可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十一章 奏歌くんとの十一年目

20.奏歌くんと真尋さんの吹き替え映画に

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 稽古場で四角いバウムクーヘン、バウムリンデの五種類詰め合わせの箱を渡すと、百合がそれを掲げて踊っていた。

「バレンタインチョコが来たー! 今年は手作りじゃないけれどー! 私のためのチョコが来たー!」
「私にもチョコが来たー! 私も海瑠さんに認められているー!」
「私にだってチョコが来たー! 今日はチョコ祭りだー!」

 踊る百合に美鳥さんと真月さんも合わせて踊っている。三人の踊りを演出家の先生がじっと見ていた。

「閃いたわ!」
「え!?」
「バレンタインデーのお茶会とディナーショーで、百合さんを中心に、海瑠さんと美鳥さんと真月さんが踊る演目を加えましょう!」
「私のハーレムね!」

 百合を中心に美鳥さんと真月さんと私が踊る演目。いわゆる百合の逆ハーレムというものなのだろうが、百合のバレンタインデーのお茶会とディナーショーに美鳥さんと真月さんまで出演するとは思っていなかった。

「百合さんを囲んで三人で踊るんですね」
「百合さんの寵愛を得るために競わないと!」
「そうよ、私は妖精の女王なの。みんなでちやほやしなさい」

 すっかりなり切っている百合にちょっと言いたいことはあったが、演出家の先生が決めてしまったのならば仕方がない。百合のバレンタインデーのお茶会とディナーショーには百合を中心として私と美鳥さんと真月さんが百合を取り合うようなダンスが組み込まれた。
 バレンタインデーのお茶会とディナーショーの当日には、入り待ちをするファンの皆様の中に奏歌くんと真尋さんの姿もあった。今年は女役トップスターのお茶会とディナーショーに男役トップスターがゲスト出演するので、男役トップスターのお茶会とディナーショーがなくて、チケットが取れなくて入り待ちだけに来てくださっているファンもいるということで、丁寧に挨拶をして、お手紙を受け取って劇場に入った。
 車を駐車場に停めてくる関係で、私よりも少し遅れて劇場入りする百合にも、ファンの皆様が入り待ちをしていた。その中に真尋さんと奏歌くんの姿も見て、二人はどちらのファンクラブにも入っているのだと実感する。
 劇場に入るとマチネのお茶会のために、簡単な最終確認をして、衣装に着替えて化粧をした。奏歌くんと真尋さんが見に来るのは、ソワレのディナーショーだ。ディナーショーの席も限られているので、今回は私は奏歌くんしか呼べなかったが、百合は真尋さんを呼んだのだろうか。
 考えているうちに公演の時間になって、まずはお茶会の舞台に立つ。
 百合が主演ということで、私は百合のサポートに回ったり、デュエットダンスを踊ったり、私と美鳥さんと真月さんで百合を誘惑するダンスを踊ったりして、お茶会は無事に終わった。
 ディナーショーまでの休憩で、奏歌くんが朝に届けてくれていたお弁当を食べる。百合も自分の作ったお弁当を食べていた。

「百合はいつも真尋さんにチケットをあげてるの?」
「そ、そうだけど、なにか?」
「真尋さんと仲がいいのね」

 仲がいいとは思ったけれど、百合と真尋さんは年の差があるし、百合に限って恋愛禁止の劇団の規則を破るようなことはない。その点に関しては私は絶対の信頼を百合に置いていた。

「真尋さんの劇団のチケットも貰ってるから、交換よ、交換」
「そうか。百合は真尋さんの劇団の公演には必ず行っているものね」
「他の劇団を見ることも役者としての勉強になるからね」

 私は自分だけが舞台に立てて、自分の演技を磨いて、歌とダンスに集中していればいいと考えるのだが、女役トップスターを十年もやっている百合は他の劇団からも学ぶ域に来ているようだ。私も百合を見習わなくてはいけない。

「真尋さんが吹き替えをやった映画も見に行ったわよ」
「私行ってない! 奏歌くんを誘ってみよう」

 年末に見た歌番組で真尋さんはミュージカル映画の吹き替えをやっていて、その歌をテレビで歌っていた。その映画がもう公開されていることを、私は百合の情報で知った。

「もしかして、百合は……」
「え? な、なにかな?」
「真尋さんのファンなの?」

 私の問いかけに、百合が何だか妙な表情になった気がしたが、その理由が私には分からない。

「ファンって言うか、年下だけどいい役者さんだからリスペクトする部分はあると思ってるわ」
「そうだったのね。私も百合を見習って、他の劇団の演劇を観たり、映画を見に行ったりしよう」

 年下の役者である真尋さんからもリスペクトするという百合に感心して、私もその姿勢を見習わなければいけないと決意した。
 バレンタインデーのお茶会とディナーショーが終わったら、奏歌くんを真尋さんが吹き替えをした海外のミュージカル映画に誘ってみよう。
 お昼の休憩が終わると、ディナーショーの準備に入る。歯磨きをして、衣装に着替えてお化粧をして、私は舞台に立った。百合が主演だが、私が百合と一緒に歌う場面もたくさん作られている。百合とのデュエットダンスは高いリフトで拍手がわき起こった。
 無事にディナーショーを終えてマンションに帰ると、奏歌くんの姿はなかった。時間が遅くなったので今日は帰ったのだろう。キッチンからはお味噌汁のいい香りがしているし、ご飯が炊ける甘い匂いもしている。何かお惣菜を食べようと冷蔵庫を開けると、タッパーに鯵の南蛮漬けが入っていた。

「奏歌くん、作ってくれたんだ」

 細切りにした玉ねぎや人参と一緒に甘酸っぱいお汁に浸してある揚げた鯵は、とても美味しい。タマネギや人参と一緒に食べるとご飯が進む味だった。お味噌汁もご飯もお代わりして食べて、お腹いっぱいになってバスルームに入る。簡単にシャワーで済ませてもよかったが、お湯に浸かりたくてバスタブにお湯を張って、ゆっくりとお風呂に入る。
 目を閉じると舞台上での出来事が鮮やかに瞼の裏に映し出された。
 今日もいい演技ができたと満足して、その日はゆっくりと眠ることができた。
 翌日の日曜日は稽古はお休みで、奏歌くんもお休みだったので、早朝から奏歌くんが来てくれて二人で朝ご飯を作っていた。

「スクランブルエッグが作れるようになったのよ」
「すごいね、海瑠さん」
「奏歌くんにも食べさせてあげる」
「スクランブルエッグには、刻んだハムを入れても美味しいんだよ」

 奏歌くんに卵を焼いてもらう代わりに、私が刻んだハムを入れたスクランブルエッグを作る。パンをトースターで奏歌くんが焼いてくれて、紅茶と共にスクランブルエッグのオープンサンドの朝ご飯になった。

「今日の予定は何か決めてる? 決めてないなら、真尋さんの映画に行かない?」
「兄さんの映画! 僕も気になってたんだ」

 真尋さんが吹き替えをしているという海外のミュージカル映画の放映されている映画館を奏歌くんが携帯電話で調べてくれた。いつも行くデパートの近くの映画館で吹き替え版が放映されているようだった。

「午前中の回に予約を入れておくね」
「予約もできるの?」
「うん、携帯電話で予約できるよ」

 奏歌くんは映画館の予約ができるようなかっこいい男前に育っていた。奏歌くんに予約を任せて着替えをしてお化粧もして出かける準備をする。

「そろそろさくらちゃんのお誕生日お祝いも考えないといけないね」
「もうそんな時期か」

 二月が終われば三月がやってくる。三月はさくらのお誕生月だった。
 茉優ちゃんとやっちゃんとの別れもじわじわと近付いてきている。
 寂しい思いを振り切るようにして私は奏歌くんと映画館に行った。映画館に行くのは奏歌くんが小さかった頃ぶりな気がして、ドキドキしてしまう。奏歌くんは発券機で手際よくチケットを発券していた。

「海瑠さん、ポップコーンや飲み物はいる?」
「ううん、大丈夫」
「それなら、行こうか」

 奏歌くんに手を引かれて映画館の中に入っていく。席は真ん中くらいで日曜日なので結構ひとが多かった。ひとの波を掻き分けて席に座って映画が始まるのを待つ。
 始まった映画は真尋さんではない海外の役者さんが出ているのに、声が真尋さんであることに一瞬だけ違和感を覚えたが、物語に引き込まれるにつれてそんなことは全く気にならなくなった。
 手に汗を握る展開に私はすっかりと映画に見入っていた。
 百合が他の劇団の演技を見たり、映画を見たりして、刺激を受けているというのも理解できたような気がしていた。
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