可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

9.かえでの3歳の誕生日

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 秋公演の最中にかえでのお誕生日はくる。
 公演期間中は土曜日も日曜日も祝日も休みが取れないので、奏歌くんと予定を合わせることが難しい。今回のかえでのお誕生日お祝いは、奏歌くんと一緒にケーキを作ることにした。
 去年のお誕生日にはパウンドケーキを作ったが、今年は3歳なので綺麗に飾られたケーキを作りたい。見た目も綺麗な方がかえでも喜ぶだろう。

「ショートケーキを作らない?」
「ショートケーキだったら、今の時期は苺がないから、果物をどうしようかな」

 苺のショートケーキを想像していた私だったが、この時期は苺は売っていないのだった。奏歌くんのお誕生日には桃のショートケーキを作ったことを思い出す。

「桃はどうかな?」
「桃も微妙に季節じゃないんだよね」
「そうなんだ……秋の果物ってどんなものがあるの?」

 果物には収穫できる季節がある。そのことは何となく分かっていたが、実際に秋の果物というと私はあまり思い付かない。どの季節にどの果物が売っているかなんて、全然興味がなかったのだ。

「秋といえば、イチジク、葡萄、梨、林檎、柿かなぁ?」
「イチジク、葡萄、梨、林檎、柿……」

 どれをショートケーキに乗せるのにもピンと来ていない私に奏歌くんがちょっと考えてから提案した。

「林檎のコンポートを作ってみようか?」
「コンポートって何?」
「ジャムと似てるけど、果物をシロップで煮たもので、ジャムみたいに煮詰めないんだ」

 煮詰めないから果物の歯触りや食感が残っているのだと奏歌くんに教えてもらって、私は納得した。林檎のコンポートでショートケーキができるのならば、作ってみたいと思う。
 公演が午前中だけの日が二日間続く日程を狙って、ショートケーキ作りは決行された。
 ケーキ作りの基本は買い物から。スーパーで林檎と卵とお砂糖と小麦粉と生クリームを買って来る。バターと牛乳とバニラエッセンスはあるので買わずに済んだ。
 スポンジケーキ作りに関しては、私は何度もやっているので自分一人でできる気になっていた。奏歌くんに思い切って申し出てみる。

「スポンジケーキは私が作るから、奏歌くんがコンポートを作ってくれる?」
「それじゃ、海瑠さんがコンポートの作り方が分からないよ」
「あ、そうか」

 私は一人で作ることに拘って、奏歌くんから新しいコンポートというジャムのようなものの作り方を習う気持ちを忘れていた。反省して奏歌くんと一緒にスポンジケーキを作ることにする。
 小麦粉をふるっておいて、牛乳とバターとバニラエッセンスは合わせて常温にして置いておく。卵を泡だて器でよく解きほぐしてお砂糖を入れて全体が白っぽくねっとりして来るまで混ぜ合わせる。そこに小麦粉を数回に分けて入れて、お湯で溶かしたバターと牛乳とバニラエッセンスを混ぜて全体を馴染ませたら、型に入れてオーブントースターで焼き上げる。
 焼いている間に奏歌くんがお鍋にお砂糖と水を入れてシロップを作っていた。

「海瑠さん、どっちが長く皮を剥けるか競争しよう」
「え? できるかな?」
「やってみようよ」

 林檎を手に取ってくるくると皮を剥いていく奏歌くん。真似をして私も皮を長くつなげようとしたが、なかなか難しい。林檎の皮が上手く剥けなくても奏歌くんは私を笑ったりしなかった。最初から最後まで皮を繋げて剥けた奏歌くんは拍手で讃える。
 林檎の皮むきが終わって切って芯を取ると、シロップの中に浸けて煮ていく。長時間煮詰めるのではなくて、ある程度煮たら奏歌くんは鍋の火を止めた。

「スポンジケーキが焼き上がったかな」
「次は何をすればいい?」
「生クリームを泡立てようか」

 泡立てるのは得意なので泡だて器を持って私は生クリームを泡立てる。砂糖は少なめにしておいた。その間に奏歌くんが焼けたスポンジケーキを型から出して粗熱を取っておいてくれる。
 スポンジケーキを上下二つに切って、間に生クリームを挟んで、林檎のコンポートを並べていく。二つ重ねてから上と横の部分にも生クリームを塗ってリンゴのコンポートを並べていく。

「こうしたら薔薇みたいじゃない?」
「すごく素敵」

 綺麗に並べられたリンゴのコンポートは、スポンジケーキの上に大輪の薔薇が咲いたようだった。
 出来上がったリンゴのコンポートのケーキは、冷蔵庫に入れて一日置いておく。今日は作るだけでかなり時間がかかってしまったので、明日公演から帰ってからかえでに届けるつもりだった。
 奏歌くんが晩ご飯の準備をするのを私も手伝う。お豆腐を恐る恐る切って、乾燥わかめも入れて、お味噌を溶いて、お味噌汁を作っていると、奏歌くんはカレイの煮付けを作ってくれていた。お野菜は電子レンジで火を通した温野菜をお皿に盛り付ける。
 カレイの煮つけとお味噌汁と温野菜のサラダの晩ご飯が出来上がった。
 カレイの煮つけは生臭さもなくとても美味しい。箸で解して行って食べていると、私は気が付かない間に一部、避けていたようだ。奏歌くんが私のお皿の上を見てハニーブラウンの目を丸くしている。

「海瑠さん、カレイの卵は嫌い?」
「え? えっと……」

 よく分からないが何となく食べたくない気がしたのだ。
 これまで奏歌くんが作って来たものに関して、私は好き嫌いなどなかった。奏歌くんが作ってくれたものは何でも美味しく食べて来た。それなのにカレイの卵が食べられないのはどうしてなのだろう。
 困惑している私に、奏歌くんが笑顔になる。

「僕、実は魚の皮が嫌いなんだよね」
「え? そうだったの?」
「海瑠さんに嫌いなものがあって安心した。嫌いなものがないって、ある意味食べ物に執着がないってことだから、嫌いなものくらいあってもいいんだよ」

 それだけ私が食べ物に執着し始めた証だと私の好き嫌いまで奏歌くんは喜んでくれた。お皿の上に残っていたカレイの卵は、奏歌くんが箸で摘まんでぱくりと自分の口に入れてしまった。

「僕がやっつけてあげたからね。本当は僕、カレイの卵、大好きなんだ」

 笑顔で奏歌くんに言われて、私は罪悪感なく晩ご飯を終えることができた。こういうときでも奏歌くんはとても男前で胸がときめいた。
 食器の片付けをして、歯磨きをしてから、奏歌くんは私をソファに座らせて首筋から血を吸う。血を吸われる酩酊感に私は「あっ」と声を漏らしてしまった。

「海瑠さん……」

 首筋から唇を離した奏歌くんが私の顔をじっと見つめている。目を閉じると奏歌くんの唇が私の唇を塞いだ。何度か口付けをすると、奏歌くんは弾かれたように体を離す。

「ご、ごめんなさい」
「ううん、奏歌くんならいいのよ」
「ダメだよ、海瑠さんはもっと警戒心を持って!」

 急いで靴を履いて帰っていく奏歌くんを私はぼーっとしながら見送っていた。
 次の日の公演が終わると、奏歌くんが来るのを待って、私と奏歌くんは海香と宙夢さんの家に行く。家に行ったら玄関を開けてくれたのはさくらだった。宙夢さんは仕事で、海香がソファで倒れていて、かえでがソファの海香をばちばちと小さなお手手で叩いて起こそうとしている。

「かえでくん、海香さん疲れてるみたいだから、寝かせてあげようね」
「まっまー! おなかちーた!」
「かえで、ケーキがあるわよ」

 奏歌くんと私で気絶しているように寝ている海香からかえでを引き離すと、かえでは奏歌くんの手を引いて洗面所に行った。洗面所にある踏み台を登って、蛇口の前にお手手を差し出す。
 奏歌くんが蛇口をひねると、きっちりと手を洗ってタオルで拭いていた。洗面所にはさくらも来ていて、かえでが洗い終わるとさくらが手を洗う。
 食べ物のことになると先に手を洗って椅子に座ることが徹底されているのだろう。大人しく椅子に座ったかえでとさくらの前で、ケーキの箱を開ける。

「けーち! けーち! たべう!」
「すごーい! バラみたいよ、かえちゃん。きれいねー」
「きえー! けーち、たべう!」

 興奮している二人のために奏歌くんが紅茶を淹れて、かえでにはミルク、さくらにはミルクが半分のミルクティーを用意して、ケーキを切り分けた。お皿に乗ったケーキが目の前にやってくるとかえでの興奮も絶好調になる。

「いたらきまつ!」
「いただきますー! かなちゃん、みちるちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
「かえでくんお誕生日おめでとう」

 私と奏歌くんが声をかける頃にはかえでとさくらはもうケーキに夢中で一生懸命口に突っ込んでいた。大きめに切ったはずのケーキがあっという間に吸い込まれてしまう。

「おいちかったー! ごっちょうたま!」
「ごちそうさまでした。きれいだったし、とってもおいしかったわ」

 かえでにもさくらにも喜んでもらえたようで安心していると、ソファで倒れていた海香がむくりと起き上がった。

「締め切りで寝てなくて死ぬかと思った……。ちょっと生き返ったわ。私にケーキとお茶は?」
「まっまー、おてて!」
「おかあさん、お手手をあらわないといけないのよ」

 息子と娘から鋭く突っ込まれて、ソファからそのままテーブルに移動しようとした海香は渋々洗面所で手を洗ってきていた。奏歌くんが紅茶を淹れて、海香と私と奏歌くんでお茶をする。海香の食べているケーキを、目をらんらんと輝かせてさくらとかえでが狙っていた。海香は苦笑しながらさくらとかえでにも分けてあげている。

「あんたたち、もう食べたのに。これは私のよ」
「まっまーちょーあい!」
「一口だけ!」

 口では言いながらも分けている海香は、やはり母親なのだと思わされた。
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