君は僕の運命、僕を殺す定め

秋月真鳥

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前編 (攻め視点)

3.ルイーゼの死

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 ミヒャエルが15歳になった春にルイーゼは亡くなった。ハーマン家の身内だけで葬式は出して欲しいとのルイーゼの願いにより、フリーダが喪主になって、ミヒャエルとアルトゥロだけが参列した。ルイーゼの夫のゲオルグも参列を望んでいたが、ヒステリックに泣き叫ぶフリーダがそれを拒んだ。

「あなたのせいで姉は死んだのですよ! あなたさえいなければ、姉はいつまでも美しく、清廉に生きていられた。お姉様を返して! お姉様!」

 泣き喚くフリーダを必死に止めて、アルトゥロは視線だけでゲオルグに立ち去るように告げた。14歳のアルトゥロのすることではなかったかもしれないが、他にフリーダを止められる相手はどこにもいなかった。

「叔母上、母は叔母上のことをずっと案じていました」
「お姉様……どうして……」

 棺に縋って泣き崩れるフリーダを立たせて、アルトゥロは葬儀の間支えている。14歳のアルトゥロは身体は大きく育っていて、既に母親のフリーダの身長を超えていた。
 身長180センチにも近付いているアルトゥロとは対称的に、黒い喪服を着たミヒャエルはほっそりとしていて華奢で、少年か少女か分からないような容貌もそのままだった。

「お姉様を埋めないで! お姉様! 逝ってしまっては嫌よ!」

 墓地に埋められようとする棺に縋るフリーダを留めるのが精一杯で、アルトゥロはミヒャエルがどんな顔をしているかを見ていられなかった。父親のゲオルグはルイーゼが病に倒れた時点でルイーゼの屋敷から追い出されている。ルイーゼが病に倒れたのは出産後すぐだったから、ミヒャエルは父親と触れ合ったことがほとんどないはずである。
 一応、婿としてゲオルグのことは一時期体の関係もあったことだし、フリーダが屋敷で引き受けるという話になっていたのだが、愛しい姉のルイーゼを穢した挙句病に臥せらせたゲオルグをフリーダは受け入れなかった。
 生家に戻るわけにもいかず、ゲオルグは市井に部屋を借りて平民のような暮らしをしているという。この国においては貴族が領地を治めていて、国王がいる王政が未だ続けられている。国王だけでなく議会制も確立しているのだが、その中にも国王は発言権を持っていた。
 議会制には貴族議員が半数を占め、残りが選挙で選ばれた議員となる。貴族議員と国王が力を持っている限りは、この国の完全なる血統主義は変わらないだろう。
 ミヒャエルの華奢な体には、植え付けられた疑似子宮が育っている。貴族の嫡子は確実にその血を残すために産む方に回るのが当然とされているから、魔法技術と科学技術で疑似子宮が開発されてから、男性の嫡子も当然のように出産をする世の中になった。
 いつかミヒャエルはハーマン家の嫡子として、他の男に抱かれて子どもを孕むのかもしれない。それを考えるだけで頭が煮えそうになるのはどうしてか、アルトゥロにも薄々分かっていた。
 アルトゥロは従兄弟であり、便宜上は兄となっているミヒャエルを愛している。どれだけミヒャエルがアルトゥロに「君は僕を殺す運命なんだ」と告げようとも、それは変わらなかった。

「母の葬式に来てくれてありがとう……」
「兄上、一人で暮らすのもつらいだろう。俺たちと一緒に住まないか?」
「母屋を明け渡せということならば、すぐにでも出て行くよ」
「そうじゃない、兄上は母上を失ったばかりなんだ。放っておけない」

 儚く目を離せばすぐに死んでしまいそうなミヒャエルは、アルトゥロの目には酷く危うく映った。母親の死がまだ15歳のミヒャエルに堪えていないわけがない。

「君はまだ信じていなかったの? 君は僕を殺す。これは絶対だ。だから、僕と関わることはないんだよ」
「俺は人殺しなんてしない。絶対に。兄上は何を恐れているんだ?」
「僕は何も恐れていない。これはもう決まったことなんだ」

 恐怖を感じさせないどころか、穏やかさすらある声で言うミヒャエルに、アルトゥロはその襟首を掴んでがくがくと揺さぶってやりたい衝動に耐えた。こんな時にまでミヒャエルは何を言っているのだろう。

「殺す、殺さないの話は、今はしてないだろう」
「やっぱり信じてないんだね。君、夏に遠出をしたときに、ある方が困っていらっしゃるのに出会う。その方を助けることから、君の人生は変わっていくよ」
「また妙なことを言う。それが当たっていたとしても、俺が兄上を殺さないことに変わりはないのに」
「君にも分かるよ。これは逃れられない運命なんだ」

 ミヒャエルの前髪に隠された金と水色の色違いの目は、目の前にいるのにアルトゥロを映していないかのようだった。あの視界に入りたくてたまらないのに、ミヒャエルはアルトゥロを相手にもしない。
 葬儀の後でミヒャエルは小さな離れの棟を作ってそこに移り住み、アルトゥロとフリーダが母屋で暮らすことになった。母屋に残るルイーゼの面影を追うようにして、フリーダはルイーゼの部屋を使い始める。

「お姉様……どうして治療を拒んで死んでしまったの……。わたくしはお姉様のことだけを想っていたのに」

 泣いてばかりで、段々と心を病んでくるフリーダに周囲はカウンセリングを勧めたり、病院通いを勧めたりしたが、無駄だった。

「わたくしは母上が愛人との間に作った子どもだったの。母上は男性だったけれど、疑似子宮を埋め込まれて、父上と結婚した……父上を愛していなかった母上は、父上との間にお姉様を産んだ後で、本当に愛しているひとを愛人にして子どもを産んだ。それがわたくしだったのよ」

 虚ろな目で誰に話しかけているか分からない様子でフリーダがアルトゥロに話す。

「父親の違う子どもだと分かっていてもお姉様は優しかった。母上と父上の仲は冷え切っていて、わたくしは寂しくて、お姉様とずっと一緒にいたわ。結婚して他の家に嫁がされるなんてまっぴらだったから、お姉様の夫とも寝た」

 それ以外の男とも寝て、寂しさを紛らわせていたフリーダ。子どもがゲオルグの子でないと分かったときにもルイーゼは寛容に受け入れてくれた。フリーダにとってルイーゼは心の支えであり、唯一愛することのできる身内だったのだろう。

「ミヒャエル様はお姉様にそっくり……わたくしたちと距離を置こうとしているのはどうしてなのでしょう。わたくし、ミヒャエル様とお近付きになりたいですわ」

 夢見るように言うフリーダと、アルトゥロは同じことを考えているのだと気付く。アルトゥロもミヒャエルを自分のそば近くに置きたかった。

「ミヒャエル兄上を説得しましょう」
「そうですわね。わたくしの力だけでは無理かもしれません。忌々しいですが、母上の力も借りることにしましょうか」

 郊外に住んでいるフリーダの便宜上の両親は、今は別々に暮らしていて、それぞれに愛人と一緒だという。ハーマン家の元当主であるフリーダの母親に会うために、アルトゥロは車で連れ出された。
 不義の子であるアルトゥロを見ても祖母は不快な感情しか抱かないのではないかと考えてはいたが、フリーダ一人では話がまともにできない可能性はあった。テレビ通話などを使えばいいのかもしれないが、田舎暮らしを満喫する祖母は世間の煩わしさから逃れるために連絡手段を一切断っているようなのだ。
 仕方なく車に乗せられて揺られていると、山道で路肩に停まっている車を見付けて運転手が車を停めた。

「道が狭くて通れませんね」
「困りましたわね。どうして停まっているのかしら。アルトゥロ、あちらの方の話を聞いてきてください」

 フリーダに頼まれてアルトゥロが車から出ると、強い日差しに目が眩む。季節はいつの間にか夏に移り変わっていたようだ。

「どうされましたか?」
「車が動かなくなりまして」

 困り切っている様子の運転手と黒服の男性たち。スモークガラスの車の中には誰か乗っているようだった。この気温では車内は熱くなっていて、高貴な方が乗っているとすればかなり困っているだろう。アルトゥロは運転手に声をかける。

「車が動かなくてお困りのようです」
「エンジントラブルですかね? ちょっと拝見してよろしいですか?」

 アルトゥロの屋敷の運転手がエンジンを見て調整すると、車は動くようになった。

「ありがとう、とても助かったよ」

 後部座席から降りて来たシルバーブロンドの髪の青年に、アルトゥロはどこか見覚えがあるような気がしていた。

「私は、ディーデリヒ・ヴァイゲル。君の名前を聞いていいかな?」
「俺はアルトゥロ・ハーマンです」

 挨拶をして車を見送ってからアルトゥロは祖母の家に行った。結局祖母は協力する気がなくて、無駄足となってしまったのだが、その後、ディーデリヒからお礼状がハーマン家に届いた。
 そのお礼状にはこの国の国王家の紋章が入っていた。
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