可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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九章 奏歌くんとの九年目

26.奏歌くんの15歳の誕生日

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 私の誕生日が終わると奏歌くんのお誕生日を意識するようになる。
 毎年奏歌くんのお誕生日プレゼントは私のお手製の「奏歌くんのためのコンサートチケット」なのだが、それにディナーも付けるようになってから何年経っただろう。今年は何を作ろうかと悩んでしまうが、今年は挑戦したいものがあった。

「やっちゃん、ショートケーキって難しいの?」

 奏歌くんのお誕生日に苺のショートケーキを作りたかったのだ。お誕生日ケーキといえば苺のショートケーキのイメージだったので、やっちゃんに相談したのだが、やっちゃんからの返事は平静なものだった。

「七月に苺は手に入らないよ」
「え!? そうなの!?」

 確かに七月に苺を見ることはほとんどない気がしていたが、お店のショートケーキには苺が乗っているので、どこかで手に入れられるのではないかと考えていた。その考えは甘いもののようだった。

「お店のケーキには苺が乗ってるじゃない?」
「お店は特殊な入手ルートがあるんだよ。普通には売ってないよ」

 苺のショートケーキを作れるんじゃないかと私の考えを、やっちゃんがひっくり返してしまう。どうしてもショートケーキは作りたいが、苺は諦めなければいけないようだった。
 毎年奏歌くんのケーキは苺好きなのに苺ではなかったことにやっと気付いたのだ。意識して食べていなかったし、苺がないことを私は意識していなかった。

「他のもの……何ならいいのかしら」

 真剣に悩む私にやっちゃんが案を出してくれる。

「チョコレートとか、桃とかならできると思うけど」
「桃のショートケーキってありだと思う?」
「桃もかなくん好きだよ」

 やっちゃんの助言を受けて私は桃のショートケーキに決めることにした。

「桃は変色するからシロップでコーティングした方がいいだろうな」
「ショートケーキの作り方は?」
「分かった、教えるからうちに来い」

 奏歌くんの誕生日の前日に休みをとって、私はやっちゃんの部屋に行くことになった。毎年奏歌くんのお誕生日ケーキはやっちゃんが作っているのだが、今回は私が作らせてもらうのだ。
 やっちゃんは二人きりにならないように部屋に茉優ちゃんを呼んでいた。茉優ちゃんはリビングのソファで勉強をしている。
 バターを溶かしておいて、卵とお砂糖を湯煎にかけながら泡立てる。振るった小麦粉を入れて溶かしたバターとバニラエッセンスを加えて混ぜる。それを型に流し入れて、上から軽く落として空気を抜いて、オーブンで焼く。

「次は桃の処理だな」
「皮を剥くの?」

 桃の皮を剥いて種を外して切っている間に、やっちゃんが小鍋に砂糖とお水を入れてシロップを作ってくれている。剥いた桃はシロップに浸した。
 ボウルに生クリームと砂糖を入れて泡立てる。
 焼き上がったスポンジ生地の粗熱を取って、切って、生クリームを塗っていく。上部にはシロップを塗ってから生クリームでデコレーションをする。最後に桃を挟んで、上に桃を飾ると出来上がった。

「可愛い! お花みたい」
「桃の淡いピンクが綺麗だな」

 出来上がった桃のショートケーキに私は大満足だった。自分の手で奏歌くんのお誕生日ケーキを作れる日が来るなんて思わなかった。

「やっちゃんと茉優ちゃんがさくらの誕生日にショートケーキを作っていたから、私も作ってみたかったの」
「かなくんは喜ぶだろうな」
「明日まで奏歌くんに言わないでね」
「分かったよ」

 やっちゃんは奏歌くんに内緒にしてくれることを約束してくれた。
 私は満足してやっちゃんにショートケーキを預けて自分の部屋に帰った。
 翌日は稽古だったけれど、早めに終わることができたので私は篠田家に向かっていた。百合が送ってくれていると思ったら、百合も招かれていたようだった。

「ダーリンのお誕生日に私も呼んでもらえるなんて幸せだわ」
「奏歌くんが呼んだの?」
「ダーリンがよかったらどうぞって」

 これまで誕生日に呼ばれたことのない百合は嬉しそうにしていた。篠田家で食べる晩ご飯は美味しいからそれは仕方のないことなのかもしれない。
 篠田家に着くと真尋さんが来ていた。

「こんにちは、百合さん」
「真尋さんも呼ばれてたのね。真尋さんの劇団は次の公演はいつ?」

 親し気に百合が話しかけている様子に、私は奏歌くんのところに行った。

「お誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
「やった! 今年もコンサートチケットもらえるんだ。嬉しいよ」

 お礼を言ってくれる奏歌くんのハニーブラウンの目がきらきらと輝いている。15歳になるのにこんなにも可愛くていいのだろうか。中学三年生で、沙紀ちゃんと劇団に行きたくないとか、家では美歌さんや茉優ちゃんとあまり喋らないとか聞いていたので、奏歌くんのことに関しては私は少し心配していたのだ。
 15歳になったら急激に変わるということはないけれど、やはり男の子として変化が起きるのではないかと危惧していた。私の部屋には来てくれるし、お出かけもしてくれると言っているし、コンサートチケットには喜んでくれるし、何も変わっていないことに心底安心する。
 お誕生日の晩ご飯は奏歌くんの好きな鱈の西京漬けと炊き込みご飯と豚汁だった。具沢山の豚汁を奏歌くんがもりもりと食べている。

「豚汁のお代わりある?」
「あ、私は炊き込みご飯のお代わりをお願いします」
「百合、ちょっとは遠慮しなさいよ」
「だって、このお魚美味しいんだもん」

 お椀を差し出す奏歌くんに、百合も遠慮なくお茶碗を差し出している。遠慮というものを知らない百合にもちゃんとお代わりが盛られた。
 たっぷり食べた後に、私の作ったケーキが出される。

「かなくん、このケーキは昨日みっちゃんが作ったんだよ」
「え!? 海瑠さんの手作り!?」

 テーブルの上に置かれた大きな桃のショートケーキを奏歌くんが驚いて見つめている。

「茉優ちゃんとやっちゃんがさくらの誕生日にショートケーキを作ってたじゃない。私も奏歌くんに作りたかったの」

 正直に私が言えば奏歌くんは頬を染めて嬉しそうに微笑む。

「嬉しい。海瑠さんの手作りのショートケーキが食べられるなんて」
「奏歌くんに喜んでもらえて嬉しい」

 奏歌くんのためにハッピーバースデーを歌って、やっちゃんにケーキを切り分けてもらう。大きなケーキを作ったはずだが、奏歌くんと茉優ちゃんと美歌さんとやっちゃんと真尋さんと百合と私の分の七人分になると一切れがどうしても小さくなってしまう。

「俺は遠慮するよ」
「私もいいわ」
「僕も平気です」
「え? 真尋さん食べないの!?」

 遠慮するやっちゃんと美歌さんに、真尋さんまでも遠慮するのに百合が驚いている。

「真尋さんと百合さんは食べてください。海瑠さんが僕のために一生懸命作ってくれたから、食べて欲しいよ」

 美歌さんとやっちゃんはともかく、お客様として来ている真尋さんと百合には食べて欲しいと主張する奏歌くんの言葉で、ケーキは六等分にされた。せっかくだから美歌さんとやっちゃんにも食べて欲しかったので、二人には一切れを半分ずつ食べてもらうことにしたのだ。

「海瑠さん、ありがとう!」
「海瑠、ありがとう。ダーリン、お誕生日おめでとう」
「海瑠さんありがとう。奏歌、お誕生日おめでとう」

 お礼を言う奏歌くんに、百合と真尋さんがお誕生日を祝っている。
 百合からは六色のボールペンセットが、真尋さんからは可愛いリングノートが奏歌くんに贈られた。
 一晩置いておいたショートケーキは馴染んで美味しくなっている。桃も変色していなくて綺麗に花のように飾られていた。

「食べるのがもったいないな」
「また作るから」
「今度は一緒に作ろうね」

 もったいないと言ってくれるほど奏歌くんが喜んでくれていることが嬉しい。それでも食べてもらわないとケーキが傷んでしまう。ゆっくり味わって食べる奏歌くんの笑顔が輝いているのを私も微笑んで見つめていた。
 その日、奏歌くんは15歳になった。
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