可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十一章 奏歌くんとの十一年目

18.雑煮の仕上げと初めてのお屠蘇

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 忙しさはまだ終わっていなかった。
 元日に着物を着てリビングに出て来ると、速やかに美歌さんにたすき掛けされて割烹着を着せられる。出来上がったお節料理を重箱に詰める作業と、お雑煮を仕上げる作業がまだ残っていたのだ。
 重箱に詰める作業はやっちゃんと茉優ちゃんと美歌さんが手伝ってくれているが、お雑煮は奏歌くんと私の仕事のようだ。指示を待つ私に奏歌くんが具材の入ったお鍋を指さす。

「ここの具材をお椀に入れていって。一番下が大根になるようにしてね」
「分かったわ」

 どうしてそうしなければいけないのかについては、お餅を煮ながら奏歌くんが教えてくれる。大根が一番下にあるとお餅を上に乗せてもお椀にくっ付かないのだそうだ。新しい知識を得ながら私はお椀の中に具材を入れていく。大根、椎茸、鰹菜、鰤。順序良く並べていくと奏歌くんが大根の上に煮たお餅を置いて、お出汁を張る。最後に柚子の皮を一欠けら散らすと、いい香りがしていた。
 出来上がった重箱とお椀をテーブルに運んでいく。お正月の朝までこんなに大変なことが待っているとは思わなかったけれど、私は奏歌くんと一緒に乗り越えた気分でいっぱいだった。
 出来上がったお節料理とお雑煮を、やっちゃんと茉優ちゃんと美歌さんと奏歌くんと「明けましておめでとうございます」の挨拶をしていただく。ごまめはたれが甘辛くパリッとしていて、数の子は塩抜きの加減もよく、酢人参酢ゴボウ酢蓮根はちょっと酸っぱくてアクセントになって、黒豆は艶々と綺麗に煮えていて、栗きんとんはサツマイモだけれどねっとりと美味しく、筑前煮も、海老も、かまぼこも美味しかった。作り方が分かるとこんなにもお節料理を食べるのも楽しいのかと新しい発見がある。
 新鮮な気分でお節料理を食べて、お雑煮も完食した。

「みっちゃんがお節料理とお雑煮を作るなんてなぁ」
「免許皆伝かな、やっちゃん師匠?」
「そこまではないけど、成長したな」

 やっちゃんは私が奏歌くんにお誕生日のディナーを作りたいというたびに協力してくれていた。私の料理の実力を一番知っているのはやっちゃんではないだろうか。そのやっちゃんに褒められたのだから鼻が高い。

「海瑠さんのお節料理とお雑煮とても美味しいわ」
「奏歌もすっかりうちの味を覚えたわね」

 茉優ちゃんと美歌さんからもお褒めの言葉が出る。
 海香と宙夢さん一家がフランスに行って、そこに美歌さんも同行するのならば、もうこんな風に集まってお節料理とお雑煮を食べることはないのかもしれない。やっちゃんと茉優ちゃんが今年の春にイギリスに旅立ち、私と奏歌くんも二年後にはイギリスを最初に海外に旅立ち、海香と宙夢さん一家と美歌さんはフランスに旅立つ。
 集まれるのは日に日に少なくなっていくのだと思うと寂しさを感じずにはいられなかった。
 私がしんみりしていると、奏歌くんがお椀を持って立ち上がる。

「僕、お雑煮お代わりする。海瑠さんは?」
「私もお代わりしたい」

 落ち込んでいた気持ちを浮かび上がらせるような奏歌くんの元気な声に、私はお椀を差し出していた。残った具材とお餅を入れて、お出汁を張って奏歌くんが私にもお代わりを持って来てくれる。二杯目のお雑煮も一杯目と同じく美味しかった。

「この澄まし汁がとても美味しいのよね」
「お出汁とお餅がよく合うよね」
「鰤も全然生臭くないし」

 これまではお雑煮を食べてもそういうものとして総合的にしか判断できていなかったが、実際に作ってみると一つ一つの具材の味がはっきり分かる気がする。

「鰹菜ってすごく美味しいのね」
「鰹みたいな味の葉っぱってことだもんね。すごく味が濃いよね」

 奏歌くんと話しながら食べたお代わりのお雑煮のおかげで私は元気になって、お腹も一杯だった。
 食べ終わると峰崎神社でお参りをして、莉緒さんのところにご挨拶に行く。茉優ちゃんも莉緒さんに譲られた着物を着ていて、莉緒さんは茉優ちゃんと一緒に写真を撮ってもらっていた。

「もうお別れが今年になってしまったなんて、時間が過ぎるのは早いわね」
「永遠のお別れじゃないし、テレビ電話で話せるわ、お祖母ちゃん」
「赤ちゃんが生まれたら教えるのよ。絶対にイギリスに行くんだからね」

 まだ若々しい莉緒さんは茉優ちゃんの赤ちゃんが生まれたら自分がイギリスに行く気満々のようだった。
 莉緒さんから奏歌くんと茉優ちゃんはお年玉をもらって、次は海香と宙夢さんの家に行く。インターフォンを押すと、出てきたのはさくらだった。

「いま、かえちゃんとおとうさんとおかあさんが、せんそうちゅうなの」
「え!? かえで何かしたの?」
「かえちゃん、いただきますするまえに、テーブルのうえにのって、おせちりょうりをたべちらかしちゃったの」

 全員でいただきますをするために、かえでを椅子に座らせて、お節料理の重箱をテーブルに運んで、海香と宙夢さんがキッチンでお雑煮の仕上げをしていた隙に、かえではテーブルの上に上がって、素手で重箱の中身を食い散らかしてしまったとさくらは話してくれる。
 あっという間の出来事で、海香も宙夢さんも近くにいたさくらも止められなかったようなのだ。

「かえで、海老の殻はぺっしなさい」
「んー!」
「お口開けて!」
「んー! んー!」

 ぐちゃぐちゃになった重箱の中身。一口で飲み込まれた栗きんとん、口いっぱいに頬張ってもぐもぐしている中には殻ごとの海老も入っているようだ。殻の付いた海老は真ん中が齧り取られて真っ二つになっていた。

「ちゃんと上げるから、口に詰め込まないで」
「喉に詰まっちゃうでしょう? かえで、かえで!?」

 口いっぱいに詰め込んだお節料理が喉に詰まったのか目を白黒させているかえでを、素早く駆け寄った美歌さんが抱き取った。背中をばんばんと叩いて、口の中のものを吐き出させている。
 げほげほと咳をしながら口の中に入っていた大量のものを吐き出すとかえでは、大声で泣きだした。

「よかった……気管に詰まったら大変ですからね」
「美歌さん、ありがとうございます」
「本当に食いしん坊で……さくらそっくり」

 吐き出したものを片付けて、ぐちゃぐちゃになっている重箱も整えて、海香が泣いているかえでを抱き締めて、宙夢さんが冷めてしまったお雑煮を温め直していた。

「かえちゃん、よくばりはダメよ」
「あい……」

 涙目で可愛くお手手を上げて返事をするかえでに、さくらがホッとした様子で席についていた。

「朝からこんな感じで、全然食べられなかったのよね。ごめんね、さくら、待たせたわね」
「もうおなかぺっこぺこよ」

 時刻は昼に近かったが、かえでとの大戦争で宙夢さんと海香は時間を使ってしまったのだろう。私たちはさくらとかえでと宙夢さんと海香がお節料理とお雑煮を食べ終わるまで待っていた。
 食べ終わったさくらにお年玉の袋を渡すと、中身を見てニヤニヤしている。

「わたし、ちょきんしてるのよ。みかさんに、ゆびわをかうの」
「何年先の話?」
「わたしはおおきくなるけど、みかさんはもうおおきくならないんでしょう? それだったら、はやくかっててもいいじゃない」

 小学校一年生とは思えない賢いさくらに私はそういう考え方もあるのかと思ってしまう。奏歌くんに指輪を買えない理由は、奏歌くんがまだ成長期で手の大きさが変わるかもしれないからだった。手の大きさが変わらない美歌さんにならば、さくらの言うとおりに早めに買ってもいいのかもしれない。

「ちゃんと、わたしのおよめさんだって、みかさんにはゆびわをつけてもらうの」

 この独占欲も私とよく似ている。さくらはやはり私の姪っ子だったと思わずにはいられなかった。

「篠田さん、美歌さん、車で来た?」
「いいえ、歩いて来ました」
「それじゃ、ちょっとだけ飲んで行かない?」

 海香に誘われてやっちゃんと美歌さんがお屠蘇の杯を受け取っている。私にはよく分からないが、お正月にはお屠蘇というものを飲むらしい。

「お屠蘇って結局なんなの?」
「調べてみようか」

 私の問いかけに奏歌くんは携帯電話を取り出していた。お屠蘇で検索すると、「屠蘇散」や「屠蘇延命散」という数種類の材料を漬け込んだお酒だと書かれていた。

白朮びゃくじゅつ……オオバオケラの根だって。山椒は山椒だよね。桔梗も桔梗で、肉桂はシナモンだね。防風……セリ科ボウフウの根なんだって。陳皮ちんぴは蜜柑の皮って書いてある」
「こんなものをお酒に浸けて美味しいの?」

 調べてみると植物の根や蜜柑の皮など漢方のようなものをお酒に浸けるのがお屠蘇だった。美味しいのか疑問に思っていると、私にも杯を渡される。

「海瑠もちょっとだけ飲んでいきなさいよ。無病長寿になるのよ」
「えー? お酒は飲みたくないんだけど」
「縁起ものだからちょっとだけ」

 普段からお酒など飲まない私は勧められて戸惑っていたが、お屠蘇の味に興味はあったので一口だけ飲んでみた。

「なにこれ、微妙」

 感想は妙な香りの付いたお酒で、香りがない方が美味しいような気がした。
 こんなものならば私は飲まないでもいいと思っていた。
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