可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

18.バレンタインデーはベリーのフォンダンショコラを

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 バレンタインのお茶会とディナーショーに向けての稽古が始まっていた。今年は私のお茶会とディナーショーには美鳥さんと真月さんが出てくれて、百合のお茶会とディナーショーには雪乃ちゃんが出るようだった。
 別々の小劇場で稽古を重ねる。相変わらず私は女役や女装の役での歌があったけれど、男役トップスターとしてバレンタインのお茶会とディナーショーをするのは今年と来年の二回だけだと思うと、自然と気合も入っていた。歌とダンスで美鳥さんと真月さんを翻弄させる悪女を演じたり、一人で舞台に立って歌うのはとても楽しい。

「昨日のテレビの歌番組、見ましたよ」

 お昼休憩で食堂に集まっているときに雪乃ちゃんが話を切り出した。そういえば歌番組の放映は昨日だった気がする。録画予約はしていたが、私はまだそれを見ていなかった。

「SNSでもすごい反響でしたね」
「海瑠さんと百合さんはやっぱり格が違うって」
「完全に海瑠さんはアイドルグループを飲んじゃってましたもんね」

 美鳥さんと真月さんに言われて、私はどういうことかと首を傾げた。飲むとはどういうことなのだろう。

「私、何かおかしかった?」
「逆ですよ。海瑠さんがすごすぎて、アイドルグループが霞んでました」
「海瑠さんと百合さんのデュエットは、正真正銘の美男美女って感じでしたしね」
「衣装もすごくよかったです。似合ってました」
「素敵でしたよ」

 美鳥さんと真月さんに口々に褒められて、悪い気はしないのだが、私的には私とアイドルグループは戦っている場所が違うだけな気がする。私は舞台で一発勝負で演じているが、撮り直しのできるテレビという媒体で仕事をしているアイドルグループは別の方面で頑張っているに違いないのだ。

「衣装が合わなかったのは想定内だったけど、あれ、私たちが持って行かなかったらどうなっていたのかしら」

 百合の言葉にサイズの合わない衣装を思い出して、あれだけは百合の言う通りに持って行ってよかったと思う。女性で176センチの長身なのはなかなかいないだろうし、肩幅も胸板も美しく見せるために劇団の衣装は作られている。私たちの演じる役への深い理解がなければ衣装を準備するのも難しいのだろう。
 それならば最初から持って来るように言ってくれればよかったのに。番組側で私と百合に着せたい衣装があったなら、サイズは合わせて欲しかった。

「テレビ番組って私には合わないって思ったわ」
「私も苦手かもしれない」

 百合と私の意見は同じだった。
 お弁当を食べ終わって、私と美鳥さんと真月さんは小劇場の舞台へ、百合と雪乃ちゃんは別の小劇場の舞台へと分かれていった。

「男同士のダンスでリフトもありだと思うんですよ」
「美鳥さんが私をリフトするのなら無理じゃないと思います」

 美鳥さんと真月さんだけのパートで、二人はリフトを演出家さんに提案していた。男役同士のリフトもダイナミックでいいかもしれないと思っていると、演出家さんはいい顔をしていない。

「美鳥さんと真月さんのリフトは危険なのでできれば入れたくないのですが」
「私たち練習します」
「危険がないようにします」

 最終的には演出家さんも美鳥さんと真月さんの熱意に負けてリフトを許していた。
 マンションに帰ると奏歌くんが興奮した様子で椅子から立ち上がった。

「海瑠さん、昨日の番組、見たよ! 海瑠さんが最高に格好良かった!」
「奏歌くん、ありがとう。私はまだチェックしてないのよね」
「一緒に見ようか?」
「いや、それはいいかな」

 私がいる前で私の出ているテレビ番組を見られるのはやきもちを妬いてしまいそうだったので、丁重にお断りをする。奏歌くんは残念そうだったが、手と顔を洗って奏歌くんに貰った化粧水と乳液、ハンドクリームをつけた私は、奏歌くんに聞いてみる。

「今年のバレンタインデーはどうする?」

 一月の終わりには私と奏歌くんはバレンタインデーのチョコレートを手作りするか、お店で買って来る。大抵は手作りをするのだが、忙しい年やデパートのバレンタインフェアに行ってほしいものがある年などは買うことにしている。
 奏歌くんは携帯電話をタップして液晶画面を見せて来た。

「フォンダンショコラ?」
「そうだよ。前にも作ったことがあるけど、中にチョコレートが入ってて、温めて食べるととろーりとチョコレートが流れ出てくるチョコケーキ」
「これ、ベリーって書いてあるわよ」
「うん、ベリーのチョコレートを入れるんだ」

 携帯電話の液晶画面に映っているレシピにはベリーのフォンダンショコラと書いてあった。ベリーと言うからにはベリーが入るのだろう。

「ベリーの入ったチョコレートを中に仕込んでおくんだ。絶対に美味しいと思うんだよ」

 海瑠さんと食べたい。
 そんなことを言われてしまうと心が動く。
 奏歌くんとのお菓子作りは買い物から始まる。製菓用のチョコレートとココアパウダーとお砂糖と生クリームと冷凍ラズベリーを買う。小麦粉と卵とバターはマンションにあるのでそれを使うことにする。

「冷凍のラズベリーでいいの?」
「ラズベリーソースの方が濃厚に出来上がるって書いてあるけど、冷凍のラズベリーの方が簡単に手に入るからね」

 ラズベリーソースは手に入りにくくて、冷凍のラズベリーは簡単に手に入る。私は一つ学んだ。
 マンションに帰ると中に入れるチョコレート作りから始める。
 チョコレートと生クリームとバターと冷凍ラズベリーを小鍋に入れて溶かして混ぜる。綺麗に溶けて混ざったら、小さな型に流し込んで冷凍庫で冷やし固める。
 中に入れるチョコレートを冷やし固めている間に、チョコレートと生クリームと無塩バターを湯煎にかけて溶かしておく。ボウルに砂糖を卵を入れて湯煎にかけながら混ぜて、卵液が人肌程度に温まったら湯煎から外して、白くもったりするまでしっかりと混ぜる。

「混ぜるのは得意よ」
「海瑠さんは力持ちだもんね」

 混ぜるのを私に任せている間に奏歌くんが粉類を振るっておいてくれる。もったりとした卵液の中に溶かしておいたチョコレートと生クリームとバターを入れてよくかき混ぜてから、小麦粉とココアパウダーを入れてさっくりと混ぜ合わせてマフィンカップに流し込んだ。
 冷凍庫から冷やし固めたベリーチョコレートを出して、マフィンカップの中に入れて、上から生地をかけて完全に埋めてしまう。
 オーブントースターで焼き上げれば出来上がりだった。

「海瑠さん、熱々が美味しいんだよ」
「食べてみたい」
「これをこうすると、もっと美味しくなる」

 冷凍庫からバニラアイスを取り出して奏歌くんが焼きたてのベリーのフォンダンショコラの上に乗せる。とろりと蕩けるアイスクリームと、フォンダンショコラを切ると流れ出るベリーソースが熱々でとても美味しい。
 奏歌くんに紅茶を淹れてもらって、私は紅茶とベリーのフォンダンショコラのアイスクリーム乗せを味わった。
 食べ終わると粗熱をとったベリーのフォンダンショコラを一つずつラッピングしていく。

「メッセージカードを入れておこうかな」
「なんて書くの?」
「『電子レンジで温めてから食べると美味しいです』って」

 温めなければベリーのフォンダンショコラのベリーチョコレートが蕩けて来ないのだと奏歌くんは教えてくれた。せっかくフォンダンショコラを作ったのにベリーチョコレートが蕩けだしてこないのは勿体ないので、ラッピングする奏歌くんの隣りで、私はメッセージカードを書いていた。
 メッセージカードを添えてベリーのフォンダンショコラがプレゼント用に並ぶ。
 夕食まで時間があったので、私は提案してみた。

「さくらとかえでのところに届けない?」
「いいね。きっと喜んでくれるよ」

 空いている時間に奏歌くんに私のテレビの歌番組の録画を見られないための作戦だったのだが、どうやらうまくいったようだ。
 海香と宙夢さんの家にベリーのフォンダンショコラを届けに行くと、受け取ったさくらは「ありがとう」とお礼を言って、かえではベリーのフォンダンショコラの包みを頭の上に掲げて飛び跳ねて喜んでいた。
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