可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十一章 奏歌くんとの十一年目

7.マダム・ローズと奏歌くんとの約束

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 茉優ちゃんとやっちゃんが帰ってくる日に、私も奏歌くんと空港に迎えに行った。飛行機から降りて、荷物を受け取って出てきた茉優ちゃんとやっちゃんは少し日に焼けている気がした。
 北半球なのでイギリスも夏で紫外線が降り注いでいたのだろう。

「お帰りなさい、茉優ちゃん、やっちゃん」
「イギリスはどうだった?」
「話したいことはたくさんあるから、帰ってから話すわ」

 荷物が多いので美歌さんの車で茉優ちゃんとやっちゃんは篠田家に戻って、私と奏歌くんはタクシーで篠田家に行った。篠田家で茉優ちゃんとやっちゃんが話をしてくれる。

「来年の春から暮らせる場所が見付かったよ」
「細かな契約や移住の手続きのために、安彦さんは冬にもイギリスに行くんです」
「クリスマスの公演を最後に退職しようと思っているんだ」

 具体的なやっちゃんの退職の日を聞いてしまうと、寂しさがわいてくる。来年の春公演にはもうやっちゃんはいないのだ。

「クリスマス公演が終わったら、やっちゃんはいなくなるのかぁ……」
「まだいなくならないよ。手続きのために早めに辞めるだけで。国際免許証も取らなきゃいけないしな」

 やっちゃんがいなくなるというのは、私と奏歌くんの関係を始めることになったきっかけが消えてしまうようでとても寂しい。やっちゃんがいなければ奏歌くんと出会うこともなかった。
 奏歌くんと出会うよりも先にやっちゃんとは出会っていたはずなのだが、奏歌くんと出会う前の記憶はほとんどない。奏歌くんを認識してからようやくやっちゃんのことも認識した気がする。
 こうして考えるとやっちゃんとも付き合いが深くなってから十年の時間が経っている。奏歌くんとのことを最初は反対していたが、今は暖かく見守ってくれているし、奏歌くんのお誕生日の料理やケーキの相談には何回も乗ってもらった。それ以外にもたくさん相談に乗ってもらったし、やっちゃんは同じ年の頼れる相手だった。
 私にとっては年齢も同じで異性なのに、全く私を恋愛対象としないし、いやらしい目で見て来たりしない安心できる相手だった。やっちゃんとだけは絶対に恋愛関係にならないとお互いに理解できている。
 ちょうど良い距離を保てるいい友人関係だった気がするのに、やっちゃんがイギリスに旅立ってしまうのが、私にとってはとても大きな変化だということに今更ながらに気付かされる。恋愛対象では全くないが、気を許せる友人としてやっちゃんは私の中で大きな存在だったのだ。

「やっちゃんがイギリスに行くの、寂しいわ」
「みっちゃん?」
「やっちゃんは私の唯一の友達だった気がする」

 百合は幼馴染の腐れ縁で、美鳥さんと真月さんは同じ劇団の団員として仲がいいが、友人というのとは少し違う気がする。百合は親友という意味で違うし、美鳥さんと真月さんは後輩という意味で違う気がする。

「友達……? 俺はみっちゃんの友達だったのか?」
「え? 違う!? やっちゃん、友達じゃないの!?」

 ショックを受けてしまった私に、奏歌くんが厳しい目でやっちゃんを睨んだ。

「やっちゃんは海瑠さんに友達って思われてることを光栄に思った方がいいよ!」
「え!? 友達ってそんなもんだっけ?」
「海瑠さんの友達なんだよ? 嬉しいでしょ?」
「あ、はい」

 なんとなく返事をするやっちゃんに、私は友達と思われていなかったのかと衝撃を受けていた。私の方だけ友達と思っていたのだろうか。

「そういえば、茉優ちゃん、海瑠さんのアクセサリーを作ってくれてる劇団のデザイナーさんがイギリスのブランドとも繋がりがあるって言ってたよ」

 落ち込みそうになっている私の気持ちを切り替えるように、奏歌くんが話題を変える。話を聞いて茉優ちゃんが興味津々で身を乗り出している。

「イギリスで見つけた住居の近くに工房があったの。そこで勉強させてもらえるように交渉しようと思っていたんだけど」
「マダム・ローズっていうひとなんだけど、その工房のことも知ってるかもしれない」

 奏歌くんの言葉に茉優ちゃんは期待しているようだった。

「お会いしたいわ、マダム・ローズ」
「マダム・ローズの方も茉優ちゃんを連れて来てみてって言ってたわ」

 気を取り直して茉優ちゃんの話題に加わると、奏歌くんが私の写真を部屋から持ってきた。自分の写真集を目の前で見られるのは微妙な感じだが、劇のパンフレットの写真を奏歌くんは茉優ちゃんに見せている。

「このイヤリングとネックレスも、こっちのブローチも、マダム・ローズが作ったんだよ」
「すごく綺麗……。実物が見られるかしら?」
「私のアクセサリーは全部マダム・ローズに預けているから、見せてもらえると思うわよ」

 私が答えると茉優ちゃんの茶色っぽい目がきらきらと輝く。期待に満ちた茉優ちゃんの表情に、私はマダム・ローズと話をしておいてよかったと心から思った。
 夏休みでも補講がある奏歌くんは土曜日と日曜日は休みであるので、それに合わせて私も休みをもらっていた。秋公演が始まると土曜日と日曜日も舞台があるので、休むことができない。その間は奏歌くんと会える時間が少なくなってしまうので、夏休み中はできる限り休みを合わせていた。
 茉優ちゃんのマダム・ローズのお店訪問は、八月の最後の土曜日に決まった。やっちゃんも休みを取って車を出してくれた。

「茉優ちゃんのためなら、休みを取るのね」
「それは当然だろ」
「それが言えるようになったから、やっちゃんも成長したね」

 揶揄ったつもりの私に、平然と答えるやっちゃん。奏歌くんがやっちゃんの成長を褒めていた。叔父であるやっちゃんのことも評価して褒められる奏歌くんは大人で男前だと思う。
 マダム・ローズのお店「ユンヌ・ローズ」の近くの駐車場に車を停めて、奏歌くんと茉優ちゃんとやっちゃんと私で店に向かう。少しの距離でも日傘に日除けの手袋という格好の私に、やっちゃんは何か言いたそうにしていたが、奏歌くんの表情を見て何も言わなかった。

「いらっしゃいませ、海瑠さん。奏歌さんもお元気でしたか?」
「今日はよろしくお願いします。この子が茉優ちゃんです」
「夜宮茉優です。よろしくお願いします」

 頭を下げる茉優ちゃんにマダム・ローズが微笑んで茉優ちゃんに手を差し出す。

「茉優さんよろしくお願いします。ゆっくり見ていってくださいね」

 握手をする茉優ちゃんとマダム・ローズ。奥の部屋に招かれて、ふかふかのソファに座っていると、マダム・ローズがベロアの貼られた箱にアクセサリーを持って来る。箱の上には幾つかのアクセサリーが乗っていた。

「アーサー王伝説のときに作った黒をモチーフにしたイヤリングとネックレスです」
「すごく綺麗ですね。間近で見るとこんなに大きいんですね」
「舞台で使うものですからね。アクセントになるように大きなビジューを使っています」
「こっちは何の演目のものですか?」
「こっちは海瑠さんがドラァグクィーンをしたときのものですね。『バー・ブルーバード』のときもこれをアレンジして使いました」

 茉優ちゃんとマダム・ローズが話している間に、私は別のものに見入っていた。ショーケースに並んでいる指輪だ。
 奏歌くんの手はまだ大きくなるからまだ指輪を買うのは早いかもしれないが、奏歌くんが18歳になったら指輪をオーダーしても良いのではないだろうか。
 そこで私は重大なことに気付いた。

「奏歌くんは七月に18歳になるけど、高校を卒業するのは次の年の四月よね……18歳になってもすぐ結婚できるわけじゃない!?」
「そうだよ、海瑠さん。僕は高校を卒業するまでは結婚できないよ」
「奏歌くんが18歳になっても結婚できないなんて……」

 18歳になればすぐに結婚できるような気になっていたけれど、奏歌くんはその後も高校に通って、次の年の春に高校を卒業するまでは結婚することができない。
 ショックを受けていると、奏歌くんが悪戯っぽく微笑む。

「18歳の誕生日お祝いは指輪がいいな」

 奏歌くんに指輪を買える。それだけで落ち込みかけていた気分が浮上した気がした。
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