末っ子王子は貧乏令嬢を見初める ~御令嬢は実は凄腕冒険者でした~

秋月真鳥

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四章 キスがしたい十五歳

20.短期留学の始まり

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 短期留学と言っても、隣国が主催のものである。そして、僕はこの国の王子で、ヘンリッキは公爵家の子息で、アルマスは伯爵家の子息。当然国の催しには招かれることが前提だった。
 そうでなくても、普段からきちんとした格好をしておかなければいけない。

「このスーツも入れて、普段着も入れて、高等学校に行くときの服も入れて……」
「エドヴァルド殿下、お手伝いいたしましょうか?」
「ううん、僕が一人でやる!」

 ロヴィーサ嬢は自分の準備を自分でしている。
 十五歳のときにお母上が亡くなられて、所領を騙し取られて、お金が無くなったミエト家は、お屋敷を維持するだけの最低限の使用人しか雇うことができなくなった。料理も掃除も自分でしてしまうロヴィーサ嬢は、その頃に学んだのだろう。

 僕もその頃のロヴィーサ嬢と同じ年になっている。
 なんでも自分でできておかしくはないと思っているのだ。

「恐れながら、靴下と靴の替えを入れ忘れております」
「あ! 忘れてた!」

 それでも爺やは僕の準備をしっかりと見守ってくれて、忘れているものを指摘してくれた。
 準備ができたところで、セシーリア嬢の来訪が告げられた。
 ロヴィーサ嬢とセシーリア嬢の二人きりにさせてあげた方がいいのかもしれないので、僕はセシーリア嬢に挨拶だけしようと居間に降りて行った。

「ロヴィーサ様、エドヴァルド殿下、本日はよろしくお願いいたします」
「セシーリア嬢の気に入るレシピが見付かるといいですね」
「書庫をゆっくり使ってくださいね」

 僕とロヴィーサ嬢に言われて、セシーリア嬢は深々と頭を下げていた。
 書庫に入るロヴィーサ嬢とセシーリア嬢を僕が見送ろうとすると、ロヴィーサ嬢が不思議そうな顔で僕を見ている。

「何か用事があるのですか、エド殿下?」
「女性お二人に僕はお邪魔ではないですか?」
「わたくし、お客様はエド殿下と一緒にお迎えするものだと思っておりました」

 ロヴィーサ嬢は僕が隣りにいることを当然と考えていてくれている。少し浮かれて僕も書庫に入った。
 書庫は天井まで続く本棚が壁に備えつけてあって、スライド式の梯子がある。
 大量すぎるレシピにセシーリア嬢は驚いているようだった。

「こんなにレシピがあるのですね」
「わたくしもまだ作ったことのない、見たことのないレシピがあるのですよ」
「それは探し甲斐があります。エドヴァルド殿下、教えていただけますか? エルランド殿下は何がお好きですか?」

 僕にセシーリア嬢が聞いて来て、僕は少し考えてしまった。エルランド兄上とはずっとメニューが違っていたので、何が好きか意識したことがないのだ。
 ロヴィーサ嬢の作ったものはエルランド兄上は何でも美味しいと食べていた。
 それ以外で何が好きだっただろう。
 考えると、エルランド兄上の部屋を思い出した。
 エルランド兄上の部屋には果物の籠があって、そこにいつでも果物を食べられるように果物ナイフが添えてあったのだ。

「エルランド兄上は果物がお好きだったと思います」
「果物ですね。それならば、果物を使ったレシピを探さないと」

 真剣にセシーリア嬢は本棚の中からロヴィーサ嬢の曾お祖父様が書いた手記を見ているが、なかなかいいレシピは見付からないようだ。

「数が多すぎて探すのが一苦労ですね」
「これなんていかがですか? この前わたくしが作ったのですが、とても美味しかったですよ」

 林檎のキャラメル煮のタルトのレシピを見せているロヴィーサ嬢に、セシーリア嬢の目が輝く。

「これは美味しそうですね。複写の魔法を使わせていただいていいですか?」
「複写の魔法ですか?」
「この内容をそのまま画像として魔法石に覚え込ませるのです」
「そんな便利な魔法があるのですね。どうぞ使ってください」

 セシーリア嬢はロヴィーサ嬢に示されたレシピを魔法石の中に複写していく。

「これは、これから作ろうと思っているレシピなのですが……」
「蜂蜜レモンのタルト! これも美味しそうですね」
「蜂蜜レモンを先に作っておかなければいけないので手間はかかりますが、その分愛情も伝わると思います」
「これも複写させていただきます。ありがとうございます」

 レシピを紹介されて、セシーリア嬢はロヴィーサ嬢にお礼を言いながら複写していた。
 レシピの複写が終わると、ロヴィーサ嬢がおやつを作ってくれる。宣言通りに蜂蜜レモンタルトだった。蜂蜜に浸けられたレモンを上に乗せて、さっぱりとしたレモンゼリーとレモンムースを下に敷いたタルト。
 酸っぱさが口の中で蜂蜜の甘さと混ざって、ちょうどよくなっている。

 紅茶を飲みながら蜂蜜レモンのタルトを食べていると、セシーリア嬢がロヴィーサ嬢に話しかけている。

「わたくし、この通りエルランド殿下よりもずっとずっと年上でしょう? エルランド殿下のお母上の方が年が近いくらいなのですよ。それでもエルランド殿下はわたくしを選んでくださいました」
「エルランド殿下を愛していらっしゃるんですね」
「はい……。わたくしでいいのかと悩むことがあります。わたくしではない方がいいのではないかと考えることがあります」
「エルランド殿下はセシーリア様のことを運命だと仰っていました」

 ロヴィーサ嬢の言葉にセシーリア嬢が頬を染める。
 世界中に一人しかいないと言われる運命の相手。それがセシーリア嬢だからこそ、エルランド兄上はこんなにもセシーリア嬢を求めるのだ。

「わたくしは運命を信じる方ではありませんでした。ですが、エルランド殿下がそう仰ってくださるなら、信じたいと思います」

 セシーリア嬢はこんなにもエルランド兄上を愛している。
 そのことが分かって弟として僕はとても安心していた。

 隣国への出発の日に、ロヴィーサ嬢はお弁当箱を幾つも僕に持たせてくれた。
 マジックポーチの中に入れておくと、食材が時を止めて傷んだりしないので、長く食べられるのだ。

 お弁当の中身は焼き菓子などで、僕の大好きなフロランタンもフィナンシェも入っていた。

「ロヴィーサ嬢と一週間も離れるのは不安ですが、行ってきます」
「エド殿下は立派にやり遂げると思います」
「ロヴィーサ嬢……」

 いつまでもヘンリッキとアルマスと待ち合わせをしている場所まで行く馬車に乗り込めない僕に、爺やがイヤリングを差し出した。イヤリングには赤い石がはまっている。

「これを片方ずつお持ちください。互いに呼び合う石がついております」
「これは?」
「エドヴァルド殿下のお母上が魔族の国の国王陛下から頂いたものです」

 形見としていつかは僕に渡そうと思っていたのだが、機会がなかったのだと爺やが言う。
 片方のイヤリングをつけているものの場所に、もう片方のイヤリングをつけているものが移転してやってくる。

「使えるのは一度だけなので、幼いうちにお渡ししても使用することが難しいかと思っておりました」

 一度しか使えないと聞いて、僕は手の中の小さなイヤリングを握り締めた。
 これをつけていればロヴィーサ嬢にいつでも会えるけれど、イヤリングの効果は一度だけ。僕の魔法石のように何度も、色んな場所で使えるような魔法具の方が少ないのだと僕は思い知らされた。

「ロヴィーサ嬢、いざとなったら呼びます」
「はい、いつでもどうぞ」
「ロヴィーサ嬢、行ってきます」

 イヤリングがあると分かって、僕はやっと出かけることができた。

 集合場所はミエト家の領地と隣接していて、ハーヤネン家の領地とミエト家の領地の真ん中にあるバックリーン家だった。アルマスは綺麗な格好でアクセリとアンニーナ嬢に挟まれている。

「兄上、行ってらっしゃい」
「兄上、隣国はミントティーが有名なのですよ。それに、フルーツティーも。たくさんお土産に買って来てくださいね」
「アクセリ、行ってくるよ。アンニーナはお土産のことしか考えてないのか?」
「兄上の無事を祈っていますよ」

 お土産をリクエストしているアンニーナ嬢にアルマスは呆れているようだ。

「遅くなりました、エドヴァルド殿下」

 ヘンリッキもやって来て、僕はアルマスとヘンリッキと一緒に魔法石で隣国に飛ぶ。
 これから一週間の僕の短期留学が始まる。
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