{完結保証}規格外の最強皇子、自由に生きて無双する〜どこへ行っても、後世まで語られる偉業を残していく、常識外れの皇子〜

Saioonji

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婚約者選抜

第78話「獣王国大使館」

帝都にあるアジス獣王国大使館は、貴族区の端に置かれていた。

帝国の中枢に近すぎず、かといって遠すぎもしない。各国の大使館が並ぶ一角の中でも、アジスの大使館は少し異質だった。

石造りの重厚な建物。

広い中庭。

そして、獣たちを休ませるための大きな厩舎。

人間の国である帝国の中にありながら、そこだけは獣王国の空気が残されていた。

巨大な獅子の獣が門をくぐると、大使館の中にいた者たちが一斉に動いた。

「テジナ殿下、ご到着です!」

その声に、待機していた獣人たちが頭を下げる。

だがテジナは、獣の背から降りると、軽く手を振っただけだった。

「堅苦しいのはいいわ」

そう言って、中庭へ足を進める。

先ほどまで帝都の門前で起きた緊張など、まるで何もなかったかのような歩き方だった。

だが、彼女の側近たちは違う。

誰もが、先ほどの光景を忘れられずにいた。

門前で現れた男。

ギルタル・アルノー。

皇太子アルトの右手と呼ばれる王太子補佐長。

そして――爵位を持たぬ身でありながら、魔力使用許可を持つ者。

応接室へ入ると、テジナは椅子に腰を下ろした。

「水」

短く言う。

すぐに侍女が水を差し出す。

テジナはそれを一口飲むと、ようやく口を開いた。

「帝国って、本当に変な国ね」

側近の一人が慎重に問う。

「門での件ですか」

「ええ」

テジナは肘をつき、口元を指でなぞった。

「門兵は引かなかった。普通なら、獣の群れを見ただけで道を空けるわ」

「帝国兵ですから」

「それだけじゃない」

テジナは即座に否定した。

「怖がってはいた。でも、退かなかった」

その言葉に、部屋の空気が少しだけ重くなる。

テジナは続けた。

「背後に帝国がある。だから引かない。自分より強い獣を前にしても、法を守る。……あれは、ただの兵じゃないわ」

「訓練が行き届いている、ということでしょうか」

「違うわね」

テジナは小さく笑う。

「信じてるのよ」

「何をです」

「帝国は自分たちを守るってことを」

短い沈黙。

それは単純なようで、実は恐ろしいことだった。

兵が国を信じている。

国が法を守らせる。

法を破れば、誰であっても止める。

それが普通に成立している。

だからこそ、帝都の門兵は王女の前でも退かなかった。

「それに、ギルタル」

テジナの声が少しだけ低くなる。

「あれは厄介ね」

側近たちが顔を上げる。

「殿下、やはり魔力は本物だったのですか」

「本物よ」

即答だった。

「皇帝や皇太子の魔力とは違う。でも、十分すぎる」

テジナは思い出す。

門前で放たれた、あの見えない圧。

獣たちは本能で危険を感じた。

それは、彼女自身も同じだった。

ただの人間なら、獣の群れを前に平静ではいられない。

だがギルタルは違った。

彼は恐れていなかった。

それどころか、はっきりと言った。

この程度の獣の群れなら、自分一人でどうにでもできる、と。

「……腹立つ男ね」

テジナはぽつりと呟く。

だが、その口元には笑みがある。

側近が恐る恐る言う。

「怒っておられるのですか」

「怒ってるわよ」

「では、なぜ笑っておられるのです」

テジナは楽しそうに答えた。

「面白かったからよ」

その一言で、側近たちは黙った。

彼女にとって、強い相手に出会うことは不快ではない。

むしろ、退屈を壊すものだった。

「皇太子の右手であれなら、皇太子本人はどうなのかしら」

テジナは窓の外を見る。

遠くに、皇城の白い塔が見えた。 

「魔力は訓練以外では爵位保持者以外は使えないはずなのにね」

テジナはそう言って、窓の外から視線を外さなかった。

遠くに見える皇城。

その白い塔は、帝都全体を静かに見下ろしているようだった。

側近の一人が、慎重に口を開く。

「ギルタル・アルノーは、まだ爵位を継いでおりません。ですが、アルノー公爵家の長男であり、王太子補佐長です」

「それでも普通なら許可は下りないわ」

テジナは短く言った。

「魔力は、皇帝と皇太子だけのもの。爵位持ちが使う場合でも、皇帝か皇太子が“道”を繋げて、使用を許しているだけでしょう?」

「はい」

側近が頷く。

「つまり、ギルタル自身に魔力があるわけではありません」

「ええ」

テジナはゆっくりと振り返った。

「でも、だからこそ厄介なのよ」

部屋の空気が少しだけ変わる。

「自分の力じゃない。皇太子から繋がれた道を通して、魔力を使っている。つまりギルタルが動く場所には、アルト皇太子の力が届いているということ」

側近たちは黙り込んだ。

門前で感じた、あの重圧。

それはギルタル個人の力ではなかった。

ギルタルという人間を通して、皇太子アルトの魔力が現れていたのだ。

「……右手とは、よく言ったものね」

テジナは小さく笑った。

「本当に“手”なのよ。皇太子が、自分の届かない場所に伸ばした手」

その言葉に、誰もすぐには返せなかった。

力を持つ王は多い。

だが、自分の力を道として他者に繋げ、必要な場所で使わせる王は違う。

それはただの強者ではない。

仕組みを作る者だ。

「嫌なやり方ね」

テジナは窓の外を見た。

「本人が動かなくても、帝国は動く。皇太子がその場にいなくても、皇太子の力だけは届いている」

一拍置いて、楽しそうに口元を上げる。

「でも、面白いわ」

彼女は机の上の選抜案内へ視線を落とした。

礼法。

教養。

政治理解。

判断力。

危機対応。

婚約者選びにしては、あまりにも実務的な項目が並んでいる。

「この選抜も同じね」

「同じ、ですか」

「ええ」

テジナは頷く。

「美しいだけの女も、血筋だけの女もいらない。皇太子の隣に立って、帝国という仕組みの一部になれるか。それを見ている」

側近の一人が低く問う。

「殿下は、勝てるとお考えですか」

「勝つわ」

即答だった。

だが、すぐに続ける。

「ただし、力だけでは無理ね」

門前でそれを思い知らされた。

獣の群れを連れ、力を見せつければ通ると思った。

だが帝国は、それを真正面から押さえた。

しかも皇太子本人ではなく、その右手ひとつで。

「まずは見る」

テジナは言った。

「候補者たちを。帝国貴族を。そして、アルト皇太子を」

その名を口にした瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。

テジナは窓の外に広がる帝都を見下ろす。

完璧に整えられた都市。

揺らぎのない帝国。

そして、その中心にいる少年。

「あなたの隣に立てる者を選ぶんでしょう」

風が窓を揺らした。

テジナは楽しそうに笑った。

「なら、見せてあげるわ」

その目には、獣王国第一王女としての獰猛な光が宿っていた。

「私は、ただの獣じゃない」
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