可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

8.かえでの花火大会と秋公演初日

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 奏歌くんの夏休みが終わる。
 夏休みが終わる前に奏歌くんと花火大会に行ったのだが、今年は二人きりではなかった。

「かえちゃんを、つれていってくれない?」

 さくらから私に正式に頼まれたのだ。海香が私を家に呼んだので、奏歌くんと一緒に行ってみると、さくらが真剣な表情で私に依頼して、かえではさくらのシャツの裾を握って親指をしゃぶりながら涙目になっていた。

「かえちゃんが、ぜんぜん聞いてくれないのよ! わたしはみかさんとデートだから、いっしょには行けないって言ってるのに!」
「かえ、いくぅー!」
「おかあさんとおとうさんと行ってくれたらいいのに、その日はおしごとなんだって」

 3歳前になってかえでくんも自己主張が激しくなっている。さくらが美歌さんと花火大会に行くのならば、かえでも行きたがっても仕方がないだろう。

「宙夢さんは仕事で、私は締め切りで、どうしても行けないのよ。海瑠、奏歌くん、お願い!」

 さくらは絶対に美歌さんとのデートだと決めていて、かえでが来ることを許さない。海香は脚本集の締め切りで、宙夢さんは仕事で連れて行くことができない。そこで目をつけられたのが私と奏歌くんだった。

「かえでくん、一緒に行く?」
「いくぅー!」
「かえでのお誕生日も近いし、お誕生日お祝い代わりに連れて行ってあげようか」

 奏歌くんにしがみ付くかえでに、私はかえでを連れて行くことを決めた。
 オムツのお尻のぷっくりカボチャパンツの甚平を着たかえでを連れて、花火大会に行ったが、お腹いっぱい出店のたこ焼きやベビーカステラやフライドポテトや焼きそばを食べて、花火が上がる頃にはかえでは奏歌くんに抱っこされて眠りかけていた。
 かえでのために花火もほとんど見ないで帰った花火大会だったけれど、今年も奏歌くんと過ごせたのでよかった。
 夏休みが終わると秋公演が始まる。
 奏歌くんにはちょうど土曜日だったので初日のチケットを準備していた。

「初日に見に行って、千秋楽はライブビューイングで映画館で見て、どれだけ変わったか確かめるのが好きなんだ」

 奏歌くんは千秋楽のライブビューイングも映画館に見に行っていた。高校生なのだから一人で行動できるようになっているのは知っていたが、こういう話を聞くと成長したのだとしみじみしてしまう。
 秋公演の初日、午後から始まる公演にみんな気合を入れていた。
 お昼の休憩で私は雪乃ちゃんのお弁当を凝視してしまった。

「雪乃ちゃん、今日はお弁当それだけ?」
「衣装の関係であまり食べられないんですよ」

 女役は男役との差をつけるために細身の衣装を着ることが普通になっている。百合も紅ハコベの紋章の使われた公演では、衣装のウエストをものすごく詰められて、間食ができないで苦しんでいたが、あれ以外の公演では百合はいつもしっかり食べるので、雪乃ちゃんに言われるまで私は女役の苦労を知らなかった。

「現代物の衣装でもそうなの!?」
「ドレスだともっと大変ですけどね。それに、私、緊張するとあまり食べられないから」

 小さなお弁当を食べる雪乃ちゃんの横で、大きなお弁当を食べる私と百合。雪乃ちゃんのお弁当が子どもサイズくらいだから、私たちのお弁当が特に大きく見えてしまう。

「雪乃ちゃん、女役って大変なんですね」
「私たち、全然知らなかった」
「百合さんを見てたからね」

 美鳥さんと真月さんも女役の苦しみを知らなかったようだ。私もドレスを着ることはあったが、一度も食事制限なんて考えたことはない。食事を減らさなくても歌って踊っていれば自然と体型は維持できていた。

「食事制限なんて考えたこともなかったわ」
「海瑠さんもなんですね」
「女役も女装もするけど、衣装がきつかったことは一度もないのよね」

 私がワーキャットで二十代半ばの全盛期の肉体を保っているから代謝がいいのかもしれないが、それにしても女役は大変なのだと実感させられた。
 休憩を終えて化粧をして衣装を身に着けると、舞台袖で出演者みんなで集まる。
 小声で気合を入れて、秋公演初日に臨んだ。
 現代の暗殺者の主人公の元に依頼人がやってくる。依頼人は兄を殺された妹で、兄を殺した相手を殺して欲しいと願う。
 依頼人の兄も暗殺者に殺されていて、暗殺者同士の戦いが始まる。相手の身元を突き止めて、暗殺者を倒すだけで物語は終わらない。問題はそれで解決しないのだ。

「お前に暗殺を依頼した相手は誰だ?」
「それは言えない」
「言わなければ死ぬだけだぞ?」
「暗殺者として、依頼人の秘密を守って死んでいけるなら本望だよ」

 銃声が響いて、主人公は暗殺者の顔ギリギリのところを弾丸を外して撃つ。相手の暗殺者を殺さずに生き延びさせた主人公は、逃がした暗殺者の後を追って依頼人を探す。
 依頼人は、主人公の依頼人の婚約者だった。

「本当はお前を殺してもらうはずだったのに、兄が庇ったから……」
「そんな、嘘っ! 私はあなたを信じていたのに!」

 財産目当ての婚約者は暗殺者と共に警察に捕らえられて、事件は一件落着。依頼者に鼻の下を伸ばしていた主人公は、相棒の女性役の百合に耳を引っ張られて退場していく。
 退場した後は素早く着替えてデュエットダンスが始まる。
 まだ許していない相棒の女性役の百合に土下座して、踏まれて蹴られるところから始まるデュエットダンスは、仲直りをして二人が良い感じによりを戻した雰囲気で終わる。
 拍手喝さいの中、カーテンコールに応えて出て行くと、深々と全員で一礼をして挨拶をする。

「本日の初日公演にお越しいただきありがとうございます。これから約一か月の公演期間、より良い舞台をお見せできるように切磋琢磨して頑張っていきたいと思います。本日は本当にありがとうございました」

 挨拶をして頭を下げて幕が下りても拍手が鳴りやまない。
 もう一度幕を開けると、お客様がスタンディングオベーションをしてくれているのが分かった。
 私が雪乃ちゃんに投げキッスをすると、百合が私の耳を引っ張る演技をしてくれる。耳を引っ張られたまま退場して、私は舞台袖に入った。
 拍手は鳴り止まない。
 百合と私で手を繋いで幕前に出て来ると、スポットライトが私たちを照らし出した。

「本日は本当にありがとうございました」
「浮気な旦那で本当に困りました」
「乱暴な嫁で困ってます」

 私と百合のトークに劇場に笑いが巻き起こる。

「秋公演もまだまだ初日。これからが始まりです。この輝かしい始まりの日を共に過ごせたことを嬉しく思います」
「本当に本日はありがとうございました」

 私と百合で頭を下げて秋公演の初日は終わった。
 化粧を落として着替えて反省会を終えてから、百合にマンションまで送ってもらうと、時間が遅かったので奏歌くんはもうマンションにはいなかった。お味噌汁のお出汁の香りと、ご飯の炊ける甘い匂いが部屋中に充満している。奏歌くんがいなくても奏歌くんの存在を感じながら私は手と顔を洗ってキッチンに入った。
 お味噌汁を温め直している間に冷蔵庫を開けると、そこにはタッパーが入っていた。二つ並んだタッパーには見覚えがある。手に取ると、上に大きめの付箋で『カレー』と『焼き野菜』と書いてあった。

「奏歌くんったら」

 イギリスから帰った翌日にカレーをダメにしてしまって私が落ち込んで泣いていたのを覚えていてくれたのだ。

「『明日の朝ご飯に食べてください』なんて、奏歌くん、優しい」

 朝ご飯になるはずのカレーを冷蔵庫に入れ忘れてダメにしてしまって、泣いていたときも奏歌くんは颯爽と現れてふわふわのオムライスを作って私を慰めてくれた。
 明日の朝には奏歌くんの作った夏野菜のカレーが食べられる。
 今日の晩ご飯は冷凍のお惣菜を温めてご飯とお味噌汁と一緒に食べて、食器を片付けて、私はシャワーを浴びた。
 奏歌くんのおかげで明日の朝が楽しみでならない。

『奏歌くん、今日は公演に来てくれてありがとう。冷蔵庫の中見ました。夏野菜のカレーとても嬉しいです。明日あれを食べて元気に公演に向かいますね』

 メッセージを送って、幸せな気分でベッドに入る。
 まだまだ残暑は続いていたが、エアコンのきいた部屋で私はぐっすりと眠れそうだった。
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