可愛いあの子は男前

秋月真鳥

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十二章 奏歌くんとの十二年目

24.不穏な投稿とベルジュラックの史実

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 春公演の初日、奏歌くんが劇場の入り待ちに来てくれていた。ファンクラブの皆様が行儀よく整列している中に、奏歌くんと真尋さんの姿が見える。

「今日からの春公演、頑張って参りますので、応援をよろしくお願いいたします」

 挨拶をしてお手紙を受け取って劇場に入ると、美鳥さんが私を楽屋前の廊下で待っていた。何か話があるのかと近寄ってみると、美鳥さんが私に携帯電話の液晶画面を見せて来た。
 開かれているのはSNSのページで、美鳥さんの写真と共に妙な投稿がされている。

「『海瑠がいる限り、美鳥様はトップスターになれない。力を合わせて海瑠を追い落とせ』……『海瑠はトップスターの座に留まりすぎて美鳥様の可能性を潰した』……どういうこと?」
「私の過激なファンがいるみたいなんです。私はこんなこと考えていないのに」

 海瑠さんに危害を加えてくる可能性があるから教えたのだと言われて、私は自分の携帯電話でもSNSのページを開いてみた。『シラノ・ド・ベルジュラック』の前評判は気にしていたが、そこまではチェックしていなかった。

「津島さんに相談してみるわ。美鳥さん、ありがとう」
「いいえ。私のせいで海瑠さんを危険な目に遭わせたくないんです」

 優しい美鳥さんの心遣いに感謝して、私はマネージャーの津島さんに相談しに行っていた。初日の本番前の大事な時間を取られるのは悔しかったが、こういう問題はきっちりと報告しておかないと後で困ることになる。
 SNSのページを見て、津島さんもすぐに尋常ではない雰囲気に気付いたようだった。劇団の経営陣と連絡を取ってくれる。
 異例のことだったが、劇団の春公演の初日の公演が始まる前に、劇団から声明が出された。
 劇団員への誹謗中傷について、決して行わない、加担しないようにという声明だった。劇場には急遽警備員が増やされることになった。
 この件に関して私はどう対処するべきなのか考えていたが、私がどう声明を出しても美鳥さんの過激なファンは納得しない気がする。考えても解決しないことは考えるだけ無駄なのでやめて、津島さんと経営陣に任せることにして、私は初日のリハーサルに集中した。
 午前中の公演に奏歌くんと真尋さんは来てくれていた。
 幕が上がると芝居小屋でのシーンが始まる。ロクサーヌ役の百合に横恋慕する敵対者の貴族役の真月さんが、百合を強引に連れ去ろうとするところへ、颯爽と現れるシラノ役の私。
 得意の剣技で真月さんを追い払い、百合に感謝される。

「お兄様、助けてくださってありがとうございます」
「いや、ロクサーヌのためならば、いつでも駆け付けるよ」

 いい雰囲気になったかと思われるが、その後に現れたシラノの友人のクリスチャン役の美鳥さんに、百合は明らかに目を輝かせて駆け寄っていく。その姿を見た私は、百合と美鳥さんの仲を繋ごうとする。
 自分の醜さに苦しみながらも、美しい文章と言葉で美鳥さんのふりをして百合を口説く私に、百合は騙されて美鳥さんへの恋心を強くしていく。
 戦場に送られた美鳥さんの元へ百合は慰問にやってくる。

「いつも送ってくださるお手紙、わたくしへの愛が込められています。初めは失礼ですがクリスチャン様の美しさに心を奪われましたが、今はお手紙から読み取れる人柄、心根の美しさにわたくしは心底クリスチャン様を愛しています」

 この告白が決定打となって、美鳥さんは自分ではなく手紙を書いた私を百合が愛していることを確信して、死地へと飛び込んでいく。

「どうして……クリスチャン様……」
「ロクサーヌ……何と言っていいか……」
「お兄様、わたくし、修道女になります」

 愛する美鳥さんを失った百合は修道女となって、美鳥さんの死を悼む。その百合の元へ通っていた私に、宿敵の貴族の真月さんが罠を仕掛けて、材木で頭を負傷させる。
 死を悟った私は百合に送った手紙の内容を読んで聞かせる。

「お兄様、あなたがこの手紙を!?」

 何も語らぬままに死んでいく私に、会場から啜り泣きが聞こえた。
 最後のデュエットダンスでは、私と百合が仲睦まじく踊る様子に拍手が上がった。デュエットダンスを終えて舞台袖に入ろうとする私に、打ち合わせでは出て来ないはずの美鳥さんが出てきた。
 親し気に私の肩を抱いて、労うようにして舞台中央まで招いてくれる。
 そのまま幕を下げずにカーテンコールまで行ったのだが、美鳥さんはずっと私の肩を抱いていた。

「美鳥さん……今日の演出、どうしたの?」

 舞台袖に入ってから美鳥さんに聞いてみると、笑顔で答えられる。

「脚本家の先生に変更をお願いしたんです。私がどれだけ海瑠さんのことが大好きかをアピールできる場所を作って欲しいって」

 美鳥さんはSNSで、美鳥さんが男役トップスターになれないのは私のせいだという投稿を気にしてくれていて、私のことが本当に大好きで二番手でいることを誇りに思っているということを態度で示してくれたのだ。
 SNSを確認すると、朝に美鳥さんが見せてくれた投稿は消えていた。

「美鳥さん、本当にありがとう」
「私が海瑠さんを大好きなのがみんなに伝わったんですよ。海瑠さんは私に好かれるだけの大物の男役トップスターですからね」

 私と美鳥さんが話していると真月さんも近付いてくる。

「私だって海瑠さんと美鳥さんのこと、大好きなんですからね! 明日は演出家の先生にお願いして、私も混ぜてもらいます!」
「真月さんが混ざっちゃったら、私のアピールが霞んじゃう」
「私も混ざりたいー!」

 二人して私のことを考えてくれる美鳥さんと真月さんに、私は感謝の気持ちしかなかった。
 マンションの部屋に帰ると奏歌くんが待っていてくれる。反省会もあったので夕方になっていて、奏歌くんはキッチンで晩ご飯の準備をしてくれていた。

「美味しそうなホッケの干物があったから買ってきたよ」
「ホッケ? お魚?」
「そうだよ。北の方のお魚だよ」

 ご飯とお味噌汁と焼いたホッケの干物と温野菜のサラダの晩ご飯を食べる。食べていると、奏歌くんが今日の公演について話してくれた。

「ベルジュラックって、史実では詩人と同性愛の関係にあったらしいけど、脚本ではクリスチャンと同性愛の関係だったのかな?」
「へ? 全然違うよ!?」
「最後の美鳥さんと海瑠さんの様子を見てると、百合さんよりもカップルっぽかったよ」
「嘘っ!?」

 一途な男の恋の物語が、SNS上で書かれた妙な投稿によって変えられてしまった。奏歌くんの目にそういう風に映ったのであれば、沙紀ちゃんのようなそういう話が好きなひとたちにはますますそういう風に見えていただろう。
 晩ご飯を食べ終わってSNSを確認すると案の定、そういう投稿が大量にされていた。

『醜い男を雰囲気だけで演じたのも素晴らしかったけれど、クリスチャンとベルジュラックの関係を最後に匂わせてくれたのも最高だった』
『クリスチャンとベルジュラックは絶対デキてる!』
『美鳥さんと海瑠さんのカップルよ、永遠なれ!』

 大量の投稿に私は戸惑ってしまう。
 せっかく海香は劇団の経営陣からの指示でベルジュラックの同性愛関係を脚本から外して、一途な男の恋物語にしたはずなのに、思わぬところでベルジュラックの史実が舞台に絡んで来てしまった。

「どうしよう……そんなつもりじゃなかったのよ」

 朝に美鳥さんがSNSに、『海瑠がいる限り、美鳥様はトップスターになれない。力を合わせて海瑠を追い落とせ』、『海瑠はトップスターの座に留まりすぎて美鳥様の可能性を潰した』という美鳥さんの過激なファンの発言を見つけたので、報告してくれて、それで津島さんと劇団の経営陣に相談して、劇団から声明が出されたのだが、美鳥さんはそれだけでは納得しなくて、私と美鳥さんの仲が本当にいいことをファンの皆様の前で示そうとしてくれた。
 完全に美鳥さんの好意だったのだが、それがベルジュラックの史実と合わさって裏目に出てしまった。

「海香さんは喜んだと思うけどね。沙紀ちゃんも」
「奏歌くん、それ、慰めになってない……」

 いつも慰めてくれる奏歌くんに癒されるのだが、今回ばかりは奏歌くんの慰めにも私の心は癒されなかった。
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