可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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六章 奏歌くんとの六年目

23.私の手作りパウンドケーキ

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 奏歌くんが中に入ってくれたおかげで園田さんへの私の初対面のひとに対する苦手意識のようなものは薄れていた。仕事の伝達もスムーズに行っていると思うのだが、監督している津島さんは懐疑的な目で私と園田さんを見ていた。

「口頭で伝えても聞いていないことが多いから、メッセージにも入れてくださいね」
「はい。ちょっと天然なところも可愛いですね」
「海瑠ちゃんは可愛いんですけど……甘やかしちゃダメですからね!」

 まだ十代の頃から十年以上面倒を見てくれる津島さんにとっても、私は妹のような存在で可愛いようだ。二人に可愛いと言われるのは嫌ではないことに気付く。以前だったら何を言われていても興味がなくて聞いていなかったが、津島さんと園田さんの言葉にも耳を傾けられるようになっていた。

「春公演のチケットは完売になってますが、奏歌くんの春休み期間中に奏歌くんとお友達の分のチケットは確保してあります!」
「ありがとうございます」

 園田さんも奏歌くんのことを尊重してくれるので私は安心して園田さんに頼ることができた。奏歌くんと沙紀ちゃんの分のチケットは確保してもらっている。それも前の方の私の顔が見え、舞台の私からも奏歌くんと沙紀ちゃんの顔が見える位置だということで、いつも通りで安心する。
 新しいマネージャーさんが来るとか、劇団の体制が変わるとか、私は変化に順応するのが他のひとよりも苦手なのかもしれない。舞台の上で演じているときはいつも自分が生きていると感じる時間ではあったが、それ以外の煩雑なことは全て苦手だった。
 奏歌くんと出会って六年、私は変われたのだろうか。
 次の休みには奏歌くんと約束をしていた。

「さくらちゃんのお誕生日ケーキなんだけどね、まだ2歳だからシンプルなものがいいんじゃないかって、やっちゃんは言うんだ」

 さくらは今度の誕生日で2歳になる。
 最近はお喋りも上手になってきているようだが、頻繁には会わないので私はよく分からない。2歳の子どもがどんなものを食べて良いのかもよく分かっていない。

「母さんが海香さんと宙夢さんに聞いてくれたけど、アレルギーはないみたいだから、パウンドケーキに果物を添えたらいいんじゃないかって話したんだ」
「パウンドケーキ……聞いたことがあるような」

 どこかで聞いたことがある。
 記憶を掘り起こせば、宙夢さんと海香に御呼ばれしたときに奏歌くんと一緒に食べたケーキだった。四角くて上が少し盛り上がっていて、パンのような形のそれを切って宙夢さんは私と奏歌くんに出してくれた。

「抹茶のパウンドケーキもあるって言ってたよね」
「抹茶はさくらちゃんが好きかどうか分からないからね。プレーンなパウンドケーキにしようと思う」

 私は奏歌くん中心ですぐに奏歌くんの好みを考えてしまうけれど、奏歌くんは私よりも大人でさくらの好みを考えていた。
 休みの日に篠田家にお邪魔してパウンドケーキを作る。
 私と奏歌くんがバターを泡だて器で混ぜて砂糖を入れている間に、茉優ちゃんとやっちゃんは卵を割って溶いておいてくれる。バターと砂糖が混ざると、そこに少しずつ卵を入れて混ぜるのだが、これが難しい。

「急ぐと分離しちゃうから、ちょっとずつ、ちょっとずつ」
「ちょっとずつね」

 卵というのはなかなか少しだけ流し込むのは難しい。大量に一度に入れそうになる私に奏歌くんが止めてくれる。綺麗に混ざったらベーキングパウダーと小麦粉を入れてまた混ぜて、その間にやっちゃんがオーブンを予熱しておいてくれる。

「型に流し込んだら、とんとんって落として空気を抜くんだよ」
「とんとん?」
「そう、型を持ってテーブルの上にそっと落とすんだ」

 奏歌くんに教えてもらって空気抜きもできた。
 オーブンに入れて焼いている間はやることがなくなる。茉優ちゃんとやっちゃんはお昼ご飯の準備をしていて、奏歌くんは私のために紅茶を淹れてくれていた。

「奏歌くんの紅茶が一番美味しいわ」
「海香さんと宙夢さんの家にも紅茶のポットがあるかな? 僕紅茶淹れさせてもらえるかな?」

 自分で紅茶を淹れられるということは奏歌くんの自信にもなっているようだった。
 紅茶を飲んで待っていると、やっちゃんと茉優ちゃんから呼ばれる。

「お昼ご飯ですよー」
「チャンポンだけど、みっちゃん苦手のものはないよな?」

 もうでき上っているチャンポンに文句をつけるつもりもなかったし、特に嫌いなものはなかったので私は有難くチャンポンをいただいた。

「チャンポンはね、和風の魚のお出汁と中華風の鶏のお出汁が混ざってて美味しいんだよ」
「チャンポンってそうだったの?」
「うちのチャンポンはそうだよ」

 なんとなく汁のある麺類の一つとしか認識していないチャンポンも奏歌くんに説明されると新しい食べ物のように思えてくる。海老やイカ、たっぷりの野菜の入ったチャンポンを食べている間に、やっちゃんは焼き上がったパウンドケーキをオーブンから出して粗熱を取っていた。
 お昼ご飯を食べ終わると美歌さんも仕事から帰って来て、合流する。やっちゃんの車で奏歌くんと私と茉優ちゃんと美歌さんが乗って海香と宙夢さんの家に行った。
 お誕生日の近いさくらはもうかなりしっかりと歩くようになっていたし、美歌さんが来ると飛び付いて歓迎していた。

「みぃた、いらったい」
「お邪魔します、さくらちゃん」
「みぃた、みて!」

 早速美歌さんを捕まえて自分の玩具を一つ一つ見せていくさくら。嬉しそうな様子に美歌さんの運命のひとなのだとお互いに想い合っているのが感じられる。

「パウンドケーキと桃を持ってきました。キッチンを借りて良いですか?」
「僕がするから座っていてください」
「さくらちゃんのお誕生日だから私たちでしたいんです」

 宙夢さんに茉優ちゃんが交渉している。私たちが客だから自分でしようとする宙夢さんにお願いして、茉優ちゃんと奏歌くんはキッチンを貸してもらえることになった。
 奏歌くんが紅茶を淹れて、茉優ちゃんが桃を剥いて切って、パウンドケーキも切る。
 お皿に乗った桃とパウンドケーキが出てくると、美歌さんと遊んでいたさくらの表情が変わった。

「さく、たべう!」
「さくらちゃん、お手手を洗ってからにしましょうね」
「さく、てって、あらう!」

 大人しく美歌さんに洗面所に連れて行かれたさくらに並んで、私も手を洗わせてもらう。さくらのための踏み台があって、美歌さんに手伝ってもらってさくらは胸まで濡らしながら手を洗っていた。
 手を洗って戻ってくると子ども用の椅子によじ登るさくら。ぱしんっと手を合わせている。

「いただきまつ!」
「さくら、待って! まだみんなの分が揃ってないから!」
「いただきまつっ!」
「いただきますしたら食べられると思ってるのよ」

 しっかりとさくらは食いしん坊になっているようだった。顔からお皿に突っ込みそうなのを歩夢さんと海香に止められている。
 茉優ちゃんが全員の分の桃を剥き終わって、奏歌くんも全員の分の紅茶を淹れ終わってから、やっとさくらの元にもミルクが来て、食べることが許された。
 手づかみでパウンドケーキと桃を両手に持ってもりもりと食べているさくらには逞しさしか感じない。私は小さい頃の記憶がほとんどないけれど、食べ物にそんなに執着していなかったような気がする。

「もいっちょ!」
「もう食べ終わったの?」
「もいっちょ! おかーり、ちょーあい!」

 食べ終えてお代わりを要求するさくらに宙夢さんが苦笑しながらパウンドケーキを半分だけ切って与えていた。それも食べて口の周りを真っ白にしてミルクを飲んで、さくらは満足そうだった。

「海瑠さん、ハッピーバースデーも歌ってない!」
「そうだった! 歌わなきゃ!」

 あまりのさくらの食べっぷりに驚いてしまって私は奏歌くんに言われるまでお誕生日のお祝いだったことを忘れていた。もうさくらは食べ終わっていたけれど、ハッピーバースデーの歌を歌うと、お手手を叩いてさくらがきゃっきゃと笑う。

「おめでとう、さくらちゃん」
「おめでとう、さくら」

 歌い終わると奏歌くんと一緒にさくらにおめでとうを言った。本当の誕生日はもう少し先なのだが、全員がスケジュールが合ってお祝いできる日が今日だったので、今日お祝いすることにしたのだ。

「みぃた、らっこ」

 お腹がいっぱいになったのか眠そうなさくらは美歌さんに抱っこを強請っている。
 抱っこされて揺らされるとさくらはすぐに眠ってしまった。

「無事にさくらのお誕生日のお祝いができたわ、ありがとう、奏歌くん」
「海瑠さんの手作りのケーキだもんね」

 そこでようやく私は気付く。普段はケーキ作りが好きで奏歌くんや茉優ちゃん中心だったのに、今日はほとんどの工程を私がやっていたことに。

「奏歌くん、私にさせてくれたんだ」
「さくらちゃんは海瑠さんの姪っ子だもん」

 シンプルなプレーンのパウンドケーキを選んだのも、私が作りやすいようにだったのだろうか。
 細やかな奏歌くんの気遣いに私は深く感謝した。
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