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共に行く覚悟
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窓から差し込む日の光を浴び、ぼーっとしてしまいそうになるのを堪えながら、俺はさっきの授業の時の板書を少しばかり確認していた。
しっかりと授業を受けたのはいつぶりだろう、などと考えながらノートをパラパラとめくる。
今までなら授業が終わったらすぐにスマホを取り出してゲームをしていたのだが、この世界に来るときにスマホは持ってくることが出来なかったため授業が終わってもやることがない状況だ。
それに単純に異世界の勉強に着いていけるかが心配だというのもある。
これらの事情から渋々勉強をしていたところ1人の生徒が声を掛けてきた。
「この後は武闘競技祭のための演習授業だから早く着替えちゃった方がいいよ」
この世界に来てまだ数日しか経っていないのに声だけで誰だかわかってしまう。
それにわざわざ俺にそんなことを教えてくれるような面倒見の良い生徒を1人しか知らない。
俺が顔を上げると目の前には手提げ袋を持ったリヴィが立っていた。
きっと手提げ袋の中には着替えが入っているんだろう。
「うん、わかった」
俺は返事をしながらノートと教科書を閉じ鞄にしまう。
そして朝、昨日と同様に迎えに来てくれたリヴィに言われて持ってきた運動用の制服を取り出す。
この制服は伸縮性が良く動くのに適した素材でできている。おまけに魔力が付与されているらしく防御面でもある程度役に立つらしい。
取り出した運動用の制服を手に俺は立ち上がった。
そのまま教室を出ていこうとしたところリヴィがあることについて聞いてきた。
「それは持ってかなくていいの?」
リヴィは俺の鞄の隣に立てかけてある物を見つめていた。
銀色の鞘に銀色の柄。西洋の甲冑を身につけた騎士が持っていそうな剣を俺は掴んだ。
危うく忘れるところだったぜ。これから俺の相棒になる剣だ。大切にしないとな。
「朝も気になったんだけどその剣どうしたの?」
リヴィは不思議そうに俺が手にした剣を見つめていた。
そういえば朝もチラチラ見ている気はしたがバタバタしていたし聞けずにいたのだろう。
そんなリヴィに俺は誇らしげに気持ち胸を張りながら答える。
「昨日ダンジョンに行ったんだけど、その帰りに買ったんだ」
「ダンジョンに行ったの!?」
リヴィは驚いた様子でかなり大きな声を上げた。
教室にいたクラスメイトたちが一斉にこちらに視線を向ける。
さすがに言葉が足らなかったかな。
ちゃんと1人では行ってないから安心して!
「昨日はウォード先輩が一緒に行ってくれたから1人では行ってないよ」
とりあえずリヴィが心配しているであろうことは真っ先に否定しておく。
それを聞いた彼女は安堵の表情をしていた。
しかしすぐに怪訝そうな表情をしてまた俺のことを見つめてくる。
別に悪いことしたかな?
悪い事をしていなくても怪しまれると本当は何かしてしまったのではないかと自分でも疑ってしまうことってあると思うんだよね。
今がまさにその状況だ。
別に俺は何も悪いことはしていない!
自分を強く持たなくては。
そう思い俺は真っ直ぐにリヴィの目を見つめる。
「本当にウォード先輩と一緒に行ったの? こう言っちゃなんだけど、あの人は別次元の存在って感じで簡単に近づけない人なんだよ?」
ウォード先輩ってそんな風に思われてたのか。
確かに俺も同じ英雄という立場じゃなかったら話しかけられないかもしれない。
リヴィの言うことに納得できてしまう。
とはいえウォード先輩と一緒にダンジョンに行ったのは事実だ。
こればかりは信じてもらうしかない。
「たまたま部屋の前で会ったんだよ。それで話の流れで一緒に行ってくれることになって…」
どう話せばいいんだろう…。
ガチャを引く以外のことには何にも熱を注いでいないから対人でのことって正直苦手なんだよね。
そんなわけで俺が発する言葉は次第に弱くなっていってしまう。
「ふーん、そっか。とりあえず無事に戻ってこれてよかった」
尚も怪訝そうな顔つきのままだったリヴィだが一応は納得したのか一瞬笑顔を向けてからくるりとターンしてドアの方へと歩き始めた。
ターンに合わせてリヴィの茶髪のポニーテールの部分がぴょこんと揺れたのが何かとても可愛く見えた。
俺も更衣室に向かうべく席を立ちドアの方へと向かう。
リヴィのすぐ横に並んで歩く形になり彼女は昨日のことについて色々と聞いてきた。
「どうだった? 初めてのダンジョン」
どうだったと言われても、俺はウォード先輩に引っ付いてただけで何もしてないしな。
「なんか新鮮な感じだった」
とりあえずそう返す。
新鮮な感じがしたのは嘘ではない。鍾乳洞に近い感じなのかもしれないが生憎俺は鍾乳洞に行ったことがない。
それにウォード先輩が全部倒してくれたけど魔物を見たのも初めてだった。
全てが新鮮に感じられた気がする。
「ウォード先輩強かったでしょー」
そりゃあもう強かったなんてもんじゃないよ。
頼もしすぎたし、ちょっと羨ましくも思った。
俺もあんな強い力が欲しいし、実際皆はそれを期待していたのだろう。
すごく遠い人のように思えてしまうくらいに俺とウォード先輩の力の差は歴然だった。
「悠翔だっていつかは強くなれるんだから、今は焦らない! 今度は私も力になるから」
自分の力とウォード先輩の力を比較して色々と考えすぎてしまっている俺にリヴィは励ましの言葉をかけてくれた。
やっぱりリヴィは優しい。
めっちゃいい子だ。
「まあ私の場合1人じゃダンジョンの奥まで行けないんだけどね」
照れくさそうにリヴィは笑った。
昨日はいとも簡単に奥まで行けてしまったから感覚が麻痺してしまいそうになるが、あそこはかなり危険な場所だ。本来なら1人や2人で行くような場所ではないのだろう。
「いつか2人で奥まで行けるようになるといいね」
俺は希望を込めてそう口にした。
リヴィも笑顔で頷いてくれた。
この笑顔を見ているだけで頑張れそうな気がする。
もしかしたら俺のガチャ欲と張れるレベルかもしれない。
その後もリヴィと他愛もない話をしながら授業が行われる場所へと歩いていく。
階段に着くと階段を下りていき、1階にと到着しても更に下の階へと下りていく。
そして地下1階に到着すると廊下を進んでいき、すこし言ったところで更衣室へと着いた。
俺は男子更衣室に入ると運動用の制服に着替えて元々来ていた制服をロッカーの中にしまうと剣だけを持って更衣室の外に出た。
リヴィはまだいなかった。
いや、もしかしたらもう着替え終わって先に行ってしまったのかもしれない。
でもそれだといくら何でも着替えが早すぎる。ということはまだ着替えているのだろう。
ここは待った方がいいのだろうか。
女子との行動に慣れていない俺には全くわからない。
そんな風に葛藤していると女子更衣室のドアが開きリヴィが出てきた。
「おまたせ」
小走りでリヴィは俺の元に寄ってきた。
おまたせってことは待ってるので正解だったのか?
そこまで考えて俺は1つのことに気が付いた。
そういえば武闘競技祭の演習授業ってどこでやるのか知らないから1人で先に行くっていう選択肢は最初から無かったのだ。
ここが地下1階だということはわかるがそれ以上のことは何もわからない。
ということでリヴィに案内してもらう形で演習授業が行われる場所まで連れて行ってもらった。
といってもただ廊下をまっすぐ進んだだけなのだが。
少し行ったところでまた階段が見えてきた。
リヴィはその階段を下りていくので俺も着いていく。その途中でこの場所について説明してくれた。
「ここは闘技場。更衣室とかがあるのは闘技場の2階部分ね。で、今私たちが向かってるのが1階部分のグラウンド」
リヴィの説明から想像するにコロッセオ的なのが学園の地下にあるって感じなのかな。
さすがは異世界だ。
やっぱりスケールが違うぜ。
そして階段を下りきると屋外に通じてるのかと思ってしまう出入口が視界の先にあったが、この先にグラウンドがあるのだろう。
リヴィは何も気にせずにグラウンドへと歩いていくが、俺は何だか緊張してしまって一度深呼吸をした。
武闘競技祭の演習。
そして意を決して一歩前へと踏み出した。
そこにはかなりの広さの空間が広がっていた。
下は土でグラウンドを囲むように観客席もある。端から端まで100メートルはありそうだ。
グラウンドには既にたくさんの生徒が来ていた。
俺はここに集まった生徒たちを見渡す。
すると見知った顔を視界に捉えた。
金髪のロングヘアに整った目鼻立ち。それにあの凛々しい雰囲気をまとった女性は―。
「ウォード先輩」
俺はついそう口に出していた。
昨日のお礼を言いに行った方がいいかとも思ったが他の女生徒たちと談笑しているようだったので邪魔しても悪いなと思いスルーしようとしたが、俺のことに気が付いたウォード先輩が話を切り上げてこちらに向かってくる。
「やあ月城君」
笑顔で俺に声を掛けてくれた。
笑った姿も美しい。
「ウォード先輩、こんにちは。昨日はありがとうございました」
「気にしないでいいわ。また一緒に行ってあげるからいつでも声を掛けてね」
俺は昨日のことのお礼を告げると先輩はまた一緒に行ってくれると言ってくれた。
さすがに毎日は迷惑だろうから明日にでもまた行きたいな。
ていうか早く1人でダンジョン行けるようになってひたすら周回したいな。
美しい笑顔を向けてくれる先輩と俺の顔をリヴィは交互に見ていた。
何とも言えない不思議そうな表情をしている。
そんなリヴィのことを一瞬見たウォード先輩はリヴィにも微笑みを向ける。
「また何かあったら何でも聞いてちょうだい」
そう言うと先輩は元居た方に向き直り戻っていった。
「やっぱり綺麗な人だよね」
リヴィがぽつりと呟いた。
それは俺も同感だ。
2人して改めてウォード先輩に見惚れてしまい言葉を失ってしまう。
すると俺が知らない2人の教員らしき人がグラウンドに入ってきた。
ムキムキないかにも体育会系と言った感じの男ともう1人は女子大生っぽい感じの女の人だ。
「集合」
男の教員がグラウンド中に聞こえる声でそう言うとグラウンドにいた生徒が一斉に教員の元に集まっていく。
俺もとりあえず走っていく。
「いよいよ武闘競技祭も近くなってきた。そのため今日からは3学年合同で演習を行う」
やたら人数がいると思ったら3学年も集まっていたのか。
ていうか武闘競技祭っていつあるんだ?
ふと疑問に思い隣にいるリヴィにこっそり聞いてみる。
「武闘競技祭っていつあるの?」
「2週間後よ」
2週間後…。
早すぎない?
まあ今回の武闘競技祭にはさすがに俺は出場しないだろう。
そう思いながらも一応教員の指示を聞いてはいたが何を言ってるのかさっぱりわからなかった。
専門用語をいくつも使っていたので、どこからわからなくなったかもわからない。
そんな俺のことなどお構いなしに話は続いていき、ようやく終わりが来たのだが…、
「それでは演習開始」
他の生徒は指示を聞きそれぞれ動き始めた。
俺は何をすればいいのか全く分からず辺りをキョロキョロしていると、
「月城君、ちょっと来てくれる? それからウォードさんも」
今まで男の教員の斜め後ろに立っていたもう1人の教員が俺、とウォード先輩を呼んだ。
俺とウォード先輩が教員の元まで行くと、教員は何やら先輩に話し始めた。
というよりは俺のことをお願いしているようだった。
教員は話し終わると他の生徒のところに行ってしまった。
ウォード先輩と二人きりとなる。
ちょっと緊張してしまう。
「君はまだこの世界に来たばかりだ。それに昨日の動きを見た限り戦いに関しては素人だよね?」
その通りです。
俺は体育の授業で体動かす程度で戦いとかは全くしたことがない。
「じゃあまずは魔力の操作から行こうか」
こうしてウォード先輩による鬼のような訓練が始まった。
まずは魔力の流れを感じるところから始まった。
とは言っても全くと言っていいほど感覚がつかめない。
ただ時間だけが過ぎていく。
色々と説明の仕方を変えたり練習内容を変えたりと工夫してくれたのだが一向に感覚を掴めないまま1時間程が経ってしまった。
「まあ最初から上手くはいかないよ。今日は基本的な動きについてやろう」
そう言うと身のこなしや体重移動についてなどの説明が始まった。
そして実際にやってみることになった。
説明自体はわかりやすい。
わかりやすいのだが体が着いてこない。
それにめちゃめちゃきつい。
気が付いたら俺は地面に手を付き四つん這いの態勢で肩を揺らしていた。
息が上がってまともに話もできない。
そんな俺を見て少し休憩を取ってくれた先輩だがまたすぐに訓練は再開した。
実際に体を動かして、体力が切れては休憩し少ししたらまた再開する。というのを繰り返し気が付けば3時間程が経っていた。
周りの生徒を見てみると俺と同じように息が切れている生徒がたくさんいた。
皆も相当ハードな訓練を受けてたんだろうな。
教員がグラウンドの入口の近くに立つと集合を掛ける。
皆がまた教員の元に集まっていく。
「それでは今日はここまでとする。明日も演習があるからしっかりと疲れを取るように。それでは解散」
こうして今日のハードな演習授業が終わりとなった。
これが2週間も続くのか。
心が折れそうになる。
異世界の厳しさを体感していた俺の元に2人の少女が近づいて来る。
「お疲れー」
「お疲れ様」
リヴィとウォード先輩だ。
俺は2人に労いの言葉を掛けられながらグラウンドを後にした。
更衣室に行き着替えようとした時、ふと自分が手にしている物に意識が行った。
そういえばせっかく買ったのに使う場面無かったな、この剣。
まあ仕方ないか。
今日は剣を使う以前の段階だったしな。
そう思いながら着替えを済ませ廊下に出る。
やはり廊下にはリヴィの姿もウォード先輩の姿もなかった。
1分程待ったところで2人が出てきた。
「お待たせー」
「待たせたね」
2人と合流すると俺たちは教室に向かった。
今日の授業は全て終わったが、教科書類は教室に置いたままだ。
荷物を取りに教室に取りに行く途中、ウォード先輩が今日の演習授業を見て何か思ったのか昨日話してくれたことについて再度助言をくれた。
「ガチャから排出された武器じゃなくても高価な武器ならそれなりの力になるわ。あなたが持っているアクセサリーを売ればそれなりの物が買えると思うわ」
まあ確かのこの銀の剣はとりあえずで買った剣だ。
そこまでの力はこの剣には無いのだろう。
そして俺が最初に当てた赤い石を売ればそれなりの武器がかえるようになる。
それはわかっているのだが最初のガチャで当てたものだ。あまり手放したくはない。
「私はこっちだから。また明日」
そう言って先輩は廊下の途中で曲がっていった。
「今日はありがとうございました。さようなら」
「さようなら」
こうして先輩と別れた後も先輩に言われたことが頭から離れずにぼーっとしながら俺は歩いていた。
何かリヴィと話していたのだろうがその記憶もほとんどない。
そして気が付いたら俺とリヴィは寮の前にいた。
リヴィが心配そうな顔で俺のことを見つめていた。
「今日は疲れた? ゆっくり休んでね」
色々と考えごとをしてしまっていたせいでリヴィに心配させてしまっていたみたいだ。
「大丈夫。じゃあまた明日」
「うん、じゃあね」
そして英雄寮に入ると自分の部屋に直行し、ドアを開けた。
まだ慣れない自分の部屋。
その部屋の端にあるベッドに俺はダイブした。
ベッドがフカフカだからダイブするの楽しいし気持ちいいんだよね。
そして仰向けになると、俺がずっと考えていた赤い石をポケットから取り出し上にかざして見つめた。
石を見つめながらウォード先輩から言われたことを思い返す。
普通に考えたらこの石は売った方がいいのだろう。
でもやっぱり俺には最初のガチャで当てた思い出のアイテムを売るなんてできない。
覚悟は決まった。
俺はこの石と共に行く。
いつかは赤い石の英雄なんて呼ばれたりするくらい強くなってやる。
そう決意した時だった。
昨日のダンジョンでガチャを引く時に感じたのと同じようなものをまた感じた。
そしてそれは次第に強くなっていく。
まるで生きているかのようにさえ思えてくる。
脈動しているのかドクン、ドクンと波動が伝わってくる。
波動もどんどん強くなっていき遂には石は俺の手から離れ宙に浮きだした。
「なんだよこれ…」
理解が追いつかない。
それでも石の波動や変な感覚は更に強くなっていき遂には光を発し始めた。
これまでにも強い光を発する現象をこの世界では何回も見てきたが、今回はそれほど強い光ではなく目を閉じなくても大丈夫な程度だった。
そして光を放つ石は徐々に形が変わっていく。
何か変形し始めた?
最初は手のひらに乗るサイズだったのが大きさを増していき遂には俺と同じほどにまでなった。
光は人の形を形成していく。
そして完全に人の昼江っとになったところで光は弱まっていく。
完全に光が収まると、そこには1人の女性の姿があった。
何これ?
そんな風に思った俺だがこの状況はとてもマズいことにすぐに気が付いた。
俺は仰向けに寝っ転がっていたのだ。そしてその俺の視界の先に女性がいる。つまりは俺の上に女性は浮いているのだ。
そこまで冷静に分析したところで、俺が恐れたことが現実になった。
女性が俺の上に降ってきたのだ。
「グヘッ」
俺は思わず変な声を出してしまった。
俺の上に覆いかぶさる形になった女性は上半身を起こし俺に馬乗りになる態勢になった。
そして俺の目を真っ直ぐに見て口を開いた。
「合格だ」
…?
合格?
何が?
俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。
しっかりと授業を受けたのはいつぶりだろう、などと考えながらノートをパラパラとめくる。
今までなら授業が終わったらすぐにスマホを取り出してゲームをしていたのだが、この世界に来るときにスマホは持ってくることが出来なかったため授業が終わってもやることがない状況だ。
それに単純に異世界の勉強に着いていけるかが心配だというのもある。
これらの事情から渋々勉強をしていたところ1人の生徒が声を掛けてきた。
「この後は武闘競技祭のための演習授業だから早く着替えちゃった方がいいよ」
この世界に来てまだ数日しか経っていないのに声だけで誰だかわかってしまう。
それにわざわざ俺にそんなことを教えてくれるような面倒見の良い生徒を1人しか知らない。
俺が顔を上げると目の前には手提げ袋を持ったリヴィが立っていた。
きっと手提げ袋の中には着替えが入っているんだろう。
「うん、わかった」
俺は返事をしながらノートと教科書を閉じ鞄にしまう。
そして朝、昨日と同様に迎えに来てくれたリヴィに言われて持ってきた運動用の制服を取り出す。
この制服は伸縮性が良く動くのに適した素材でできている。おまけに魔力が付与されているらしく防御面でもある程度役に立つらしい。
取り出した運動用の制服を手に俺は立ち上がった。
そのまま教室を出ていこうとしたところリヴィがあることについて聞いてきた。
「それは持ってかなくていいの?」
リヴィは俺の鞄の隣に立てかけてある物を見つめていた。
銀色の鞘に銀色の柄。西洋の甲冑を身につけた騎士が持っていそうな剣を俺は掴んだ。
危うく忘れるところだったぜ。これから俺の相棒になる剣だ。大切にしないとな。
「朝も気になったんだけどその剣どうしたの?」
リヴィは不思議そうに俺が手にした剣を見つめていた。
そういえば朝もチラチラ見ている気はしたがバタバタしていたし聞けずにいたのだろう。
そんなリヴィに俺は誇らしげに気持ち胸を張りながら答える。
「昨日ダンジョンに行ったんだけど、その帰りに買ったんだ」
「ダンジョンに行ったの!?」
リヴィは驚いた様子でかなり大きな声を上げた。
教室にいたクラスメイトたちが一斉にこちらに視線を向ける。
さすがに言葉が足らなかったかな。
ちゃんと1人では行ってないから安心して!
「昨日はウォード先輩が一緒に行ってくれたから1人では行ってないよ」
とりあえずリヴィが心配しているであろうことは真っ先に否定しておく。
それを聞いた彼女は安堵の表情をしていた。
しかしすぐに怪訝そうな表情をしてまた俺のことを見つめてくる。
別に悪いことしたかな?
悪い事をしていなくても怪しまれると本当は何かしてしまったのではないかと自分でも疑ってしまうことってあると思うんだよね。
今がまさにその状況だ。
別に俺は何も悪いことはしていない!
自分を強く持たなくては。
そう思い俺は真っ直ぐにリヴィの目を見つめる。
「本当にウォード先輩と一緒に行ったの? こう言っちゃなんだけど、あの人は別次元の存在って感じで簡単に近づけない人なんだよ?」
ウォード先輩ってそんな風に思われてたのか。
確かに俺も同じ英雄という立場じゃなかったら話しかけられないかもしれない。
リヴィの言うことに納得できてしまう。
とはいえウォード先輩と一緒にダンジョンに行ったのは事実だ。
こればかりは信じてもらうしかない。
「たまたま部屋の前で会ったんだよ。それで話の流れで一緒に行ってくれることになって…」
どう話せばいいんだろう…。
ガチャを引く以外のことには何にも熱を注いでいないから対人でのことって正直苦手なんだよね。
そんなわけで俺が発する言葉は次第に弱くなっていってしまう。
「ふーん、そっか。とりあえず無事に戻ってこれてよかった」
尚も怪訝そうな顔つきのままだったリヴィだが一応は納得したのか一瞬笑顔を向けてからくるりとターンしてドアの方へと歩き始めた。
ターンに合わせてリヴィの茶髪のポニーテールの部分がぴょこんと揺れたのが何かとても可愛く見えた。
俺も更衣室に向かうべく席を立ちドアの方へと向かう。
リヴィのすぐ横に並んで歩く形になり彼女は昨日のことについて色々と聞いてきた。
「どうだった? 初めてのダンジョン」
どうだったと言われても、俺はウォード先輩に引っ付いてただけで何もしてないしな。
「なんか新鮮な感じだった」
とりあえずそう返す。
新鮮な感じがしたのは嘘ではない。鍾乳洞に近い感じなのかもしれないが生憎俺は鍾乳洞に行ったことがない。
それにウォード先輩が全部倒してくれたけど魔物を見たのも初めてだった。
全てが新鮮に感じられた気がする。
「ウォード先輩強かったでしょー」
そりゃあもう強かったなんてもんじゃないよ。
頼もしすぎたし、ちょっと羨ましくも思った。
俺もあんな強い力が欲しいし、実際皆はそれを期待していたのだろう。
すごく遠い人のように思えてしまうくらいに俺とウォード先輩の力の差は歴然だった。
「悠翔だっていつかは強くなれるんだから、今は焦らない! 今度は私も力になるから」
自分の力とウォード先輩の力を比較して色々と考えすぎてしまっている俺にリヴィは励ましの言葉をかけてくれた。
やっぱりリヴィは優しい。
めっちゃいい子だ。
「まあ私の場合1人じゃダンジョンの奥まで行けないんだけどね」
照れくさそうにリヴィは笑った。
昨日はいとも簡単に奥まで行けてしまったから感覚が麻痺してしまいそうになるが、あそこはかなり危険な場所だ。本来なら1人や2人で行くような場所ではないのだろう。
「いつか2人で奥まで行けるようになるといいね」
俺は希望を込めてそう口にした。
リヴィも笑顔で頷いてくれた。
この笑顔を見ているだけで頑張れそうな気がする。
もしかしたら俺のガチャ欲と張れるレベルかもしれない。
その後もリヴィと他愛もない話をしながら授業が行われる場所へと歩いていく。
階段に着くと階段を下りていき、1階にと到着しても更に下の階へと下りていく。
そして地下1階に到着すると廊下を進んでいき、すこし言ったところで更衣室へと着いた。
俺は男子更衣室に入ると運動用の制服に着替えて元々来ていた制服をロッカーの中にしまうと剣だけを持って更衣室の外に出た。
リヴィはまだいなかった。
いや、もしかしたらもう着替え終わって先に行ってしまったのかもしれない。
でもそれだといくら何でも着替えが早すぎる。ということはまだ着替えているのだろう。
ここは待った方がいいのだろうか。
女子との行動に慣れていない俺には全くわからない。
そんな風に葛藤していると女子更衣室のドアが開きリヴィが出てきた。
「おまたせ」
小走りでリヴィは俺の元に寄ってきた。
おまたせってことは待ってるので正解だったのか?
そこまで考えて俺は1つのことに気が付いた。
そういえば武闘競技祭の演習授業ってどこでやるのか知らないから1人で先に行くっていう選択肢は最初から無かったのだ。
ここが地下1階だということはわかるがそれ以上のことは何もわからない。
ということでリヴィに案内してもらう形で演習授業が行われる場所まで連れて行ってもらった。
といってもただ廊下をまっすぐ進んだだけなのだが。
少し行ったところでまた階段が見えてきた。
リヴィはその階段を下りていくので俺も着いていく。その途中でこの場所について説明してくれた。
「ここは闘技場。更衣室とかがあるのは闘技場の2階部分ね。で、今私たちが向かってるのが1階部分のグラウンド」
リヴィの説明から想像するにコロッセオ的なのが学園の地下にあるって感じなのかな。
さすがは異世界だ。
やっぱりスケールが違うぜ。
そして階段を下りきると屋外に通じてるのかと思ってしまう出入口が視界の先にあったが、この先にグラウンドがあるのだろう。
リヴィは何も気にせずにグラウンドへと歩いていくが、俺は何だか緊張してしまって一度深呼吸をした。
武闘競技祭の演習。
そして意を決して一歩前へと踏み出した。
そこにはかなりの広さの空間が広がっていた。
下は土でグラウンドを囲むように観客席もある。端から端まで100メートルはありそうだ。
グラウンドには既にたくさんの生徒が来ていた。
俺はここに集まった生徒たちを見渡す。
すると見知った顔を視界に捉えた。
金髪のロングヘアに整った目鼻立ち。それにあの凛々しい雰囲気をまとった女性は―。
「ウォード先輩」
俺はついそう口に出していた。
昨日のお礼を言いに行った方がいいかとも思ったが他の女生徒たちと談笑しているようだったので邪魔しても悪いなと思いスルーしようとしたが、俺のことに気が付いたウォード先輩が話を切り上げてこちらに向かってくる。
「やあ月城君」
笑顔で俺に声を掛けてくれた。
笑った姿も美しい。
「ウォード先輩、こんにちは。昨日はありがとうございました」
「気にしないでいいわ。また一緒に行ってあげるからいつでも声を掛けてね」
俺は昨日のことのお礼を告げると先輩はまた一緒に行ってくれると言ってくれた。
さすがに毎日は迷惑だろうから明日にでもまた行きたいな。
ていうか早く1人でダンジョン行けるようになってひたすら周回したいな。
美しい笑顔を向けてくれる先輩と俺の顔をリヴィは交互に見ていた。
何とも言えない不思議そうな表情をしている。
そんなリヴィのことを一瞬見たウォード先輩はリヴィにも微笑みを向ける。
「また何かあったら何でも聞いてちょうだい」
そう言うと先輩は元居た方に向き直り戻っていった。
「やっぱり綺麗な人だよね」
リヴィがぽつりと呟いた。
それは俺も同感だ。
2人して改めてウォード先輩に見惚れてしまい言葉を失ってしまう。
すると俺が知らない2人の教員らしき人がグラウンドに入ってきた。
ムキムキないかにも体育会系と言った感じの男ともう1人は女子大生っぽい感じの女の人だ。
「集合」
男の教員がグラウンド中に聞こえる声でそう言うとグラウンドにいた生徒が一斉に教員の元に集まっていく。
俺もとりあえず走っていく。
「いよいよ武闘競技祭も近くなってきた。そのため今日からは3学年合同で演習を行う」
やたら人数がいると思ったら3学年も集まっていたのか。
ていうか武闘競技祭っていつあるんだ?
ふと疑問に思い隣にいるリヴィにこっそり聞いてみる。
「武闘競技祭っていつあるの?」
「2週間後よ」
2週間後…。
早すぎない?
まあ今回の武闘競技祭にはさすがに俺は出場しないだろう。
そう思いながらも一応教員の指示を聞いてはいたが何を言ってるのかさっぱりわからなかった。
専門用語をいくつも使っていたので、どこからわからなくなったかもわからない。
そんな俺のことなどお構いなしに話は続いていき、ようやく終わりが来たのだが…、
「それでは演習開始」
他の生徒は指示を聞きそれぞれ動き始めた。
俺は何をすればいいのか全く分からず辺りをキョロキョロしていると、
「月城君、ちょっと来てくれる? それからウォードさんも」
今まで男の教員の斜め後ろに立っていたもう1人の教員が俺、とウォード先輩を呼んだ。
俺とウォード先輩が教員の元まで行くと、教員は何やら先輩に話し始めた。
というよりは俺のことをお願いしているようだった。
教員は話し終わると他の生徒のところに行ってしまった。
ウォード先輩と二人きりとなる。
ちょっと緊張してしまう。
「君はまだこの世界に来たばかりだ。それに昨日の動きを見た限り戦いに関しては素人だよね?」
その通りです。
俺は体育の授業で体動かす程度で戦いとかは全くしたことがない。
「じゃあまずは魔力の操作から行こうか」
こうしてウォード先輩による鬼のような訓練が始まった。
まずは魔力の流れを感じるところから始まった。
とは言っても全くと言っていいほど感覚がつかめない。
ただ時間だけが過ぎていく。
色々と説明の仕方を変えたり練習内容を変えたりと工夫してくれたのだが一向に感覚を掴めないまま1時間程が経ってしまった。
「まあ最初から上手くはいかないよ。今日は基本的な動きについてやろう」
そう言うと身のこなしや体重移動についてなどの説明が始まった。
そして実際にやってみることになった。
説明自体はわかりやすい。
わかりやすいのだが体が着いてこない。
それにめちゃめちゃきつい。
気が付いたら俺は地面に手を付き四つん這いの態勢で肩を揺らしていた。
息が上がってまともに話もできない。
そんな俺を見て少し休憩を取ってくれた先輩だがまたすぐに訓練は再開した。
実際に体を動かして、体力が切れては休憩し少ししたらまた再開する。というのを繰り返し気が付けば3時間程が経っていた。
周りの生徒を見てみると俺と同じように息が切れている生徒がたくさんいた。
皆も相当ハードな訓練を受けてたんだろうな。
教員がグラウンドの入口の近くに立つと集合を掛ける。
皆がまた教員の元に集まっていく。
「それでは今日はここまでとする。明日も演習があるからしっかりと疲れを取るように。それでは解散」
こうして今日のハードな演習授業が終わりとなった。
これが2週間も続くのか。
心が折れそうになる。
異世界の厳しさを体感していた俺の元に2人の少女が近づいて来る。
「お疲れー」
「お疲れ様」
リヴィとウォード先輩だ。
俺は2人に労いの言葉を掛けられながらグラウンドを後にした。
更衣室に行き着替えようとした時、ふと自分が手にしている物に意識が行った。
そういえばせっかく買ったのに使う場面無かったな、この剣。
まあ仕方ないか。
今日は剣を使う以前の段階だったしな。
そう思いながら着替えを済ませ廊下に出る。
やはり廊下にはリヴィの姿もウォード先輩の姿もなかった。
1分程待ったところで2人が出てきた。
「お待たせー」
「待たせたね」
2人と合流すると俺たちは教室に向かった。
今日の授業は全て終わったが、教科書類は教室に置いたままだ。
荷物を取りに教室に取りに行く途中、ウォード先輩が今日の演習授業を見て何か思ったのか昨日話してくれたことについて再度助言をくれた。
「ガチャから排出された武器じゃなくても高価な武器ならそれなりの力になるわ。あなたが持っているアクセサリーを売ればそれなりの物が買えると思うわ」
まあ確かのこの銀の剣はとりあえずで買った剣だ。
そこまでの力はこの剣には無いのだろう。
そして俺が最初に当てた赤い石を売ればそれなりの武器がかえるようになる。
それはわかっているのだが最初のガチャで当てたものだ。あまり手放したくはない。
「私はこっちだから。また明日」
そう言って先輩は廊下の途中で曲がっていった。
「今日はありがとうございました。さようなら」
「さようなら」
こうして先輩と別れた後も先輩に言われたことが頭から離れずにぼーっとしながら俺は歩いていた。
何かリヴィと話していたのだろうがその記憶もほとんどない。
そして気が付いたら俺とリヴィは寮の前にいた。
リヴィが心配そうな顔で俺のことを見つめていた。
「今日は疲れた? ゆっくり休んでね」
色々と考えごとをしてしまっていたせいでリヴィに心配させてしまっていたみたいだ。
「大丈夫。じゃあまた明日」
「うん、じゃあね」
そして英雄寮に入ると自分の部屋に直行し、ドアを開けた。
まだ慣れない自分の部屋。
その部屋の端にあるベッドに俺はダイブした。
ベッドがフカフカだからダイブするの楽しいし気持ちいいんだよね。
そして仰向けになると、俺がずっと考えていた赤い石をポケットから取り出し上にかざして見つめた。
石を見つめながらウォード先輩から言われたことを思い返す。
普通に考えたらこの石は売った方がいいのだろう。
でもやっぱり俺には最初のガチャで当てた思い出のアイテムを売るなんてできない。
覚悟は決まった。
俺はこの石と共に行く。
いつかは赤い石の英雄なんて呼ばれたりするくらい強くなってやる。
そう決意した時だった。
昨日のダンジョンでガチャを引く時に感じたのと同じようなものをまた感じた。
そしてそれは次第に強くなっていく。
まるで生きているかのようにさえ思えてくる。
脈動しているのかドクン、ドクンと波動が伝わってくる。
波動もどんどん強くなっていき遂には石は俺の手から離れ宙に浮きだした。
「なんだよこれ…」
理解が追いつかない。
それでも石の波動や変な感覚は更に強くなっていき遂には光を発し始めた。
これまでにも強い光を発する現象をこの世界では何回も見てきたが、今回はそれほど強い光ではなく目を閉じなくても大丈夫な程度だった。
そして光を放つ石は徐々に形が変わっていく。
何か変形し始めた?
最初は手のひらに乗るサイズだったのが大きさを増していき遂には俺と同じほどにまでなった。
光は人の形を形成していく。
そして完全に人の昼江っとになったところで光は弱まっていく。
完全に光が収まると、そこには1人の女性の姿があった。
何これ?
そんな風に思った俺だがこの状況はとてもマズいことにすぐに気が付いた。
俺は仰向けに寝っ転がっていたのだ。そしてその俺の視界の先に女性がいる。つまりは俺の上に女性は浮いているのだ。
そこまで冷静に分析したところで、俺が恐れたことが現実になった。
女性が俺の上に降ってきたのだ。
「グヘッ」
俺は思わず変な声を出してしまった。
俺の上に覆いかぶさる形になった女性は上半身を起こし俺に馬乗りになる態勢になった。
そして俺の目を真っ直ぐに見て口を開いた。
「合格だ」
…?
合格?
何が?
俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。
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