可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

15.シュトーレンでクリスマス

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 奏歌くんが、蝙蝠だった。
 久しぶりに見た蝙蝠姿の奏歌くんは、小さい頃よりも大きくなっていたが、相変わらずお腹が丸くて可愛かった。へろへろと部屋から飛んで出てきた奏歌くんを手の平の上に乗せようとしたら、もう片手でははみ出てしまうことに気付く。
 両手の上に乗せたら、奏歌くんが申し訳なさそうに言った。

「昨日、格好つけて血を吸わずに寝ちゃったら、蝙蝠になっちゃった……」
「キスして部屋に入っていく奏歌くん、格好良かったもん。きゅんとしたわ」
「その結果がこれだよ」

 格好がつかないと落ち込む奏歌くんに私は久しぶりの蝙蝠姿を堪能する。ふわふわのハニーブラウンの毛に覆われた奏歌くんは蝙蝠でもとても可愛い。蝙蝠という生き物がこんなに可愛かったのかと今更ながらに実感するほどだった。
 可愛い蝙蝠姿を堪能しようとしていた私に反して、奏歌くんは早く人間の姿に戻りたいようだった。仕方がないので手首から血を吸ってもらうと、パジャマ姿の17歳の奏歌くんに戻る。

「着替えて来るね」

 寝癖の付いているふわふわのハニーブラウンの髪も可愛い奏歌くんは、部屋に戻って着替えていた。着替えて出て来ると、奏歌くんが朝ご飯を作ってくれる。ご飯を炊いて、お味噌汁を作って、卵を焼く奏歌くん。私は糠漬けを出して洗って切っていた。

「お味噌汁を具沢山の豚汁にしたから、朝のお野菜はこれでいいね」
「私、豚汁大好き。豚汁ってなんであんなに美味しいのかしら」
「豚肉からいい味が出てるんだよ」

 大好物の豚汁に大好きな奏歌くんの卵焼き、炊き立てのご飯に切ったばかりの糠漬けという朝ご飯は、それだけで十分ボリュームがあって豪華だった。
 奏歌くんが泊まってくれたから朝からこんな美味しくて豪華な朝ご飯を食べられる。手を合わせて感謝しながら私は朝ご飯を食べた。
 窓の外は粉雪が舞っている。積もるほどの雪ではないが、外がそれだけ寒いのだろうと見ているだけで分かる。
 完璧な空調システムで温度管理された部屋の中は季節を感じさせないが、食器を流す水はなかなか温かくなってくれなかったから、やはり冬なのだろう。

「今日は何をして過ごすの?」
「海瑠さん、行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

 奏歌くんが行きたいところならば、外がどれだけ寒くても私は行くつもりだった。コートを着て、マフラーを巻いて、手袋を身に着けても、外に出ると耳が千切れそうなほど冷たい風が吹いている。素早くタクシーに乗り込んだ奏歌くんが行った先は、いつもタルトを買っているお店だった。
 タルトのショーケースを見ずに、真っすぐにレジに向かって奏歌くんが携帯電話を見せている。

「予約していた篠田ですけど」
「篠田様ですね。すぐお渡しします」

 料金は私が払って、奏歌くんはレジで細長い箱を受け取っていた。マンションに戻ってから奏歌くんがその箱を開けて説明してくれる。

「アドベントカレンダーをプレゼントしたでしょう? クリスマス前の四週間のことをアドベントって言うんだって調べたら出て来たんだ。そのアドベントの各週末に、ドイツではこのシュトーレンっていうお菓子を薄く切って食べるって後から知ったんだよ」

 奏歌くんが箱の中から取り出した白い粉に包まれたパンのようなものはシュトーレンというドイツのクリスマスのお菓子だった。

「シュトーレンはたくさんのドライフルーツやナッツを入れて焼いて、バターを塗って、粉砂糖をしっかりかけるのが普通なんだよ。それで日持ちがするようになるんだって」
「シュトーレン……。食べたことない」
「僕も食べたことなくて気になってたんだけど、今から作るのは厳しいって思ったら、あのお店でクリスマスの限定品として売ってるってサイトに書いてあったんだ」

 サイトを見て奏歌くんは予約をしてシュトーレンを手に入れたのだ。自分が食べてみたいものをしっかりと手に入れられる奏歌くんの手腕に感心してしまう。

「来年は海瑠さんと一緒に作ってもいいかなと思ってるけど、今年はこれを食べてみようね」
「どんな味か楽しみ」

 紅茶を奏歌くんが淹れてくれて、シュトーレンを薄く切ってくれる。切り口にびっしりとナッツやドライフルーツが入っていて、とても美味しそうだ。紅茶と一緒に食べると、その甘さに私は驚いてしまった。

「パンみたいなのに、すごく甘い」
「保存できるために砂糖で表面を覆ってるみたいだけど、砂糖が甘いね」
「お砂糖がぽろぽろ零れちゃう」

 食べるのにもお砂糖が零れて苦戦するシュトーレンだったが、ストレートの紅茶と一緒に味わうと、甘さも落ち着いて美味しく感じられる。

「こんなお菓子があるなんて知らなかった。アドベントの意味も奏歌くんに聞いて初めて知った」
「僕も調べるまで知らなかったんだ。海瑠さんと初めてのものが食べられて嬉しいな」
「私も嬉しい……けど、これ、どうする?」

 薄い一枚ずつを食べるだけで十分満足してしまったシュトーレン。本来ならば各週末に食べるもので、毎日食べるようなものではないのは分かっていた。残っている量はかなりある。

「日持ちするお菓子だから、海香さんと宙夢さんの家に持って行って、さくらちゃんとかえでくんと食べようか?」

 美歌さんもクリスマスはさくらと過ごしたはずだから、海香と宙夢さんの家にいるだろう。奏歌くんの提案で私は海香と宙夢さんの家に行った。
 クリスマス気分でさくらとかえでは浮かれている。

「みちかちゃん、かなちゃん、サンタクロース、来てくれたのよ!」
「かえ、しゅっぽのごほん、もらった!」

 さくらは自分がもらった手袋とマフラーを見せてくれて、かえでは列車の図鑑を誇らし気に頭の上に掲げている。

「奏歌、ちゃんと約束は守った?」
「母さん、僕が海瑠さんに何かすると思ったの?」
「信じているけど、奏歌もお年頃だから」

 美歌さんと奏歌くんの内緒話は私にも筒抜けだった。本当に何もなかったし、奏歌くんは紳士で楽しいクリスマスを過ごせたのだが、美歌さんがそれをどこまで信じてくれているかは分からない。

「みかさん、私のおへやにとまってくれたのよ!」

 さくらはさくらで、美歌さんがお泊りをしてくれて楽しいクリスマスを過ごせたようだ。海香へのアドベントカレンダーもさくらと過ごすための賄賂だったのではないかと私は勘繰ってしまう。

「シュトーレンを持って来たんだ。みんなで食べようと思って」
「しゅとーてん? なぁに?」
「甘いドイツのお菓子だよ。薄く切って少しずつ食べるんだ」

 奏歌くんがシュトーレンの箱を宙夢さんに渡して、不思議そうなかえでに説明している。
 宙夢さんが人数分シュトーレンを切っている間に、奏歌くんは紅茶を淹れていた。美歌さんと海香と宙夢さんとさくらとかえでの分を切ると、シュトーレンはちょうど良くなくなった。私たちは部屋で食べていたので遠慮して紅茶だけを飲むことにした。

「おさとうがぽろぽろ落ちちゃうわ」
「もっちゃいない」

 かぶりついてあっという間に食べ終わったかえでは、お皿の上に落ちたお砂糖を指につけてぺろぺろと舐めていた。さくらはそんなお行儀の悪いことはしないが、お皿の上のお砂糖をじっと見つめていた。

「かえで、もうおしまいにしようね」
「もっちゃいないよ、パッパ」
「お行儀が悪いからね」

 宙夢さんに言われて、口の周りをお砂糖で白くしたかえでは、牛乳を飲んでご馳走様させられていた。口の周りは海香が綺麗に拭き取る。

「母さん、DVD貸してくれてありがとう。海瑠さんと懐かしいって言いながら見たよ」
「それ、あなたのクリスマスプレゼントのつもりだったのよ?」
「え? そうだったの?」

 美歌さんが映画のDVDを買っていたのは、奏歌くんのクリスマスプレゼントのためだった。取り出したDVDをカバンの中にもう一度戻して奏歌くんが美歌さんにお礼を言っている。

「母さん、ありがとう」
「美歌さん、私からもありがとう。昨日はすごく楽しかったわ」

 奏歌くんと過ごす時間をくれたこと、DVDを用意してくれていたこと、アドベントカレンダーを半額出してプレゼントしてくれたこと、全てに感謝すると、美歌さんは微笑んで「どういたしまして」と言ってくれた。
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