君は僕の運命、僕を殺す定め

秋月真鳥

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前編 (攻め視点)

1.美しい子ども

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 アルトゥロは不義の子どもだった。
 この国は完全なる血統主義で、貴族の嫡子は血を残すために子どもを産む。それは男性でも例外はなく、男性として嫡子が生まれた場合には、疑似子宮の種を胎に植えてそれを育てて結婚する年齢になる頃には子どもが産めるようにするのだ。
 アルトゥロの母、フリーダは嫡子ではなかった。姉であるルイーゼが嫡子で、そのスペアとしてハーマン家に残された。ルイーゼがフィルツ家のゲオルグを婿に貰ったときに、フリーダはそのゲオルグを誘惑した。
 妹が夫と関係を持っていたことを知ったときも、穏やかで聡明な姉のルイーゼは取り乱したりしなかった。

「わたくしが産んだ子どもをハーマン家の嫡子に、フリーダの産んだ子どもはゲオルク殿の実家、フィルツ家の嫡子にしてフィルツ家を継がせましょう」

 自分の姉の夫に手を出して妊娠した妹に対しても慈悲深く接する姉のルイーゼに、妹のフリーダは泣いて姉に縋り付いたという。
 結果として生まれたのがアルトゥロだが、アルトゥロが生まれたときに誰もが青ざめた。
 白い肌に金色の髪のルイーゼとフリーダ、そしてゲオルグの間には生まれるはずのない容貌。アルトゥロは褐色の肌に黒髪に紫色の目だったのだ。
 ゲオルグだけでなく他の男とも密通していたフリーダを責めて家から追い出そうとする両親を穏やかに姉のルイーゼが宥めた。

「愛しい妹のフリーダの子どもです。この子もハーマン家の血を継いでいることには変わりありません。フリーダのために離れの屋敷を立てさせましょう。フリーダと子どもが心安く過ごせるように」

 その話に関しては、アルトゥロは幼い頃から母のフリーダから嫌というほど聞かされていた。ことあるごとにフリーダはアルトゥロに自分が生まれたときの話をしていた。

「お姉様はいつも慈悲深く立派でした。わたくしはお姉様を穢したゲオルグが許せなかった。お姉様はいつまでも美しく清廉であられるべきなのに」

 どれだけルイーゼが優しいか、美しいかを語った後に、母のフリーダが泣いているのをアルトゥロは知っていた。

「お姉様、どうして治療を受けてくださらないの。治療さえ受ければ命を取り留めることもあると聞いているのに」

 アルトゥロが7歳になる頃には、ハーマン家の当主であるルイーゼは病に臥せっていた。化学も魔法も進んだこの国であれば治す方法はあったかもしれないのに、ルイーゼは頑なに治療を拒んでいるという。
 母屋で暮らすルイーゼとその息子のことをアルトゥロは知らない。母のフリーダが語るのは美化されたルイーゼのことばかりで、息子についてはほとんど触れなかった。フリーダにとってはルイーゼの息子もまた、生まれて来ることによってルイーゼの体調を崩させた憎い相手なのかもしれない。

「わたくしが本当に愛しているのはお姉様だけ。お姉様、どうしてわたくしにあってくださらないの」

 毎日毎日ルイーゼのことばかり語る母のフリーダにアルトゥロは僅かならぬ息苦しさを感じていた。それでも7歳のアルトゥロに逃げる場所などなくて、散歩をしてくると告げて庭を歩いているうちに迷ってしまったようだ。
 ハーマン家の敷地はとても広く、母屋と離れのお屋敷が建っている周囲を広い庭が取り囲んでいる。庭から玄関に行くまでに車を使わなければいけないくらいなのだから、その広さも膨大だと分かるだろう。
 母屋の方の庭に入り込んでしまったらしいアルトゥロは半泣きになりながら帰る道を探していた。そのときに、一人の美しい子どもと出会った。

「お姉様は前髪で隠しているけれど、片方の目が金色でもう片方の目が水色なのよ。わたくしはどちらも水色だけれど、お姉様は神秘的な美しい容貌をされているの」

 何度も何度も母から聞いた話。
 アルトゥロと年の変わらない様子の子どもは、美しい金髪に前髪を長めにして隠しているが、色違いの目をしている気がした。

「そっちへ行っちゃダメだよ」
「え? ど、どうして?」
「そっちへ行くと、君は蛇に咬まれてしまう。命は取り留めるけれど、三日三晩熱が出て苦しむことになる」
「おれが、蛇に?」

 何を言っているのか分からないが、その子どもがアルトゥロを守ろうとしていることだけは理解できた。すんっと洟を啜って近寄ると、清潔な洗濯されたハンカチを渡される。

「離れのお屋敷から来たんだね。途中まで送ってあげる」
「おれはアルトゥロ。あなたは?」
「僕の名前は知る必要はないよ」

 大人のような喋り方をするその子どもは、少年か少女か分からないような外見をしていた。ほっそりと華奢で、まだ幼さの抜けないあどけない顔立ちがとても美しく愛らしい。

「名前、教えてくれないのか?」
「君は僕のことを知らなくていい。君は将来、僕を殺すんだから」
「え!?」

 絶句してしまったアルトゥロに、その子どもはどこまでも静かで穏やかだった。殺すなどという恐ろしい単語を聞いてしまった7歳のアルトゥロはそれだけで泣いてしまいそうになる。

「おれは誰かを殺したりしない」
「大丈夫だよ。僕を殺しても、君が咎められることはない。絶対に」

 人殺しをすれば警察に捕まって刑務所に入れられて最悪の場合は死刑になる。そんなことは子どものアルトゥロでも知っている。それをその美しい子どもは穏やかに否定していく。
 怖くて足が止まってしまったアルトゥロに、仕方なさそうに美しい子どもは手を差し出した。

「蛇はここには出てこないよ。僕の母上がこれから庭師に蛇退治を命じるから、今後も庭に蛇が出て来ることはない。君が咬まれたから蛇退治を命じるんだけど、咬まれて三日三晩苦しむのはつらいし、そこはまだ君の英雄譚にとってだいじなところじゃないから、省略しても許されると思うよ」

 美しい子どもが何を言っているのか、まだ7歳のアルトゥロには全く分からなかった。7歳でなくても、何を言っているか理解するのは難しかっただろう。
 まるで未来が見えるかのようにその美しい子どもは振舞っている。

「こわい……」
「ほら、歩いて。離れが見えて来たよ」

 美しい子どもに手を引かれてアルトゥロは離れの屋敷に戻ることができた。屋敷の入り口近くで手を放されて、アルトゥロは離れていく美しい子どもに声をかける。

「また会える?」
「会うことはあるだろうけど、僕に関わる必要はないよ」
「どうして?」

 その美しさも、謎めいた難しい言葉も、アルトゥロを助けてくれたであろうことも、アルトゥロの心の中には強く残っていた。
 アルトゥロにとってその美しい子どもは天使のように目の前に舞い降りて来たようにしか考えられなかった。

「君は君の人生を歩む。僕に情がわくと、君は僕を殺せないかもしれない」
「こ、殺すだなんて、どうして怖い言葉を使うんだよ!」

 また会いたい。
 仲良くなりたい。
 それだけしか考えていないアルトゥロにその美しい子どもは難しいことを言って来る。話の内容が全然理解できないし、どうしてそんなことを言うのかも分からない。

「それじゃ、君に教えてあげる。これから一か月後に、君が通う学校で、流行性耳下腺炎が流行る。君はワクチンを打っていないから、高熱を出して苦しむことになる。そうなりたくないなら、今のうちにワクチンを打ってもらっておくんだね」
「りゅうこうせいじかせんえん、なんだそれ?」
「君は父親が分からずにフリーダ様だけで育てられたから、ワクチン接種とか、色んなことが疎かになっているんだ。ワクチンを打てば君は流行性耳下腺炎にかかって苦しむことはない」

 流行性耳下腺炎が何かよく分からない。
 分からないままに美しい子どもは帰って行って、アルトゥロは離れの屋敷に戻った。屋敷の中では母のフリーダが祈っている。最近母のフリーダは姉のルイーゼの治癒祈願だと言って祈ってばかりいる。

「母上、おれのワクチンってどうなってるんだ?」
「ワクチン? 急にどうしたのですか?」

 フリーダに聞かれてアルトゥロはぼそぼそと答える。

「庭で迷ってたら、母上が話してくれた伯母上とよく似た綺麗な子どもがいて、その子が、おれはワクチンを打っていないんじゃないかって言ってた」
「確かに……あなたのワクチン接種について、わたくしはできていないところがあったかもしれません。乳母を呼んで、確認させましょう」

 確認するのは本当の母親であるフリーダではなくて、乳母であるということに、それが日常だったのでアルトゥロは引っかかりも覚えなかった。乳母が母子手帳を確認すると、幾つか打っていないワクチンの項目がある。
 その月のうちにアルトゥロは小児科に通ってワクチンを接種した。
 一か月後、確かに通っている学校のアルトゥロのクラスで流行性耳下腺炎が流行った。ワクチン接種は必要だとどれだけ説かれていても、科学と魔法の進んだこの国では既にウイルス自体が滅んでしまったと思っている連中も多いので、ワクチン接種が疎かになっているところがある。

「アルトゥロもワクチンを打っていなかったらかかっていたかもしれませんね」

 母のフリーダが言うのを聞いて、あの美しい子どもの言っていたことは正しかったのだとアルトゥロは実感させられた。
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