可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十一章 奏歌くんとの十一年目

29.私のお誕生日と真尋さんのマクベス

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 お誕生日のお茶会とディナーショーの稽古は順調に進んでいた。
 ディナーショーには奏歌くんを招いている。いい公演にしたい気持ちはあったが、色々と考えることはあった。百合と美鳥さんと真月さんがゲスト出演してくれるのだが、とりかえばや物語の女装とか、シャーロック・ホームズのホームズとワトソンの絡みとか、アルセーヌ・ルパンと警部の絡みとか、これは本当に求められているものなのだろうかと思うような演目が多いのだ。
 出来上がって来たポスターにも物申したいことがなくはなかった。

「なんで私が真月さんと美鳥さんを侍らせてるような感じになってるの!?」

 これはやっちゃんの仕事なのかと恨みを向けようとしたが、百合が諦めた顔で告げてくる。

「峰崎さんがデザインしたらしいわよ」
「沙紀ちゃんが!?」

 沙紀ちゃんは男性同士の恋愛に興味があって、どんな作品でも見たものを男役同士の絡みに変換してしまうところがあった。私へのファンレターにもそういう漫画を描いてくれたことがあったし、沙紀ちゃんにはそういう傾向がないとは言えない。いや、あると言える。
 そういう沙紀ちゃんがデザインしたのならば納得できるが、これでファンの皆様は納得してくださるのだろうか。

「私がこんなに小さくしか載ってないのよ! 私、女役トップスターよ! 海瑠と私は夫婦なのよ!」

 男役トップスターと女役トップスターは夫婦と思って行動すべしという劇団の決まりをきっちり守っている百合の言葉に、確かに私の相手役は百合のはずなのだ。何かがおかしいとは私も思っていたが、出来上がって既に張り出されてしまったポスターには何も文句は言えなかった。このポスターの評判が悪ければ、次からは気を付けることだろう。
 沙紀ちゃんもこれで勉強になるのではないかと大きな気持ちで私は受け取っていた。
 お誕生日のお茶会とディナーショーの当日になって、私は午前中のお茶会を終えて、食堂でお弁当を食べていた。ディナーショーに来てくれる奏歌くんは、今日も学校に行く前にお弁当を届けてくれて、学校が終わったらディナーショーに来てくれるはずだ。
 お弁当を食べていると、百合が隣りに座ってお弁当を食べている。美鳥さんと真月さんは二人とも食堂の定食を食べていた。

「百合さん、お隣りいいですか?」

 声をかけられて、百合がそちらを向くと、若い女役の役者さんが定食を持って立っていた。

雪乃ゆきのちゃんじゃない。どうぞどうぞ」
「トップスターの集まりに入るなんて図々しいかもしれないけど、私、ずっと百合さんの大ファンなんです」

 女役でもかなりいい演技をする役者さんで、とりかえばや物語では私の相手のお姫様役をやった雪乃ちゃんは、百合の大ファンだと言っている。

「もう百合さん女役トップスター十一年目でしょう? それだけ長く続けられていることだけでも尊敬するのに、細川ガラシャの演目では主演をしたじゃないですか。もう本当に憧れのひとの隣りに座れて舞い上がってます」
「憧れとか言わないで、雪乃ちゃん、これからどんどん仲よくしよう」
「嬉しいです」

 頬っぺたを真っ赤にしている雪乃ちゃんの初々しい姿を、私は微笑ましく見守っていた。
 ディナーショーでは奏歌くんが見に来てくれて、とりかえばや物語の百合との歌とダンスも、シャーロックホームズのワトソン役の美鳥さんとのダンスも、真月さんと美鳥さんと男役三人での群舞と歌も、満足な出来だった。女装する役もやらされるのだが、それはそれとして私はお誕生日のディナーショーを終わらせることができた。
 ディナーショーが終わると、沙紀ちゃんが奏歌くんを楽屋に連れて来てくれた。

「海瑠さんと一緒に帰りたいって思ってたら、沙紀ちゃんに声をかけてもらって」
「奏歌くんなら通してもいいかなって思ったんです」
「ありがとう、沙紀ちゃん」

 沙紀ちゃんのおかげで奏歌くんと帰ることができた。タクシーで帰ってきたが、帰るとすぐに奏歌くんが晩ご飯の準備をしてくれる。天ぷらを揚げてくれて、揚げたての天ぷらとご飯とお味噌汁を美味しくいただく。

「奏歌くんも学校で疲れてるのにごめんね」
「ごめんねじゃなくて、ありがとうがいいな。海瑠さんのお誕生日だから」
「ありがとう、奏歌くん」
「お誕生日おめでとう、海瑠さん」

 お誕生日当日にも祝ってもらえると思わなかったので、幸福な気分で晩ご飯を食べ終わる。片付けをすると帰ってしまう奏歌くんを玄関まで見送って、私はお風呂に入って幸福な気持ちでゆっくり休んだ。
 五月の下旬には百合と奏歌くんと真尋さんの劇団の公演を見に行った。
 奏歌くんがお弁当を作ってくれて、途中の公園で新緑を見ながら食べる。

「稲荷寿司とおかずは野菜炒めだけだけど」
「稲荷寿司?」
「色んな味があるから食べ比べてね」

 稲荷寿司弁当に百合が目を輝かせて喜んでいる。

「これは梅味ね。こっちは佃煮海苔かしら。こっちは何かな」

 何個も稲荷寿司を頬張る百合に、奏歌くんも嬉しそうにしていた。
 お昼ご飯を食べると、真尋さんの劇団の劇場に向かった。
 演目はシェークスピアの古典演劇のマクベスだったが、古典なのに全然古さを感じさせない演出で、引き込まれて見てしまう。
 沼地の魔女に王になると予言されたマクベスは、王を殺して簒奪者となるが、殺した後の剣を戻して来ることができずに、妻にそれを頼む。王には成れないが王を生み出す男と予言された友人からの簒奪を恐れて、病んでいくマクベスと妻。

「どんな香水を使っても、どんな高価な石鹸を使っても、この手の血の匂いが落とせない」

 血塗られた剣を王の護衛に血を擦り付けて罪を押し付けた妻は精神が破綻して、城の塔から飛び降りて命を断つ。マクベスは女の股から生まれた男には自分を倒せないと沼の魔女に告げられて、安心しているが、帝王切開で生まれた騎士に倒されて命を落とす。

「DVDのマクベスと大筋は同じだったけど、雰囲気は全然違ったね」
「こっちが原作に忠実なんだよ」

 ロック調で纏められていた異色のマクベスをDVDで見ているだけあって、古典的なマクベスに驚いている奏歌くんに私は説明をする。
 原作の作品も部屋にはあったような気がするので、私は帰ったら奏歌くんに見せようと思っていた。
 劇が終わると真尋さんが楽屋に通してくれる。楽屋で真尋さんに私と奏歌くんと百合はお礼を言う。

「今日はありがとうございました」
「兄さんの演技、すごかったよ」
「チケット、今回もありがとう」

 お礼を言うと真尋さんが喜んでいる。

「古典演劇だから、お客さんの反応が気になってたんですけど、楽しんでいただけたならよかったです」
「真尋さんの演技、迫真だったわよ」
「マクベスの妻の演技もよかったわ」

 私と百合で話しているのを真尋さんが目を細めて聞いている。
 真尋さんと話してから、私はマンションまで百合に送ってもらった。時刻は夕方になっていたので、奏歌くんがキッチンに立って晩ご飯の準備をしてくれている。私は本棚を探して、シェークスピアの短編集を探し出していた。

「奏歌くん、これがマクベスの原典よ」
「後で読んでみる。ありがとう、海瑠さん」
「私もご飯の準備手伝うわね。何をすればいい?」

 問いかけると奏歌くんは私にご飯を炊くように指示をしてくれる。ご飯を炊いて、お味噌汁を作る手伝いをする。糠漬けも取り出して洗って切った。奏歌くんは鮭のムニエルを作っているようだった。
 鮭と玉ねぎとキノコを一緒に焼いている。
 晩ご飯に鮭のムニエルと野菜、糠漬けとお味噌汁でしっかりとご飯を食べる。

「海瑠さん、稲荷寿司の残りを冷蔵庫に入れておくから、明日の朝ご飯に食べてね」
「ありがとう、奏歌くん」

 帰り際に奏歌くんが私に言ってくれて、私は明日の朝ご飯が決まってホッとして奏歌くんを見送った。
 その日、私は35歳になった。
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