可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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七章 奏歌くんとの七年目

15.奏歌くんの帰還

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 奏歌くんが自転車に乗って私の部屋にやってきた。待ちきれずにエントランスまで降りていた私は、奏歌くんと一緒にエレベーターに自転車を運び込む。エレベーターが最上階に着くと、開くボタンを私が押して、奏歌くんが自転車を降ろして玄関横のスペースに停めた。
 会いたくてたまらなかった奏歌くん。抱きしめたいが、もう12歳になる奏歌くんを気軽に抱き締めて良いのかと躊躇っていると、お腹が鳴った。

「海瑠さん、朝ご飯は?」
「あれ? 食べてない?」

 答えた私に奏歌くんの行動は早かった。炊飯器に研いだお米を入れて早炊きにする。お米が炊けるまでの間にお味噌汁と冷凍の干物を解凍したものが焼けていた。糠漬けも切って、少し早いお昼ご飯にする。

「京都で寝てるときは蝙蝠に一回しかならなかった。なったときも、ちゃんとみんなが起きる前に涙を舐めて元に戻れたよ」

 誇らしげに報告しながら、焼けた魚をお皿に乗せて、具沢山の野菜のお味噌汁をお椀に注いでくれる奏歌くんに、私は拍手をする。

「頑張ったんだね」
「うん、練習したし、海瑠さんの涙があったおかげだよ。ありがとう」

 お礼を言われて私は嬉しくなってしまった。
 ご飯はおにぎりにしてもらって、海苔を巻く。

「奏歌くんのおにぎりがずっと食べたかったの」
「海瑠さん、僕がいない間、ちゃんと食べてた?」

 心配そうな奏歌くんに私は明後日の方向に視線を彷徨わせた。

「できる限りちゃんと食べようと思ったんだけど……奏歌くんがいないと食欲がなくて」
「痩せたんじゃない?」
「やっちゃんの持って来てくれたカツサンドとスープはちゃんと食べたよ」

 やっちゃんにはお礼を言っておかなければいけない。
 私がやっちゃんがカツサンドとスープを差し入れしてくれたことを言うと、奏歌くんがホッと胸を撫で下ろす。

「やっちゃんにお願いしておいたんだ。二日目か、三日目の夜に、海瑠さんにカツサンドを届けてって」
「奏歌くんがお願いしておいてくれたの?」
「海瑠さん、食べるの忘れちゃうんじゃないかと心配だったんだよ」

 心配の通り私は奏歌くんがいない間、食生活は乱れていた。それを取り戻すように奏歌くんと食べる少し早いお昼ご飯は食が進む。おにぎりはお代わりをしてもう一個握ってもらってしまった。
 奏歌くんもお味噌汁をお代わりして食べていた。
 まだ華奢で小さいイメージだが奏歌くんも成長期でよく食べる。食卓の上のものはあっという間になくなった。
 食後には奏歌くんの淹れてくれた紅茶を飲む。

「これ、お土産なんだけど、もらってくれる?」
「開けていい?」
「うん、開けて」

 小さな神社の赤い模様の入った包みが一つと、大きな箱が一つ。小さな包みには貝を縮緬の布で包んだお守りが入っていた。薄紫でとても可愛い。大きい方の箱は生八つ橋だった。

「生八つ橋の抹茶味があったから、買って来ちゃった。紅茶にも合うと思うんだ」
「美味しそう。いただくね」

 奏歌くんと生八つ橋を食べながら、手の平の上で小さな貝のお守りを転がす。説明には「貝はお互いにしか合うものがないので、互いに離れないという恋の成就のお守り」と書かれていて、奏歌くんが私のことを考えてこれを買ってきてくれたのかと思うと胸がどきどきした。
 生八つ橋は不思議な香りがしたけれど、抹茶の餡が入っていて美味しかった。

「これ、ひと箱全部もらっていいの? 茉優ちゃんや美歌さんややっちゃんのお土産はちゃんとある?」

 修学旅行には決められた金額しか持って行ってはいけないと聞いていたので、心配になった私は生八つ橋の箱を見つめる。

「大丈夫だよ、みんなにお土産を買ってきたから。あ、さくらちゃんと海香さんと宙夢さんには買って来なかったなぁ」
「さくらはまだ小さいしいいんじゃないかな」

 食べ物を買ってきたら奪ってでも食べそうな気がするが、だからこそさくらにはまだお土産は早い気がする。やっちゃんの分も、茉優ちゃんの分も、美歌さんの分もお土産を買ってきたら、奏歌くんはお金が無くなってしまったのではないだろうか。

「京都の町を歩いたり、神社を巡ったりしたんだよ。海瑠さんと行ったときの方が楽しかったけどね」

 奏歌くんは奏歌くんで、私のことを考えてくれていたようだ。
 ゆったりとソファに座って二人で寛ぐ。猫の姿になって奏歌くんに撫でてもらおうと考える私に、奏歌くんの方が先にお願いをした。

「ずっと血を飲んでないから、海瑠さん、飲んでも良い?」

 上目遣いでお願いされて私に断るという選択肢はなかった。

「良いよ」

 手首を差し出す前に奏歌くんが私の膝を跨ぐようにして顔を近付けてくる。首筋から飲まれるのだと気付いて、私は目を閉じた。
 じんと痺れるような感覚がして、頭の芯が甘く蕩ける。心地よい痛みにうっとりしていると奏歌くんが唇を離した。少しだけ血の付いた唇を舌で舐めて拭っている。

「美味しい……けど、ちょっと薄い」
「え?」
「海瑠さん、ちゃんと食べてなかったでしょう?」

 ここ数日の不摂生はしっかりと私の血に出ていた。
 ソファに座り直した奏歌くんに今度は私の方がお願いをする。

「いっぱい撫でてくれる?」
「いいよ」

 猫の姿になって膝の上に頭を乗せると、奏歌くんの手がわしゃわしゃと私の毛並みを撫でる。耳の後ろを掻いて、喉も撫でてくれて、気持ちよさに私はお腹も晒してしまう。
 大型の猫なのにだらしない姿かもしれないが、奏歌くんの前では完全に気が抜けてしまうので仕方がない。奏歌くんは私の頭を抱え込んで、後頭部に鼻を当てて匂いを嗅ぐようにしていた。

「猫は吸うって、友達が言ってたけど、気持ちが分かる」
「私、吸われてるの? まぁ、血も吸われてるし、ちょっとくらい吸われても平気だろうけど」

 猫は吸うものらしい。
 よく分からないけれど、それで奏歌くんが楽しいならば私は文句はない。

「百合が私のお昼ご飯の食券を買ってくれて、朝もコンビニでおにぎりを買ってくれて、夜も回るお寿司に連れて行ってくれたの」
「百合さんにお礼をしなきゃいけないね」
「私にもできることがあるかな?」

 私の問いかけに奏歌くんが考える。

「海瑠さん、クッキーを作ってみる?」
「私がクッキーを作れるの?」

 起き上がって人間の姿に戻った私と奏歌くんでスーパーに買い物に行った。バターや小麦粉に、卵や牛乳やお野菜など冷蔵庫にないものも買い足して、エコバッグに詰めてマンションに戻る。
 ボウルの中で振るった小麦粉とバターとお砂糖と卵を混ぜ合わせて、棒状に丸めてラップで包んで冷蔵庫に入れておく。しばらく休ませた後で、棒状の生地を均等に切っていけば、クッキーが出来上がった。
 後はオーブンレンジで焼くだけである。
 ラッピング用の袋とリボンも買ってきていたので、準備は万端だった。
 オーブンで焼けたクッキーの粗熱を取って、袋に詰めてリボンをかける。

「思ったより簡単だった」
「海瑠さんもお料理の腕が上がってるんじゃないかな」

 奏歌くんがいてくれたからできたのだが、そう言われると悪い気はしない。やっちゃんにもカツサンドのお礼をしなければいけなかったから、ラッピングしてリボンを結んだ。

「奏歌くんが中学生になったら、修学旅行に行ったみたいに、あまり会えなくなるのかと思って、寂しくなっちゃった」
「今回、四日も会わなかったからね」

 奏歌くんが大人になって早く私の部屋に住んで、私の元に帰ってくるようになればいい。そう思わずにはいられない不在期間だった。これが中学になると日常になるなんて、考えられない。

「中学になってもお弁当作りは続けるよ。やっちゃんが劇団に行くときには、海瑠さんに届けてもらう」
「大変じゃない?」
「やっちゃんも毎朝うちに来て朝ご飯作ってくれたり、お弁当作ってくれたりしてるから平気だよ」

 美歌さんが夜勤でいないことが多い分、やっちゃんは早起きして篠田家に朝早く通って朝ご飯や自分と美歌さんのお弁当を作ったりしてくれているようだった。全く興味がなかったので気付いていなかったが、そう言えばやっちゃんは自分の部屋を持っていて、篠田家で暮らしているわけではない。

「僕もずっと会わないと、血が欲しくなっちゃうから、学校が早く終わった日や週末は来ると思うよ」

 奏歌くんには私の血が必要。
 そのことが私と奏歌くんを繋いでいるのだと改めて思わされた。
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