可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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九章 奏歌くんとの九年目

19.チョコレート配りと海香の苦労

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 バレンタインデーのためのお茶会とディナーショーの稽古も始まっていた。今回は男役トップスターの私と女役トップスターの百合が共演することになる。これまでは別々にバレンタインデーのためのお茶会をしていたので、合同でするのは初めてである。
 百合は毎回歌とダンスを中心にお茶会とディナーショーを開いていて、「優雅な調べ」とかキャッチコピーがつくのだが、私は劇も歌もダンスもなんでもやっていて、トークの時間も結構長く取っているので、「エンターテイメント」として認識されている感が強かった。
 優雅な百合のお茶会とディナーショーを私のエンターテイメントと擦り合わせることが今回の課題である。
 脚本には私と百合のフリートーク部分などもあって、その打ち合わせもしておかなければいけないと私は意気込んでいた。
 休憩時間に私は百合と美鳥さんと真月さんにラッピングしたチョコスティックケーキを渡した。

「少し早いバレンタインデーだけど」
「今年もあったのね! 嬉しい! ありがとう!」
「ありがとうございます、海瑠さん」
「もったいなくて食べられない」

 百合と美鳥さんと真月さんが口々にお礼を言って来るのがちょっと心地よい。自分が手作りしたものが喜ばれるのはやはり嬉しいものだった。奏歌くんもこんな気持ちでお弁当を作っているのだろうか。
 奏歌くんの気持ちが少し分かったような気がする。
 食堂にお弁当を持って行っていると、百合もお弁当を持参していた。

「百合、お弁当作るようにしたの?」
「まぁ、そうかな」
「百合も自分の食生活を見直そうと思ったのね」

 自分の食生活を見直すという百合にも変化が起きていることに感動していると、美鳥さんと真月さんが羨ましそうに百合と私のお弁当を覗き込んで来ていた。

「ちょっとだけ分けてくださいよ」
「家庭の味に飢えているんです」

 以前は百合が欲しがっていたが今度は百合が欲しがられる立場になっている。

「ダメよ、大事なお弁当なんだから」
「あ、スパム入ってる!」
「一個ください」

 スパム?
 それは真尋さんのお弁当に入っていた豚肉のランチョンミートの缶入りソーセージのようなものだった気がする。

「百合、もしかして、真尋さんに……」
「海瑠、分かる?」
「お弁当のレシピ教えてもらったの?」

 自分で作ることなどずっと前にやめていた百合がまた作り出したのは、真尋さんからレシピをもらってやる気になったからではないだろうか。それを考えると真尋さんが百合にお弁当を作ってくれたことに感謝しかない。

「そ、そうなのよ。お弁当のレシピって難しいでしょう。私も食べてたらスパムにはまっちゃったし、缶詰で簡単だから」

 ちょっと百合が早口な気がするが、それだけ情熱をもってお弁当作りに挑んでいるのだろうと私は自分を納得させた。

「百合が変わることができて良かったわ」
「海瑠には心配かけてたのね」
「私のお弁当も取られないし」
「そっち!?」

 仲良く言い合って私と百合はお弁当を食べる。元々自炊をしていただけあって百合のお弁当はとても美味しそうに見えた。真尋さんにレシピを教えてもらったのもよかったのだろう。真尋さんのお弁当とそっくりに出来上がっている。

「確かに、他人のお弁当って気になるわね」
「やっと分かったのね、海瑠は自分がどれだけ恵まれていたか」

 ついつい百合のお弁当を覗き込んでしまう私は、今になって百合が私のお弁当を爛々とした目で狙っていた気持ちが分かるようになった。奏歌くんのお弁当が一番であるのには変わりはないのだけれど、隣りで百合が食べていると興味はわいてくる。

「私もお弁当作るべきなんですかね」
「健康管理ができない役者はダメだって言いますよね」

 美鳥さんと真月さんも話し合っている。
 これから劇団のお弁当ブームが来そうな気配がしていた。
 劇団の稽古から帰ると奏歌くんが待っている。今日は出かける準備をして、海香のところに行く予定だった。食い気いっぱいのさくらは食べ物を持っていくととても喜ぶ。さくらにバレンタインデーのチョコスティックケーキを届けるのだ。

「海香さんと宙夢さんのは、ガトーショコラ・オ・カフェにしておいたよ」

 自分たちのために焼いたガトーショコラ・オ・カフェも、数が結構あったので自分たちでは食べきれないと海香と宙夢さんにお裾分けすることにしたのだ。
 タクシーに乗って海香の家に行くと、かえでの泣き声が響いていた。インターフォンを押すと疲れた顔の海香が出て来る。

「かえでが、抱っこしないと寝ないのよ……お願い、一時間だけ私を寝かせて」

 玄関先でかえでを渡される私。泣いていたかえでは抱っこされて落ち着くとすやすやと寝始めた。

「降ろさないでね! ベッドに降ろしたら泣いちゃうから。それじゃ、私は寝てくる!」

 保育園はまだ慣らし保育の期間で午前中だけなので、海香はかえでを早く迎えに行かなければいけない。午後からかえでとずっと一緒で、更にさくらも帰って来て、海香は限界を迎えたのだろう。

「海香さん、二時間くらい、僕たちで見てるよ」
「ありがとう! お休み!」

 物凄い勢いで海香は寝室に駆け込んでいった。
 かえでがまだ小さいのに脚本を書き上げるのも大変だっただろう。こんな状況では海香に文句も言えない。

「みちるちゃん、かなちゃん、いらっしゃい」
「さくらちゃん、お邪魔します。さくらちゃんにバレンタインデーのプレゼントがあるから、お手手を洗ってこようか」
「プレゼント!? さく、おててあらってくる!」

 勇ましく洗面所に行って踏み台を上がって手を洗うさくらを奏歌くんが見守る。戻って来たさくらを椅子に座らせて、私も眠っているかえでを抱っこしたまま椅子に座って、奏歌くんが紅茶を淹れてくれるのを待っていた。
 勝手知ったる様子で奏歌くんは紅茶の缶とティーポットをキッチンから取り出して紅茶を淹れる。さくらには紅茶風味のミルクを、私にはミルクティーを淹れてくれて、奏歌くんはさくらの前にチョコスティックケーキを置いた。

「これ、さくの?」
「そうだよ。今日じゃないんだけど、二月にはバレンタインデーっていう日があって、大好きなひとにチョコレートを贈るんだ」

 それを聞いてさくらは神妙な顔でチョコスティックケーキの入った袋を見つめていた。大人にしたら食べやすいサイズのチョコスティックケーキが三本入ったそれを、さくらが奏歌くんに開けてもらって、二本取り出して、奏歌くんに返す。

「これ、みかさんにあげて」
「え!? 母さんには他にもあるよ?」
「さくから、あげたいの」

 食いしん坊のさくらが涎が垂れつつ我慢して、三本あるチョコスティックケーキの一本を美歌さんに上げると言っている。それはさくらにとってはものすごい我慢であるし、愛に違いなかった。

「分かった。さくらちゃんからのバレンタインデーだって伝えて渡すね」
「あい。おねがいします」

 奏歌くんがラッピングに一本残ったチョコスティックケーキに封をしてリボンで結ぶのを、さくらは神妙な顔で見つめた後に、紅茶風味のミルクと一緒にチョコスティックケーキをもりもりと食べ始めた。

「おいしー! みちるちゃん、かなちゃん、ありがとう!」

 ほっぺたをリスのように膨らませてもぐもぐと食べるさくらは至福の表情だった。これだけ喜んでもらえるならば私たちも作った甲斐がある。

「海瑠さん、抱っこ変わるよ」
「え? 平気よ。軽いし」
「ミルクティー、飲めないでしょ?」

 こんなところまで奏歌くんは紳士的である。
 奏歌くんに抱っこを変わってもらって、私はミルクティーをゆっくり飲んだ。受け渡すときにかえでは少しだけ「ふぇ」と泣きかけたが、抱っこされてまた泣き止んで眠っていた。
 二時間後、すっきりした様子で寝室から出てきた海香に、おもちゃで遊んでいたさくらが声を上げる。

「ママー! おなかすいたー!」
「あぁ、宙夢さんのお惣菜があるわ。すぐに温めるから待ってて。海瑠、奏歌くんありがとう」

 目の下には隈ができていて疲れ切った様子の海香だが、二時間眠ったせいか髪は乱れているが少し元気になっていた。
 さくらは温めたお惣菜とご飯で夕飯にして、かえではオムツを替えてミルクを飲ませる。

「これ、バレンタインデーのチョコレート」
「ガトーショコラ・オ・カフェって言って、コーヒーが入っているから、さくらちゃんには上げないようにしてくださいね」

 ガトーショコラ・オ・カフェを渡して私たちは海香の家から帰ったのだった。
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