可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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三章 奏歌くんとの三年目

22.沙紀ちゃんのことについて

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 美歌さんの家に呼ばれて、やっちゃんも同席しての話し合いは簡単なものではなかった。コーヒーを出してくれる美歌さんは真剣な面持ちだ。

「奏歌の動画を撮った子を、どこまで信用していいのか、私は判断しかねています」

 切り出した美歌さんに、私の隣りにちょこんと座る奏歌くんがきりっと顔を上げた。

「沙紀ちゃんは、海瑠さんのファンになって、海瑠さんのことをそんけいしてるんだよ。悪い子じゃないよ」
「奏歌、そうは言うけれど、正体を明かすっていうのはかなり勇気と覚悟がいることよ?」

 経験があるから美歌さんの言葉は私には響いた。
 奏歌くんと出会った頃に、私は自分がワーキャットであることをずっと口に出すことができなかった。私がばらしてしまえば私だけではなく海香にまで迷惑がかかるし、ワーキャットと吸血鬼の相性もまだ未知数だったのである。
 発熱した奏歌くんに血を分けて元気になった姿を見て、私はワーキャットの血が吸血鬼には有効なのではないだろうかと考え始めた。その後に我妻の事件があって、水筒を握り潰したり、車のドアをもぎとったりしてしまった私は結局自分の正体を白状することになったのだが、それも美歌さんとやっちゃんとの信頼関係があってのことだった。
 やっちゃんはストーカーに狙われていた時期から態度が軟化していたし、美歌さんは最初からずっと奏歌くんと私のことを見守ってくれていた。吸血鬼にとってそれだけ運命のひとというのが大事だということを理解して、私も美歌さんとやっちゃんを信頼して良いと思って話したのだ。
 沙紀ちゃんに関してはそういう信頼関係が美歌さんとやっちゃんの中ではなかった。

「その沙紀ちゃんは、奏歌を蝙蝠の獣人と思い込んでいるんでしょう? 吸血鬼だというのを話してしまうのは、ちょっと危険かもしれないわ」

 吸血鬼は生涯に一人だけ自分と同じだけの寿命を持つ相手を血を分けることによって作ることができる。人間に惚れた場合に沙紀ちゃんが奏歌くんを吸血鬼と知っていれば、惚れた相手に血を分けてくれないかと頼まないだろうか。
 運命のひとである私は元々ワーキャットなので奏歌くんと同じく寿命が長い。血を分ける必要がないのだから、沙紀ちゃんが自分の相手に分けて欲しいとお願いされたら優しい奏歌くんは苦悩してしまうかもしれない。

「沙紀ちゃんには話さない方がいいんですか?」
「……奏歌の父親が吸血鬼だと言ってしまうと、奏歌のことも吸血鬼だと気付くでしょうね」
「母さんがコウモリのじゅうじんで、ぼくは母さんににたってことにしたら?」
「奏歌、それでいいの? あなたは、友達に嘘をつき続けることになるのよ?」

 どこまでも美歌さんは冷静だった。嘘でその場は切り抜けられても、奏歌くんが吸血鬼であることは変えることができない。沙紀ちゃんを友達と思っているのならば、下手な嘘で誤魔化すのは後々に禍根を残すかもしれないのだ。

「人外のお友達なんてできると思わなかったから、考えたことがなかったわ」
「いや、その子がただの女子高生でも、真里さんは狙う気がする」

 重い口を開いたやっちゃんの苦々しい表情に、残念ながら私も同感だった。奏歌くんの友達であることを知っていても真里さんは沙紀ちゃんを狙う。そう言うひとだということは、去年の事件で充分分かっていた。

「あのひとが帰って来るかどうかも分からないのに話しても仕方がないけど……もう少し時間をもらってもいいですか? この件に関しては適当にしたくないので」

 考えたいという美歌さんに私もしっかりと判断してもらった方がいいと考えて、この件はお預けすることにした。
 大人の小難しい話が終わると、奏歌くんが部屋に呼んでくれる。机の上にプリザーブドフラワーの入ったドーム状のケースが飾られていた。

「すごく大事にしてるんだよ」
「嬉しいな」

 話していると、茉優ちゃんがドアから覗いていた。手招きすると部屋の中に入って来る。

「奏歌くんに、プリザーブドフラワーの包装紙をもらいました。これ、もらってください」

 差し出されたのは色鮮やかな包装紙で作られた風車だった。吹くとちゃんと回るように作ってある。

「すごく上手。ありがとう」
「ホワイトデーのお返しをしていなかったので」

 言われて私は気付く。
 奏歌くんには勇んでお返しを用意したのに、ブラウニーを食べさせてくれた茉優ちゃんにお返しをしていない。
 これはいけないのではないだろうか。

「やっちゃん、お願いがあります」
「は、はい?」

 リビングに降りて行って、ハニーブラウンの長めの髪を括っているやっちゃんに声をかけると、妙にびくびくされている気がする。私は怖がられているのだろうか。

「茉優ちゃんとおやつを食べに行きたいんだけど、やっちゃんも付き合って」
「それなら、良い店があるよ」

 茉優ちゃんのことになるとやっちゃんは表情が柔らかくなる気がする。車を出してもらって私は初めてのお店に入った。メニューを広げると、一番大きく写真が載っているパフェに私も奏歌くんも釘付けになる。

「ミカンが丸ごと一個乗ってる」
「食べにくそうだけど、美味しそう」

 どうやらやっちゃんはこの豪華なパフェを食べさせたかったようだ。茉優ちゃんと私と奏歌くんがパフェとミルクティーを注文して、やっちゃんはコーヒーだけ注文する。

「安彦さんは食べないの?」
「甘いものはそんなに好きじゃなくて」
「一口あげようか?」

 隣り同士で座っているやっちゃんと茉優ちゃんの会話が可愛い。
 運ばれてきたパフェは上に蜜柑が丸ごと一個乗っていて、中にもごろごろと蜜柑が入っていた。どうやって食べるか思案していると、手を拭いた奏歌くんが蜜柑を素手で取ってしまう。

「おぎょうぎが悪いけど、こうしないとくずれちゃう」

 蜜柑をバラバラにしてパフェに戻した奏歌くんに私も倣って手で蜜柑を取って、房ごとにバラバラにしてパフェに戻した。これならばスプーンで食べることができる。
 茉優ちゃんも迷っていたようだが、ちらりとやっちゃんを見るとやっちゃんが頷いたので、手で蜜柑をバラバラにしていた。
 甘酸っぱいミカンと、さっぱりとした甘みの少ない生クリーム、スポンジ生地やアイスクリームも入ったパフェ。どこに何が入っているか奏歌くんが細かく教えながら食べて行くので、パフェはとても美味しかった。

「やっちゃんに借りが一つできたわね」
「別にいいよ」
「そのうち返すから」

 車でマンションまで送ってもらって私はやっちゃんにお礼を言って部屋に戻った。
 三月も後半に入って奏歌くんと茉優ちゃんは春休みになる。春休みが明けたら奏歌くんは三年生、茉優ちゃんは五年生になる。進級祝いには何も上げていなかったけれど、代わりに春公演のチケットは奏歌くんと茉優ちゃんとやっちゃんと美歌さんの分、きっちりと確保していた。
 そのチケットについて、美歌さんが奏歌くんを送り届けるときに提案してくれた。

「私の分を、沙紀ちゃんと言う子に上げてくれますか?」
「え? いいんですか?」

 春公演のチケットが取れなかったと落ち込んでいた沙紀ちゃんは、チケットを分けてあげたらとても喜ぶだろう。美歌さんにはそれ以外の思惑があったようだった。

「沙紀ちゃんと言う子のことを安彦に見極めてもらおうと思います。劇が終わったら、私も合流して晩御飯にも誘うつもりです」

 実際に会ってみないと分からない。
 沙紀ちゃんの件に関して、美歌さんはそう判断したようだった。
 春公演は四月から始まる。
 チケットを渡して、奏歌くんとやっちゃんと茉優ちゃんと見に行くように誘ったら、沙紀ちゃんは大喜びしていた。

「めちゃくちゃいい席じゃないですか! 海瑠さんを最高の席で見られる!」

 関係者様に席を取れるのは人数制限がないわけではないから、沙紀ちゃんを誘えるのは今回だけかもしれないが、これだけ喜んでくれているならばチケットを取った甲斐もある。

「楽しみにしててね!」

 春公演までもう少し。
 沙紀ちゃんとやっちゃんと茉優ちゃんと美歌さんと奏歌くんで食事をする日も、近付いてきていた。
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