可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十章 奏歌くんとの十年目

26.血を分ける奏歌くんと誕生日の公演

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 奏歌くんの春休みが終わっても春公演は続いている。
 高校は授業時間が長くなってくるのであまり部屋に来られなくなるということで、私は奏歌くんに対してある程度覚悟をしなければいけなかった。
 奏歌くんの来ない部屋は春でも夏でも秋でもどこか寒くて寂しい。冬なんてとても耐えられたものではない。
 部屋に戻ると奏歌くんがいない可能性を考えながら公演から帰ってきたら、奏歌くんは普通にキッチンで晩ご飯のお味噌汁を作っていた。ご飯の炊けるいい香りが炊飯器から漂ってきている。

「奏歌くん、今日は来られたのね」
「一年生の最初の内はまだ大丈夫みたい。夏休みも夏期講習とかあるから来られる日は少なくなるけど、時間が少し遅くなっても僕は男だし、高校生になったから、晩ご飯だけでも一緒に食べよう」

 高校生に奏歌くんがなってしまったことは、授業時間が長くなるという悲しい事実だけではなかったようだ。大人になりかけている奏歌くんは中学よりも遅めに帰っても許されるようになったのだ。
 それならば私が仕事で遅くなった日も晩ご飯を一緒に食べられるかもしれない。
 これまでは六時くらいまでに帰って来ないと奏歌くんとは晩ご飯を食べられなかったのだが、これからは違うようだ。

「母さんも八時までには帰って来なさいって言ってるから、それまでは一緒にいられるよ」

 私はいるのか分からない神様に感謝した。
 奏歌くんは中学までは七時に帰らなければいけなかったのが、高校からはそれが延長されて八時までに帰れば良くなった。

「僕が吸血鬼だから夜目もきくし、やっちゃんから自転車に反射板をいっぱいつけられたし、できるだけ気を付けて帰ることにするよ」
「よかった。奏歌くんとずっと一緒に過ごせなかったら、私の方が干からびちゃう」

 悲しみと寂しさで凍えて干からびそうだった私の心に一条の希望の光が差した。

「僕の方も毎日ではないけど、週に一回は血を貰わないと苦しい状態になってきてるんだ。海瑠さんには負担をかけるけど……」
「全然負担じゃないよ。奏歌くんが苦しいのは嫌だもの。いつでも血を吸っていいからね」

 成長と共に奏歌くんは毎日血を飲まなくてもよくなったが、週に一回は飲まないと体に支障が出るようになっていた。これも吸血鬼として奏歌くんが大人に近付いている証拠なのだろう。

「海瑠さんに、お願いがあるんだ」
「なにかな? なんでも言って」
「僕は海瑠さんに血を分けたい」

 吸血鬼は生涯で一度だけ血を分けることによって、相手を自分と同じ長さを生きる人外に帰ることができる。血を分けた相手は伝説の吸血鬼のように吸血鬼の仲間になって血を欲しがるようになるわけではなく、あくまでも伴侶やそれに相当する相手として同じ時間を生きるための方法なのだとは聞いていた。
 奏歌くんが幼い頃に美歌さんが奏歌くんに私に血を分けるように言ったのだが、私はそれを受け取っていない。私はワーキャットで本性が猫なので、そもそも人間よりも遥かに長い時間を生きることが分かっていたからだ。
 吸血鬼とワーキャットなので血を分ける必要はないと私が勝手に思っていただけのようで、奏歌くんには考えがあるようだ。

「海瑠さんの方が僕より長く生きる種類ならいいんだ。そういうのって、本当に生きてみないと分からないでしょう? 海瑠さんとは十八歳の年の差があるから、僕、不安になっちゃって」

 吸血鬼やワーキャットの長い寿命からしてみれば、十八年は短い時間なのだが、それでも15年しか生きていない奏歌くんにとっては重大な年月のようだった。
 血を分けられることで私のワーキャットという性質は変わらないだろうし、奏歌くんが安心するのならばそれでいい。

「いいよ、血を受け取る」
「本当? ありがとう」

 奏歌くんの決めたことに従おうと私が頷けば、奏歌くんは私をソファに座らせて首筋に噛み付いてきた。いつもの血を吸われる感覚ではなく、暖かな血が注ぎ込まれる感覚に身体が震える。
 血を注ぎ込んだ後に奏歌くんは首筋から唇を離した。

「やっちゃんが茉優ちゃんに血を分けたって聞いたんだ。茉優ちゃんはそれを受け入れたって。僕も海瑠さんに血を分けたくなって」
「うん、奏歌くんの血は受け取ったよ」
「血を分けるのは吸血鬼の伴侶になることと同等……つまり、海瑠さんを僕のものだと主張したかったんだ」

 恥ずかしそうに頬を染めながら言う奏歌くんに私も顔が熱くなってくる。真っ赤になっているであろう頬を押さえていると、奏歌くんがぎゅっと私を抱き締めて来た。

「海瑠さんしか考えられないんだ。僕の初恋で、最後のひと」
「私も奏歌くんしか考えられないよ。私の初恋で最後のひと」

 私にとっても奏歌くんにとっても、お互いが初恋で、最後のひとになることは間違いなかった。6歳で奏歌くんが私を運命だと見つけてくれたときから、奏歌くんは私の特別な相手で、奏歌くんにとっても私は特別な相手だった。

「海瑠さん、ありがとう。僕の子どもっぽい独占欲に付き合ってくれて」
「ううん、奏歌くんがそんな風に思ってくれてるなんてとても嬉しい。こちらこそありがとう」

 お互いにお礼を言い合って、私と奏歌くんは身体を離した。
 春公演が無事に千秋楽を迎えると、私のお誕生日のお茶会のための稽古が始まる。今年は百合もお祝いに来てくれるということで、春公演のアルセーヌ・ルパンの演目の続きのような短いお芝居が設定された。
 宝石のネックレスを取り返されて消えていった謎の女怪盗との再会。女怪盗からの誘惑。一夜を共にして、お互いに怪盗としてのスタンスが違うことを悟り、最後にデュエットダンスを踊って別れる。
 お茶会が舞台形式になったのは何年ぶりだろうか。以前にも演目の続き的な舞台形式でやったことがあるが、今回は百合と二人きりの共演である。
 歌もダンスも可憐にしてダイナミックと言われる百合はしっかりと私の演技とダンスと歌についてきてくれた。
 百合は退団する気はないだろうから、私はたった一人の女役トップスターとして百合を相手役に男役トップスターの全ての期間を過ごすのだろう。息がぴったりで、リフトも完全に合わせてくる百合との踊りやすさは本当に格別だった。
 さすがは劇団の歴史に残る期間、女役トップスターを務めあげているというだけはある。

「海瑠、ちょっと変わった?」
「え?」
「ダンスのキレが前よりもよくなった気がする」

 そんな百合から誉め言葉をもらうと私も驚いてしまう。
 ずっと一緒に踊って歌っているからこそ分かることなのかもしれない。

「変わったかな?」
「歌も声の伸びがよくなってる気がするわ」

 何か変化があったとすれば、奏歌くんに血を分けてもらったせいなのかもしれない。私はワーキャットの能力以外に、吸血鬼の守護も付いたような気がしていた。
 吸血鬼同士の間から生まれた奏歌くんは特に吸血鬼としての血が濃いので、血を分けた私にも影響があるのかもしれない。
 同じく血を分けられた茉優ちゃんもこんな体の変化が起きているのだろうか。
 一度茉優ちゃんにも話を聞いてみたいと思う私だった。
 お誕生日はお茶会だけで夜までは拘束されない。百合との演目を演じるために長めになってしまったので、一日に二回公演をするには時間が足りないというのが経営陣の判断だった。
 たった一日、たった一度だけの公演。
 DVDに収録されはするが、生で見ようとするファンの皆様のチケット争奪戦がいつもよりも熾烈だったのは言うまでもない。
 色っぽい場面もあり、デュエットダンスもあり、最後は二人の別れで終わる演目は盛大な拍手とスタンディングオベーションの中で幕を閉じた。
 お誕生日のお茶会が終わって私は奏歌くんに誕生日を祝ってもらうために、いそいそと帰り支度をしていた。

「海瑠、お誕生日おめでとう」
「え!? これ、何?」
「ダーリンと使って」

 百合が送ってくれる帰りの車の中で私は百合にプレゼントをもらってしまった。お互いの誕生日はお茶会やディナーショーがあるので、祝うことはしていなかったが、百合が何かに勘付いて私と奏歌くんを祝ってくれている。
 血を分けてもらって正式に伴侶となったなんてことは言えないのだけれど、私は百合にお礼を言ってプレゼントを受け取っていた。
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