Cheetah's buddy 〜警察人外課の獣たち〜

秋月真鳥

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本編

16.過去を話すルーカス

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 夕食を食べ終えるとエルネストがルーカスに紅茶を入れてくれる。そのときに出されるチョコレートが、ルーカスにとっては好きなものの一つになっていた。
 これまで食べることに興味がなく、栄養だけ取れて倒れなければいいと思っていたルーカスだが、エルネストの用意する食事は全部美味しく感じる。昼食は必要ないと言っていたのに、今はエルネストの作ったお弁当を楽しみにしている自分に気付く。
 サンドイッチやおにぎりやワッフルに野菜スティックなどエルネストの弁当は簡単なものだったが、毎日食べていると調子がよくなるような気がするのだ。
 朝もエルネストが朝食を作ってくれてそれを食べてルーカスは仕事に行く。

「このチョコレート美味いな」
「そうでしょう。有名店のお取り寄せなんだよ」
「そうなのか?」

 高いチョコレートをわざわざ用意しているだけでなく、ルーカスにも食べさせてくれるエルネストの気持ちが嬉しい。エルネストは最初にルーカスが部屋に来たときも、紅茶にチョコレートを添えて出してくれていた。

「高いんじゃないのか?」
「高いものは値段相応の価値があるんだよ。仕事ばっかりでお金を使うところはないし、どうせならいいものを食べたいからね」

 要領よく見えるエルネストですら仕事だけで、他にお金を使うことがないと言っている。考えてみればルーカスも仕事ばかりで振り込まれた給料は家賃や少しの食費にしか使っていないので貯金が大量にある状態だった。

「よく考えてなかった。俺も食費や生活費を払うよ」
「気にしなくていいよ。一人分も二人分も変わらないからね」
「変わるだろう。払わせてくれ。俺とお前は対等でいたいんだ」

 頭を下げるとエルネストも納得してくれたようだった。

「それじゃ、月末に請求するよ」
「月末に……」

 月末までは一緒にいられる。
 それから先も、ルーカスが上手にエルネストとの関係を内緒にできれば一緒にいられるかもしれない。
 希望を持ったルーカスに、エルネストが問いかけてくる。

「灯りがないと寝られないんじゃ、施設や警察学校は大変だったんじゃない?」

 心配するような声にルーカスは過去のことを思い出して苦い笑みを浮かべる。

「暗闇に慣れるように、泣き喚いても施設では灯りを消されたよ。警察学校の寮も消灯時間があって、絶対に灯りを点けてはいけなかった」

 それがどれだけつらかったか、エルネストにならば話しても聞いてもらえるだろう。停電の日にルーカスを受け止めてくれたエルネストは、ルーカスにとってはどんなことを話しても受け入れてくれるという信頼感があった。

「暗闇が怖くてパニックを起こしたこともあるが、それでは警察官になれないから、日中に吐くまで走って、部屋に戻ったら気絶するように眠ってた。走るのは好きだったんだ。俺が誰よりも足が速かったから」
「つらかっただろう」
「つらかったんだと思う。あのころは心を殺して生きていた」

 エルネストに会うまでも、ルーカスはずっと恐怖心と向き合わずにいたのかもしれない。停電の日にエルネストに弱みを見せてから、ルーカスは自分の恐怖心と向き合えるようになった。暗闇が怖いということを認めて、エルネストに助けを求めてから、カウンセリングも受けるように気持ちが動いていた。

「警察の人外課に入るときの面接で、ジャンルカ課長にだけは打ち明けたけど、それ以外の相手に言うつもりはなかった。あの停電がなかったら、エルネストにも打ち明けられていなかったかもしれない」
「僕に話してくれてありがとう」
「礼を言うのは俺の方だ。聞いてくれてありがとう」

 改めてエルネストにお礼を言えてから、ルーカスははっとして自分の額を押さえる。
 これまで自分一人で平気だと思っていたのに、ルーカスは大きな心の傷を持っていて、それを隠して相棒を信頼しなかった。相棒を置いて行った後で、相棒がどれだけルーカスを心配してくれていたのか。置いて行ったルーカスに向けられた怒りは、心配の裏返しではなかったのだろうか。
 考えれば考えるほど恥ずかしくなってくる。

「俺は一人でなんでもできると思っていたけれど、何もできていなかったのかもしれない。できたつもりで被害者を助けて、怪我をして現場を離れている間のフォローは相棒がしてくれていたのかもしれない」
「多分、そうだろうね」
「それなのに、相棒なんて邪魔でのろまだと思っていた」

 猛烈な恥ずかしさに、悶えそうになっているルーカスにエルネストは淡々と答える。

「俺は一人でなんでもできると思っていたけれど、とんだ勘違い男だったんじゃないか!?」
「そこに気付けたのは成長だと思うよ」
「否定しないしー!?」

 両手で金髪を掻き毟るルーカスの手を、エルネストがそっと手を添えて止める。

「ルーカスはまだ若いんだし、これから変わっていけばいいよ」
「そ、そうか」
「若いころはそういうこともあるよ」
「エルネストにもそういうことがあったのか?」
「僕はなかったかな」
「ないんじゃないかー!」

 やはり自分だけが恥ずかしかったと悶えるルーカスをエルネストは優しく宥めてくれた。
 ソファで隣りに座って、背中を撫でるエルネストに、ルーカスは思わずエルネストの手を取った。
 正面から金色の目を見つめると、エルネストの瞼が降りて、白銀の睫毛が頬に影を落とす。

 顔を傾けて口付けると、エルネストが僅かに口を開けてルーカスの舌を口の中に招く。
 舌を絡めるキスなど初めてでどぎまぎしている間に、エルネストの舌がルーカスの舌を舐めて、歯列を辿る。噛んでしまいそうな気がしてピクリとも動けなくなったルーカスに、エルネストは唇を開放して、薄赤い唇を舌で舐めた。

「初心者には刺激が強すぎた?」
「え、エルネスト、好きだ」
「僕もルーカスが好きだよ」

 このまま押し倒してしまいたい衝動に駆られるが、押し倒したところでエルネストの協力がなければルーカスはエルネストのシャツも脱がせられないだろう。性的同意がなければ絶対に行為ができないというのも、つらくはあるが、エルネストの意志を尊重できるので悪くはないとルーカスは思っていた。

「施設では甘いものはほとんど出てこなかったんだ」
「おやつとかは?」
「なかった。施設って言っても普通の民家に六人くらいの子どもが住んでいて、そこに職員が一緒に暮らして面倒を見る感じだったんだけど、入った当初は俺が一番小さくて、甘いものがごく稀に出されたときには、奪われてた」
「職員は何も言わなかったの?」
「言っても助けてくれるとは思わなかったし、むしろ、年上の子どもからの復讐が怖くて口に出せなかった」

 思い出せば劣悪な環境で育ったのかもしれない。人外は数が少ないだけに、面倒を見る職員も数が少なくて手いっぱいだった。

「お前の家に来たら、当然のように手料理が出てきて、食後には茶葉から入れた紅茶が出てきて、チョコレートまで。俺はこんな美味いチョコレートを手に入れたら自分一人で食べてしまいそうなのに、お前は心が広いんだな」

 しみじみと言えばエルネストが目を丸くしている。

「僕は町の中に何件も親戚がいる群れの中で暮らしてたから、どんなものも分け合いなさいって教えられてたかな。上に兄が二人いるけど、兄ももらったものは必ず僕や他の兄に分けてくれた。クロヴィスが遊びに来てるときには、クロヴィスにも分けた。狼の群れは子どもを大事にするから、僕やクロヴィスが小さいころには、兄たちも僕やクロヴィスに多く食べ物を分けてくれたよ」

 エルネストとルーカスは全く違う環境で育ったのだと思い知らされる。
 ルーカスが戸惑っていると、エルネストがルーカスに言う。

「今担当している事件が落ち着いたら、君を僕の家族に会わせたい。君が望むなら、君を群れに受け入れたい」

 ずっと一人で生きてきた。
 両親に売られたと知ってから、ルーカスには信頼できる相手はいなかったし、一生一人で生きていくのだと思っていた。
 それを、エルネストはルーカスを狼の群れの中に受け入れるとまで言ってくれている。

「いいのか? 俺はチーターだぞ?」
「僕の伴侶なら、大事な家族だよ。そこまで君に覚悟があるなら、だけど」
「覚悟ってなんだ? 俺はエルネストの番になりたい。エルネストと添い遂げたいと思っている」

 告げればエルネストが甘く囁く。

「まだ気が早いかもしれないけど、でも、嬉しいよ。それだけ僕のことを思ってくれているんだろう」
「もちろんだ。エルネストは俺の初恋で、最後の相手だ」

 エルネストと別れるようなことがあれば、ルーカスは二度と恋などしないだろう。それくらいエルネストのことを深く思っていた。

「愛してるんだ、エルネスト」
「僕も。だけど……」
「何か問題が?」
「僕、抱く方はしたことあるけど、抱かれる方はしたことがないから、お手柔らかにね」

 エルネストは抱いたことはあるが抱かれたことはない。
 その事実を聞いた瞬間、ルーカスの頭に血が上って、エルネストをソファの上に押し倒していた。キスをしても拒まないが、エルネストはとんとんとルーカスの背中を叩いて抗議する。

「明日も仕事だよ。今日はダメ」
「わ、分かってる。抱き締めさせてくれ」
「いいよ、おいで?」

 豊かな胸に顔を埋めてエルネストの匂いを吸い込みながら、ルーカスはエルネストの背中に手を回してしっかりと抱き締めた。
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