ庭園だったが、暗い心がなんとなく明るくなるような気がした。
「見てください奥様!もうあんなにサザンクロスが花を咲かせていますよ!」
カレンは声色を明るくしてセシリアが元気になればいいとアルフォンス家の庭園を案内した。日が強くなったのでとガゼボに向かうと信じられない光景が目の前に広がった。


可愛らしい令嬢とブルーノが共にガゼボで茶を飲んでいた。


カレンはセシリアにどうにか見せてはいけないと目の前に立ったが、手遅れだった。
ブルーノを見開いた灰色の瞳に映してしまっていた。
セシリアはなんとも言えない心臓の痛みに車椅子から倒れそうになった。自分に一切見せてくれない笑顔は可愛らしい令嬢の前には屈託なく見せていた。優しい声も、気遣うような瞳も、自分だけのものではなかった。
心臓の痛みに、嗚呼……私は、私如きがブルーノ様をお慕いしていたのか……と初めて自覚することとなった。
ブルーノのセシリアに対する一面を、少なからずも自分のものだと思ってしまっていた自分に嫌気がさした。どうして私には見せてはくれない笑顔を見せているのかと嫉妬してしまった自分がいたことに何よりも嫌気がさした。
最近来なくなったのは、あの令嬢がいたからなのか。
自分とは違って輝くような金髪はまるでブルーノの銀髪と二つで一つかのように太陽の光を反射していた。優しそうに細められる薄緑色の瞳、笑う度にうかぶえくぼは妖精のように可愛らしさを増長させていた。
自分とは全く違う。
目を見開いたまま固まっているセシリアの近くを通った使用人に鼻で笑われた時に、今自分はあの令嬢と見比べられたと察した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

きっと明日も良い天気

豆狸
恋愛
「今日は良い天気ですね」 「そうですね。きっと……明日も良いお天気でしょうねえ」 なろう様でも公開中です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...