愛の言葉に傾く天秤

秋月真鳥

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ユストゥス編

5.ライナルトの遊び相手

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 休憩時間を合わせているのか、ライナルトと休憩室で一緒になることが多くなった。自覚はないのだが、ユストゥスは常にエリーアスの話をしているらしい。この世で一番好きな相手で、ユストゥスの最高の理解者と思っているから仕方がない。
 他人に触れるのが苦手で他人との交友関係をあまり持とうとしないエリーアスにとっても、ユストゥスは最高の理解者だろうと自負していた。

「ギルベルトと兄さんの仲を取り持ったのも僕だよ。アードラー家にご挨拶にも行ったんだよ」
「ギルベルト・アードラーとエリーアス・ハインツェの仲を!? あのアードラー家に行ったのか?」
「そうだよ。ギルベルトに頼まれたら行かないわけにはいかないだろう。兄さんの幸せのためなら僕も一肌脱ぐよ」

 大抵の相手はユストゥスがエリーアスの話を始めるとそそくさといなくなる。ユストゥスはエリーアスのことについて同じことを何度も話すし、何でもエリーアスの話題に結び付ける。それを知っているだけに研究所のユストゥスをよく知る研究員たちは、ユストゥスの研究を尊敬してくれてはいたが、ユストゥスと個人的な付き合いを持とうとしなかった。

「ユストゥスは本当にエリーアスが好きなんだな」
「当然だよ。兄さんは世界一賢くて優しいひとだからね」

 それなのにライナルトはどれだけユストゥスがエリーアスの話をしていても聞いてくれる。ライナルトのことなど全く興味がなかったので、話を聞くこともないのに、それで満足してくれる。
 自分の話したいことしか話さないユストゥスを嫌がらない相手はユストゥスにとってはエリーアスの他には初めてだった。

「あなたはこんな話を聞いていて退屈じゃない?」
「話を聞くのは嫌いじゃないんだ。これまでもどちらかというと聞き役に回ることが多かった」

 相手の話を遮らずに聞くからこそ、ライナルトは女性にモテるのだろうとユストゥスにも分かる。ライナルトの方は体だけと割り切っていても、本気になった女性もいるのではないだろうか。
 そういうところが見えていないのもライナルトの甘いところなのかもしれない。
 休憩時間の終わりにはライナルトは必ずユストゥスを誘った。

「今日の夕飯を一緒にどうだ?」
「やめておくよ。兄さんに連絡しないと」

 大学で料理と栄養学の勉強を始めたギルベルトはますます料理上手になっている。ユストゥスが家に押しかけても、ギルベルトもエリーアスも嫌がらないどころか歓迎してくれるので、ユストゥスは週の半分はギルベルトとエリーアスの家で夕飯を食べていた。

「エリーアスに断られたらメッセージをくれ」
「断られないけどね」

 優しいエリーアスとギルベルトが断るわけがない。
 ユストゥスの言った言葉通りに、休憩が終わって研究室でメッセージを送ると快い了承のメッセージが帰って来た。研究をひと段落させると早めに研究所を出る。メッセージにはついでに牛乳と卵を買ってきてほしいと書いてあった。
 スーパーで牛乳と卵を買って駐車場に戻ると、近くの道路で騒ぎが起きている。電気自動車を路肩に停めたライナルトが、女性に詰め寄られていた。

「最近お声がかからないけど、どういうことなのかしら?」
「お前とは終わったつもりだったけど」
「新しい女ができたの? その女と共有してあげてもいいのよ?」

 口調だけは自信に満ちているが、化粧の濃いその女性は顔色も悪く、どこか体調が悪そうだった。牛乳と卵を電気自動車に積んで、ユストゥスはその女性に近寄って行く。

「そのひとの知り合いだけど、あなた、どこか悪いんじゃない?」
「あなたは……ユストゥス・ハインツェ?」
「ライナルトの研究所の上司だよ。顔色が悪いね。ちょっと失礼」

 脈拍を測ろうと手首に触れると、女性がその場に蹲った。化粧では隠せない真っ青な顔にユストゥスはライナルトに告げる。

「救急車を呼んで。このひと、危険な状況にある」

 臨床医ではないがそれくらいのことは判断できる。ライナルトが救急車を呼んで女性が救急車に乗せられて、ライナルトだけでなくユストゥスも一緒に連れていかれてしまう。
 エリーアスには遅れる連絡をしておいたが、緊急なので仕方がない。
 病院に付くと女性は救急センターに運び込まれた。待合室で待っていると、ライナルトとユストゥスが呼ばれる。

「どちらがパートナーですか?」
「僕はパートナーじゃありません」
「俺も違う」
「彼女は妊娠していて、流産しました」

 告げられた言葉に愕然としているライナルトに、ユストゥスがライナルトの手を引っ張る。

「体の関係があったんだろう? あなたが父親かもしれない」
「俺はちゃんと避妊はしてた」
「避妊具をつけていても絶対じゃない。とにかく、彼女に会ってあげて」

 予期せぬ妊娠をして動揺した女性はライナルトを頼って来たのかもしれない。流産をした今、傷付いているに決まっているから会えと告げると、ライナルトが泣きそうな顔になっている。

「どんな顔をして会えばいいのか分からない」
「いいから、行って!」
「ついて来てくれ」

 ライナルトの保護者になったつもりはないが、上司なので仕方なくついていくと、病室で女性はベッドに寝かされていた。ライナルトが近付いてくると、薄っすらと目を開ける。

「あなたとの子どもじゃないわよ」
「それでも、流産なんて……」
「産みたくなかったもの。堕胎しようと思ってあなたにお金をせびりに行ったのよ。手間が省けたわ」

 素っ気ない口調だが女性が泣いているように見えてユストゥスはライナルトを見詰める。ライナルトの方もどうしていいのか分からなくて困惑している様子だ。

「別れた旦那との間の子どもよ。生でやったのは彼しかいないもの。同情しないで。あなたに堕胎の金を支払わせるつもりだっただけなんだから」
「俺を頼って来てくれたんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょう。本当に自意識過剰なんだから」

 強がっている女性にそれ以上言えずライナルトが俯いているのを、ユストゥスは見ながらため息を吐いた。

「女性にとって流産がどれ程つらいものなのか、僕は男だから想像することしかできないけれど、身体の負担も大きくて大変だと思う。充分に体を労わって休んでね」
「あなた、お人好しなのね。部下の愛人にまで気を配るなんて」
「部下の愛人とかじゃなくて、傷付いてるひとが目の前にいて、僕は医師だ。放っておけないよ」

 ユストゥスの言葉に、ほろほろと涙を流し始めた彼女は、「一人にして欲しい」と告げたので、ユストゥスもライナルトも病室を出た。

「なんか、すまない。俺のせいで」
「いいよ。あなたもショックだったよね。あぁ、そうだ、夕飯を一緒に食べる?」
「こんなときにいい返事をくれるのか?」
「物凄くいい場所があるんだ」

 ユストゥスはギルベルトとエリーアスに連絡を取って、もう一人増えることを告げた。二人とも問題なく了承してくれる。
 スーパーの駐車場に戻って、ユストゥスとライナルトの電気自動車でエリーアスとギルベルトの家まで行った。エリーアスはいつもの通りソファに腰かけていて、ギルベルトがキッチンで料理を仕上げている。

「遅かったな。友達も一緒なんだって?」
「研究所の研究員だよ。僕の部下として働いてくれてる」
「ユストゥスが連れて来るのだから、恋人なのかと思いました」

 紹介してくれるのかと思ったというエリーアスに、ユストゥスは笑ってしまう。

「そんなんじゃないよ」

 笑顔でライナルトを振り返ると、ライナルトの顔が赤くなっている気がした。

「俺はそう思われてもいいけど」
「そういう冗談を言う。ライナルトは遊び慣れてるからそういうことを言うんだろうけど、僕はそんなに簡単に落ちないよ」

 ライナルトの遊び相手になる気はないとユストゥスが告げるとライナルトはそれ以上言ってこなかった。ソファに座ってギルベルトの作った夕飯を食べる。チーズフォンデュの鍋にカリカリのバゲット、ソーセージやジャガイモや人参やトマトをつけて食べるととても美味しい。

「英雄のギルベルト・アードラーが料理上手なんて意外だな」
「エリーアスと暮らし始めて料理に目覚めたんだ。今は料理と栄養学の大学にも行ってるよ」

 前線の地で戦ってきた英雄のギルベルトの意外な姿にライナルトは驚いていたが、ユストゥスにとっては戦場の姿など知らないし、想像もしない、ギルベルトは出会ったときからこうだったので、特に気にしていなかった。

「お兄さんのエリーアスの話はよく聞いてるよ。ユストゥスが納屋を焼いたときに助けてくれた、優しくて頼りになる一番好きなひとだって」
「ユストゥスは職場で私の話をしているのですね」
「小さい頃は結婚するんだって決めてたって言ってたよ。大きくなって結婚できないことに気付いて諦めたらしいけど」
「そんなことまで言ってたんですか?」

 休憩時間にエリーアスのことを話していたせいか、ライナルトはエリーアスと初対面ではないように話している。それだけユストゥスがエリーアスの情報を与えてしまったのだろう。
 ショックを受けていたライナルトも落ち着いたようで、ユストゥスはエリーアスと話すライナルトの姿を見ていた。
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