可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

16.二人きりのお正月

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 年末は二十八日まで稽古が入っていて、二十九日から休みだった。これまで毎年篠田家で年末年始を過ごしていたが、今年からはやっちゃんと茉優ちゃんがいない。私は奏歌くんに年末年始の予定を聞いてみた。

「今年は篠田家のお正月はどうなるの?」
「僕は、もう家でお正月を過ごさなくて、海瑠さんと過ごしたいんだけど、ダメかな?」

 奏歌くんがそう提案するのには訳があったようだ。話を詳しく聞いてみる。

「うちで過ごしてもいいけど、どうして?」
「僕は6歳のときから頻繁に海瑠さんの部屋に泊まって、お正月も海瑠さんが家に来てくれて、すごく幸せに育ってきたと思うんだ。僕と同じで、さくらちゃんも母さんと一緒に過ごしたいんじゃないかなと思ってる」

 奏歌くんが考えていたのは美歌さんのことだった。

「僕も独り立ちできる年ではないけど、もうやっちゃんも茉優ちゃんもいないし、母さんはもっとさくらちゃんと過ごす時間を持っていいと思うんだ。僕が海瑠さんと過ごしたいっていう気持ちもあるし」

 母親である美歌さんが、奏歌くんの母親という立場を忘れて運命のひとであるさくらと一緒に過ごせる時間を増やせるように配慮する。奏歌くんの考えはとても大人だった。

「母さんも、クリスマスに海瑠さんの部屋に泊まったときに節度は守れたから、信頼してくれてるみたいなんだ」

 クリスマスのお泊りは年末年始のための布石だったようだ。そう言われてみると奏歌くんはうっかり蝙蝠になってしまうくらい緊張していたけれど、紳士すぎるくらいに紳士的に私に接してくれた。

「正直なところ、海瑠さんとどうにかなりたいって気持ちが、僕にもないわけじゃないよ。でも、それは今じゃなくていいと思ってる。急ぐことで海瑠さんの劇団での立場を壊すようなことはしたくないし、海瑠さんに警戒もされたくない」

 17歳の健康な男性として私に欲望を抱くことはあっても、恋愛禁止という私の劇団の規則や私の揺れ動く気持ちを考えてくれて、奏歌くんはしっかりと理性を保ってくれている。
 本当に奏歌くんは大人になったのだと私は感慨深く思っていた。

「分かったわ。年末年始は、マンションで過ごしましょう」
「泊りはしないからね。遅くなってもちゃんと家には帰る。毎日通って来るから、待ってて」
「泊まらないの?」
「さすがに泊まると僕も理性を試されてると思っちゃうよ?」

 クリスマスのお泊りでは奏歌くんは理性を試されている気分になったのだろうか。一緒に過ごしたいと言うから泊まるものだと思っていただけに私は落胆してしまった。それでも奏歌くんと過ごせるのは嬉しい。
 年末の休みに入ると、奏歌くんは早朝にやってきて一緒に朝ご飯を作って食べた。

「海瑠さん、去年のお節とお雑煮作り、覚えてる?」
「今年もやるの?」
「二人きりのお正月だけど、やってみよう」

 結婚した後の予行練習のような気分で二人でキッチンに並んでお節料理を作る。
 黒豆は前日から煮汁につけておいて、数の子は塩抜きをする。筑前煮、ごまめ、酢人参酢蓮根酢ゴボウ、海老、紅白かまぼこ、栗きんとんと、次々作っていく。去年も作ったので覚えているところがあって、作業は手際よく進んだ。
 お雑煮は二人分だけなので、量は少なめに作る。
 大晦日の夕方までに全部のお節料理とお雑煮の準備ができた。
 大晦日の夜には奏歌くんがお蕎麦を茹でてくれる。お蕎麦にはちくわの磯部揚げが乗っていた。

「ちくわの磯部揚げだ! 私、これ、大好き!」
「僕も大好きなんだ。色んな天ぷらは作れなかったけれど、これだけでも乗せようと思って作ったんだよ」
「嬉しい! いただきます」

 奏歌くんの心のこもった年越し蕎麦をいただいて、帰っていく奏歌くんを見送る。
 結婚したら奏歌くんが帰るところを見送ることもないのにと考えてしまうが、それまでにはまだ時間が必要だった。
 お正月の早朝に奏歌くんはマンションに来てくれた。私は着物を着て出迎えて、二人でお雑煮の仕上げをして朝ご飯にする。

「明けましておめでとうございます、奏歌くん。今年もよろしくね」
「海瑠さん、明けましておめでとうございます。今年も一緒にいようね」

 はにかんだ笑顔を見せる奏歌くんがぐっと大人っぽくなったようで私は胸がドキドキする。ずっと可愛い可愛いと思っていた奏歌くんは、私より背は低いが立派な青年に成長していた。
 食べ終わって食器を片付けて、莉緒さんの家にご挨拶に行く。莉緒さんは私たちが来るとは思っていなかったのか、驚いていた。

「茉優ちゃんがイギリスに行ったから、もう来てくれないと思ってたわ」
「茉優ちゃんは僕の姉みたいなものだから、茉優ちゃんのお祖母ちゃんは僕のお祖母ちゃんみたいなものだよ」
「嬉しいわ。お年玉を用意してなかったから、ちょっとだけ待ってね」

 莉緒さんは急いで部屋を出て行って、『奏歌くんへ』と書いた茶封筒でお年玉を奏歌くんに手渡した。

「お年玉をもらいに来たみたいになっちゃった」
「それでいいのよ。来てくれたら私も嬉しいんだから」

 申し訳なさそうな奏歌くんに、莉緒さんは大らかに笑っていた。
 莉緒さんにご挨拶をした後は海香と宙夢さんの家に行く。玄関のドアを開けてくれたのはさくらと美歌さんだった。

「みかさんがおとまりしてくれたのよ! かなちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして。僕は6歳の頃から海瑠さんのマンションに頻繁にお泊りしてたからね。そろそろ母さんも自由にしてあげなくちゃ」
「奏歌……私があなたの母親なのは一生変わらないんだから、気を遣わなくていいのよ?」
「僕が海瑠さんと過ごしたかったんだよ」

 照れ隠しのように言っている奏歌くんの胸に、美歌さんとさくらを応援する優しい気持ちがあるのを私は分かっていた。美歌さんが6歳の頃から奏歌くんと私のことを応援していてくれたように、奏歌くんもさくらが7歳なのに美歌さんとさくらのことを応援している。
 それは美歌さんがこれまでくれていた優しさが奏歌くんに伝わって、連鎖したような形になっているように私には思えた。
 ひとに優しくすることは決して無駄なことではない。優しさはこうやって繋がっていくのだ。
 奏歌くんが優しくて心遣いのできる青年に育っていることに私は感動していた。

「みかたん、ねぇねのおへやで、ねんねちた」
「かえちゃんは、お父さんとお母さんとねたでしょ?」
「かえ、パッパ、マッマ、だいすち!」

 駆けて行ってキッチンで昼食の用意をしている海香と宙夢さんの脚に抱き付くかえでに、海香がしみじみと呟く。

「私と宙夢さんを大好きって言ってくれるのよ、かえで! さくらは! 美歌さんとしか! 言わなかったのに!」

 感動で声が大きくなっても仕方がないだろう。本当にさくらは小さい頃から海香よりも宙夢さんよりもひたすら美歌さんを求めていた。7歳になった今もそうなのだが、運命のひととの繋がりはそれだけ強いようだ。

「奏歌が海瑠さんのことしか喋らなかったけど、あのときの海瑠さんの気持ちが今ならよく分かるわ。さくらちゃん、本当に可愛いんだもの」

 美歌さんは美歌さんで、6歳で奏歌くんが運命のひとである私と出会って、私のことばかり喋るようになったのが寂しかったようだった。しかし、今は母親としての気持ちよりも、運命のひととして慕われる気持ちがよく分かるようだ。

「私も奏歌くんのことが可愛くて男前で夢中で仕方なかったもの!」
「本当にさくらちゃんは可愛い! 自分を慕ってくれる子がこんなに可愛いなんて思わなかった!」
「私の気持ちが分かるでしょう?」
「分かるわ、海瑠さん!」

 私と美歌さんは分かり合えてしまったが、海香は複雑な表情でかえでを抱き上げていた。
 さくらとかえでに私がお年玉を上げて、海香と宙夢さんと美歌さんから奏歌くんがお年玉をもらっている。
 やっちゃんと茉優ちゃんがイギリスに行ってから初めてのお正月だったが、奏歌くんと二人きりでとても楽しく過ごせた。
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